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2010年11月

2010年11月26日 (金)

没後四十年 三島由紀夫氏追悼会 憂国忌 平成22年11月25日

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「果しえていない約束」 三島由紀夫
 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。
(昭和45年7月7日「サンケイ新聞」から抄録)

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            会場入り口に飾られた三島由紀夫大人命と森田必勝大人命の遺影と霊璽

没後四十年 三島由紀夫氏追悼会「憂国忌」プログラム

午後四時開場    BGM ワグナー「トリスタンとイゾルデ」
             三島由紀夫の演説(事件当日)

午後五時 開会の辞

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第一部  鎮魂祭・式次第(斎主 高山亨・乃木神社宮司 祭員 乃木神社神職 伶人 乃木雅楽会)

先 修祓の儀
次 招魂の儀
次 献饌の儀
次 斎主祭詞奏上
次 祭主追悼文奉読(松本徹 三島由紀夫文学館館長)
次 辞世吟詠     (横山精真 岳精流宗家。尺八 奥本林山)
次 玉串奉奠     (出席発起人 最後に参加者全員起立)
次 撤饌の儀
次 昇魂の儀
次 退下

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第二部 シンポジウム「あれから四十年、日本はどこまで堕落するのか」

パネリスト  井尻千男・遠藤浩一・桶谷秀昭・西尾幹二 
        (司会)宮崎正弘

閉会の辞 三輪和雄

「海ゆかば」合唱

三島由紀夫辞世     
益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜

散るをいとふ 世にも人にも 先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐

森田必勝辞世
今日にかけて かねて誓ひし 我が胸の 思ひを知るは 野分のみかは

われわれ楯の会は、自衛隊によつて育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に出たのは何故であるか。かへりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後つひに知らなかつた男の涙を知つた。

 ここで流した我々の汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑ひもない。われわれにとつて自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であつた。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなほ、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云はれようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

 

 われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずにして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。

 

 政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力慾、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見てゐなければならなかつた。

 われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されてゐるのを見た。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名前を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなして来てゐるのを見た。

 

 もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質な欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかつた。

 われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤つた。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることはなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によつて、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。

 

 四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとへに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようといふ決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となつて命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。

 政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によつて国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであらう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねぢ曲がつた大本を正すといふ使命のため、われわれは小数乍ら訓練を受け、挺身しようとしてゐたのである。

 

 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起こつたか。総理訪米前の大詰といふべきこのデモは圧倒的な警察力の下に不発に終わつた。その状況を新宿で見て、私は「これで憲法は変わらない」と痛恨した。
 

 その日に何が起こつたか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不要になつた。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自身を得、国の根本問題に対して頬つかぶりをつづける自信を得た。

 これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる!政治家にとつてはそれでよからう。しかし自衛隊にとつては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまつた。

 

 銘記せよ!
 

 実はこの昭和四十四年十月二十一日といふ日は、自衛隊にとつて悲劇の日だつた。創立以来二十年に亙つて、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとつて、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議會主義政黨を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だつた。論理的に正に、その日を堺にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。
 これ以上のパラドックスがあらうか。

 

 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みてゐたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残つてゐるならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、なんたる論理的矛盾であらう。男であれば男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。

 

 しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかつた。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかつてゐるのに、自衛隊は声を奪はれたカナリヤのやうに黙つたままだつた。われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。諸官は任務を与へられなければ何もできぬといふ。しかし諸官に与へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本から来ないのだ。シヴィリアン・コントロールは民主的軍隊の本姿である、といふ。

 

 しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のやうに人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。この上、政治家のうれしがらせにのり、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐つたのか。武士の魂はどこへ行つたのだ。

 魂の死んだ巨大な武器庫になつて、どこへ行かうとするのか。繊維交渉に当つては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあつたのに、国家百年の大計にかかはる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかつた。

 

 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か?
 アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年のうちに自主性を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終わるであらう。

 われわれは四年待つた。最後の一年は熱烈に待つた。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。
 

 しかしあと三十分、最後の三十分待たう。
 共に起つて義のために共に死ぬのだ。

 

 日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまつた憲法に体をぶつけて死ぬ奴はゐないのか。

 

 もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇へることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本年は三島由紀夫烈士および森田必勝烈士の没後40年の年となりましたが、
奇しくもこの節目の年に我が国は、有史以来の国難の年となりました。

今や支那は我が国を併呑しようとしております。

三島由紀夫烈士の檄文を読むと、今我が国で起きている国難を将に予見していたのではないかと驚くところも多々あります。

三島由紀夫烈士がもし今生きていたならば、この惨劇を見て、どのような表現で嘆かれることでしょうか。

命を懸けて我が国の真の独立を絶叫して壮絶な死を遂げた両烈士に
恥じることのない国家再建を果たさなければ両烈士に対し
あの世で顔向けが出来ません。

是が非でもこの国を守り抜く決意を新たにする時が来たのであります。

2010年11月22日 (月)

日本景気復興祈願祭

11月23日

日本景気復興祈願祭を執行します。

1123日は新嘗祭として国民の祝日となっていましたが、現代に於いては、勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう日、「勤労感謝の日」として定着した祝日です。

新嘗祭は天皇陛下が五穀の新穀を天神地祇に勧め、また自らもこれを食して、その年の収穫を感謝する祭儀です。現代でも毎年、宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われています。

新嘗祭は新穀を供えて神様に豊穣を感謝する、神道において最も大切な神事です。

当会はもちろん、全国の神社で、厳粛に斎行されています。

そこで当会では1123日『勤労感謝の日』に新嘗祭で五穀豊穣を祈願し、併せて低迷する経済を活性化させるため、日本景気復興祈願祭を執り行います。

不安定な社会情勢にあっても、安心して生活できる社会状態となるように、皆様と国内の経済活動を活性化させ、景気復興を願う祭典を執行致します。

初穂料・・・10,000

授与品・・・御神札をお頒かち致します。

陰陽會の最新情報

平成28年9月21日 秋季祖霊祭を斎行致しました 。

平成28年9月15日 十五夜祭を斎行致しました 。

平成28年9月9日 重陽祭を斎行致しました 。

平成28年9月9日 重要!サイトを移転致します。

平成28年9月9日 秋季祖霊祭のご案内をUPしました。

平成28年9月7日 敬老祭のご案内をUPしました。

平成28年9月4日 家屋清祓祭並びに霊符のご祈祷を執り行いました。

平成28年9月4日 桔梗だより 平成28年9月号(9月1日頒布)をUPしました。

平成28年8月3日 桔梗だより 平成28年8月号(8月1日頒布)をUPしました。

平成28年7月9日 鹿算加持を執り行いました 。

平成28年7月4日 桔梗だより 平成28年7月号(7月1日頒布)をUPしました。

平成28年7月3日 鹿算加持を執り行いました。

平成28年6月30日 夏越之大祓を斎行致しました。

平成28年6月9日 疫病封じ祈願祭を執り行いました。

平成28年6月8日 自動車清祓を執り行いました 。

平成28年6月5日 桔梗だより 平成28年6月号(6月1日頒布)をUPしました。

平成28年6月3日 夏越之大祓のご案内をUPしました。

平成28年5月29日 病気平癒・枉事消除祈願祭を執り行いました 。

平成28年5月22日 疫病封じ御祈願のご案内をUPしました。

平成28年5月20日 鹿算加持を執り行いました 。

平成28年5月15日 鹿算加持を執り行いました。

平成28年5月10日 結婚感謝祭を斎行致しました 。

平成28年5月9日 桔梗だより 平成28年5月号(5月1日頒布)をUPしました。

平成28年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成28年5月4日 枉事消除祈願祭を執行致しました。

平成28年4月29日 昭和祭を斎行致しました。

平成28年4月23日 結婚感謝祭のご案内をUPしました。

平成28年4月14日 厄除祈願祭を執行致しました。

平成28年4月9日 端午祭のご案内をUPしました。

平成28年4月4日 桔梗だより 平成28年4月号(4月1日頒布)をUPしました。

平成28年3月20日 春季祖霊祭を斎行致しました。

平成28年3月11日 家屋清祓祭を執り行いました。

平成28年3月11日 春季祖霊祭のご案内をUPしました。

平成28年3月3日 上巳の節供にあたり、桃花神事を斎行致しました。

平成28年3月3日 桔梗だより 平成28年3月号号外(3月1日頒布)をUPしました。

平成28年3月3日 桔梗だより 平成28年3月号(3月1日頒布)をUPしました。

平成28年2月25日 日蝕・月蝕の後には自祓ひをして穢れを祓い去りましょう!ページをUPしました。

平成28年2月17日 祈年祭を斎行致しました 。

平成28年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成28年2月8日 桔梗だより 平成28年2月号(2月1日頒布)をUPしました。

平成28年2月5日 清祓祭を執り行いました。

平成28年2月3日 追儺式を斎行致しました 。

平成28年1月19日 2月3日 追儺式のご案内をUPしました。

平成28年1月6日 厄除祈願祭を執り行いました。

平成28年1月5日 桔梗だより 平成28年1月号(1月4日頒布)をUPしました。

平成28年1月3日 元始祭を斎行致しました。

平成28年元旦 歳旦祭並びに新年初祈祷を斎行致しました。

平成27年12月31日 師走大晦の大祓式を斎行致しました。

平成27年12月23日 天長祭を斎行致しました 。

平成27年12月10日 物之清祓を執り行いました 。

成27年12月6日 年越大祓のご案内をUPしました。

平成27年12月2日 桔梗だより 平成27年12月号(12月1日頒布)をUPしました。

平成27年11月23日 新嘗祭並びに日本景気復興祈願祭を斎行致しました。

平成27年11月5日 桔梗だより 平成27年11月号(11月1日頒布)をUPしました。

平成27年11月3日 明治祭を斎行致しました。

平成27年10月28日 枉事消除祈願祭並びに鹿算加持を執り行いました。

平成27年10月25日 十三夜祭を斎行致しました 。

平成27年10月17日 枉事消除祈願祭を執り行いました。

平成27年10月3日 桔梗だより平成27年10月号(10月1日頒布)をUPしました。

平成27年9月27日 十五夜祭を斎行致しました。

平成27年9月23日 第10回例祭・晴明桔梗まつりを斎行致しました。

平成27年9月22日 秋季祖霊祭を斎行致しました。

平成27年9月21日 敬老祭を斎行致しました。

平成27年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致しました。

平成27年9月10日 第十回例祭 晴明桔梗まつりのご案内をUPしました。

平成27年9月9日 秋季祖霊祭のご案内をUPしました。

平成27年9月8日 敬老祭(9月21日)のご案内UPしました。

平成27年9月5日 招魂合祀祭を執り行いました。

平成27年9月5日 桔梗だより 平成27年9月号(平成27年9月1日頒布)をUPしました。

平成27年8月26日 家屋清祓祭を執り行いました。

平成27年8月15日 戦没者慰霊祭・世界平和祈願祭を斎行致しました。

平成27年8月7日 平成27年8月15日 戦没者慰霊・世界平和祈願祭のご案内をUPしました。

成27年8月6日 桔梗だより 平成27年8月号(8月1日頒布)をUPしました。

平成27年7月10日 改築改装後清祓祭・家屋清祓祭を執り行いました。

平成27年7月4日 桔梗だより 平成27年7月号(7月1日頒布)をUPしました。

平成27年6月30日 夏越之大祓を斎行致しました。

平成27年6月28日 鹿算加持を執り行いました。

平成27年6月20日 疫病封じ祈願祭を執り行いました。

平成27年6月1日 夏越之大祓のご案内をUPしました。

平成27年5月29日 心願成就祈願祭を執行致しました。

平成27年5月27日 疫病封じ御祈願のご案内をUPしました。

平成27年5月21日 縁切のページをUPしました。

平成27年5月15日 鹿算加持を執り行いました。

平成27年5月10日 方除のページをUPしました。

平成27年5月9日 必勝のページをUPしました。

平成27年5月8日 開運のページをUPしました。

平成27年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成27年5月4日 立身出世のページをUPしました。

平成27年5月2日 家屋清祓・身体健康・物之清祓・霊符の御祈祷の各祭典を執り行いました。

平成27年5月2日 桔梗だより 平成27年5月号(5月1日頒布)をUPしました。

平成27年4月29日 昭和祭を斎行致しました。

平成27年4月26日 改築改装前清祓・家屋清祓・縁切・霊符の御祈祷の各祭典を執り行いました。

平成27年4月25日 心願成就のページをUPしました。

平成27年4月23日 合格のページをUPしました。

平成27年4月22日 学業成就のページをUPしました。

平成27年4月12日 端午祭のご案内をUPしました。

平成27年4月10日 物之清祓並びに鹿算加持を執り行いました。

平成27年4月4日 桔梗だより 平成27年4月号(平成27年4月1日頒布)をUPしました。

平成27年3月29日 心願成就祈願祭を執行致しました。

平成27年3月21日 春季祖霊祭を斎行致しました。

平成27年3月18日 三年祭を執り行いました。

平成27年3月15日 枉事消除祈願祭を執り行いました。

平成27年3月10日 良縁のページをUPしました。

平成27年3月10日 十三参りのページをUPしました。

平成27年3月9日 安全のページをUPしました。

平成27年3月9日 旅行安全のページをUPしました。

平成27年3月9日 家内安全のページをUPしました。

平成27年3月6日 桔梗だより 平成27年3月号(3月1日頒布)をUPしました。

平成27年3月3日 上巳の節供にあたり、桃花神事を執り行いました。

平成27年3月1日 春季祖霊祭のご案内をUPしました。

平成27年2月27日 心願成就祈願祭並びに神符祈祷を執り行いました。

平成27年2月17日 祈年祭を斎行致しました。

平成27年2月13日 枉事消除祈願祭を執り行いました。

平成27年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成27年2月9日 心願成就祈願祭を執り行いました。

平成27年2月3日 追儺式を斎行致しました。

平成27年2月3日 桔梗だより 平成27年2月号(2月1日頒布)をUPしました。

平成27年1月30日 厄除祈願祭を執り行いました。

平成27年1月15日 諸願祈願祭を執り行いました。

平成27年1月15日 2月3日追儺式のご案内をUPしました。

平成27年1月5日 桔梗だより 平成27年1月号(1月1日頒布)をUPしました。

平成27年1月3日 元始祭を斎行致しました。

平成27年元旦 歳旦祭並びに新年初祈祷を斎行致しました。

平成26年12月31日 師走大晦の大祓式を斎行致しました。

平成26年12月23日 天長祭を斎行致しました。

平成26年12月6日 平成26年度 師走大祓のご案内をUPしました。

平成26年12月5日 桔梗だより 平成26年12月号(12月1日頒布)をUPしました。

平成26年11月23日 新嘗祭並びに日本景気復興祈願祭を斎行致しました。

平成26年11月15日 日本景気復興祈願祭のご案内をUPしました。

平成26年11月12日 家屋清祓祭を執り行いました。

平成26年11月11日 桔梗だより平成26年11月号をUPしました。

平成26年11月6日 招魂続魂祭・家屋清祓祭を執り行いました。

平成26年11月3日 明治祭を斎行致しました。

平成26年11月1日 七五三祭を執り行いました。

平成26年10月26日 鹿算加持・病気平癒祈願祭・家屋清祓祭を執り行いました。

平成26年10月25日 病気平癒のページをUPしました。

平成26年10月24日 大願成就祈願祭のご案内をUPしました。

平成26年10月18日 身体健康のページをUPしました。

平成26年10月17日 自動車の清祓のページをUPしました。

平成26年10月10日 交通安全のページをUPしました。

平成26年10月6日 十三夜祭を執り行いました。

平成26年10月5日 霊符祈祷を執り行いました。

平成26年10月5日 桔梗だより平成26年10月号号外をUPしました。

平成26年10月4日 桔梗だより平成26年10月号をUPしました。

平成26年10月2日 盗難除のページをUPしました。

平成26年9月23日 第9回例祭・晴明桔梗まつりを斎行致しました。

平成26年9月22日 商売繁昌のページをUPしました。

平成26年9月21日 井戸清祓のページをUPしました。

平成26年9月17日 神棚毀(こぼ)ちのページをUPしました。

平成26年9月15日 敬老祭を斎行致しました。

平成26年9月11日 鹿算加持を執行致しました。

平成26年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致しました。

平成26年9月8日 十五夜祭を執行致しました。

平成26年9月7日 第九回例祭 晴明桔梗まつりのご案内をUPしました。

平成26年9月6日 桔梗だより 平成26年9月号をUPしました。

平成26年9月5日 秋季祖霊祭のご案内をUPしました。

平成26年9月3日 病気平癒・家内安全・心願成就・霊符祈祷を執り行いました。

平成26年8月25日 敬老祭のご案内をUPしました。

平成26年8月24日 「神棚奉斎(ほうさい)」のページをUPしました。

平成26年8月23日 「家毀(こぼ)ち」のページをUPしました。

平成26年8月22日 「家屋清祓」のページをUPしました。

平成26年8月21日 「入居前清祓」のページをUPしました。

平成26年8月20日 「神鳴除」のページをUPしました。

平成26年8月19日 「神風除」のページをUPしました。

平成26年8月15日 戦没者慰霊祭・世界平和祈願祭を斎行致しました。

平成26年8月14日 「成人奉告」のページをUPしました。

平成26年8月13日 「神恩感謝」のページをUPしました。

平成26年8月12日 「寿祭」のページをUPしました。

平成26年8月11日 「皇室弥栄」のページをUPしました。

平成26年月8月8日 桔梗だより平成26年8月号(平成26年8月1日頒布)をUPしました。

平成26年8月5日 心願成就祈願祭を執り行いました。

平成26年8月5日 平成26年8月15日戦没者慰霊と世界平和祈願祭のご案内をUPしました。

平成26年8月4日 改装改築前後の清祓のページをUPしました。

平成26年7月29日 病気平癒祈願祭を執り行いました。

平成26年7月24日 鹿算加持を執り行いました。

平成26年7月22日 結婚感謝祭を斎行致しました。

平成26年7月8日 結婚感謝祭のご案内のページをUPしました。

平成26年7月6日 桔梗だより 平成26年7月号をUPしました。

平成26年7月2日 事業繁栄のページをUPしました。

平成26年6月30日 名越大祓を斎行致しました。

平成26年6月29日 事業繁栄祈願祭並びに病気平癒祈願祭を執り行いました。

平成26年6月17日 桔梗だより 平成26年6月号 (平成26年6月1日頒布)をUPしました。

平成26年6月10日 名越(夏越)大祓のご案内をUPしました。

平成26年6月9日 桔梗だより 平成26年5月号をUPしました。

平成26年6月7日 事業繁栄祈願祭を執り行いました。

平成26年6月2日 疫病封じ祈願祭を執り行いました。

平成26年6月1日 心願成就祈願祭を執り行いました。

平成26年5月24日 家屋清祓・方除・合格祈願祭を執り行いました。 

平成26年5月21日 鹿算加持を執り行いました。 

平成26年5月9日 「疫病封じのご祈願のご案内 」をUPしました。 

平成26年5月8日 桔梗だより 平成26年4月号をUPしました。

平成26年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成26年4月29日 昭和祭を斎行致しました。 

平成26年4月23日 「端午祭のご案内」をUPしました。 

平成26年4月20日 物之清祓祭並びに家屋清祓祭を執り行いました。 

平成26年4月19日 物清祓祭を執り行いました。 

平成26年4月17日 桔梗だより 平成26年3月号をUPしました。 

平成26年4月16日 「陰陽會のFacebookページのご案内」をUPしました。 

平成26年4月14日 伊勢神宮奉納御絵巻 奉納前清祓並びに完成奉告祭を執行致しました。

平成26年4月8日 家屋清祓祭・自動車清祓祭を執り行いました。 

平成26年4月3日 病気平癒・霊符祈祷・心願成就祈願祭を執り行いました。 

平成26年3月30日 単車清祓祭を執り行いました。 

平成26年3月26日 初宮を執り行いました。 

平成26年3月12日 霊符の御祈祷並びに心願成就祈願祭を執り行いました。 

平成26年3月11日 桔梗だより 平成26年2月号をUPしました。 

平成26年3月3日 上巳の節供にあたり、桃花神事を執り行いました。

平成26年3月2日 病気平癒祈願祭を執り行いました。 

平成26年2月17日 祈年祭を斎行致しました。

平成26年2月14日 初宮を執り行いました。 

平成26年2月11日 紀元祭を斎行致しました。 

平成26年2月3日 追儺式を執り行いました。 

平成26年2月2日 鹿算加持・神符の御祈祷を執り行いました

平成26年1月26日 地鎮祭を執り行いました。 

平成26年1月20日 呪詛解除祈願祭を執り行いました。 

平成26年1月3日 元始祭を斎行致しました。

平成26年元旦 桔梗だより 平成26年1月号をUPしました。

平成26年元旦 歳旦祭並びに新年の初祈祷を斎行致しました。

平成26年1月1日 桔梗だより 平成25年12月号をUPしました。

平成25年12月31日 師走大晦の大祓式を斎行致しました。

平成25年12月23日 天長祭を斎行致しました。

平成25年12月17日 安産祈願祭を執り行いました。

成25年12月5日 樹木伐採奉告祭を執り行いました。

平成25年11月30日 天皇皇后両陛下印度御渡航行幸啓安泰祈願祭を執り行いました。

平成25年11月29日 平成25年度 師走大祓のご案内をUPしました。

平成25年11月28日 桔梗だより 平成25年11月号をUPしました。

平成25年11月24日 時局噺「新嘗祭の本義」をUPしました。

平成25年11月23日 新嘗祭並びに景気復興祈願祭を斎行致しました。

平成25年11月22日 改装後清祓祭並びに霊符の御祈祷を執行しました。

平成25年11月13日 樹木伐採奉告祭のページをUPしました。

平成25年11月8日 霊符のページをUP致しました。

平成25年11月6日 「ご入会ご希望の皆様へ」のページをUPしました。

平成25年11月5日 桔梗だより 平成25年10月号をUPしました。

平成25年11月3日 明治祭を斎行致しました。

平成25年11月2日 七五三祭を執り行いました。

平成25年10月29日 鹿算加持を執り行いました。

平成25年10月29日 自動車清祓祭を執行しました。

平成25年10月26日 桔梗だより 平成25年9月号をUPしました。

平成25年10月23日 安産祈願祭を執行しました。

平成25年10月23日 七五三のページをUPしました。

平成25年10月17日 十三夜祭を執行しました

平成25年10月8日 桔梗だより 平成25年8月号をUPしました。

平成25年10月2日 神宮遷御の儀にあたり、遥拝式を執り行いました。

平成25年9月30日 産巣日祈願祭のご案内 をUPしました。

平成25年9月29日 地の神様の御社殿の遷座祭を執行致しました。

平成25年9月28日 合格祈願祭を執行しました。

平成25年9月23日 第8回例祭・晴明桔梗まつりを斎行致しました。

平成25年9月19日 十五夜祭を執行致しました。

平成25年9月16日 敬老祭を斎行致しました。

平成25年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致しました。

平成25年9月2日 「第八回例祭 晴明桔梗まつりのご案内」をUPしました。

平成25年9月2日 「敬老祭のご案内」をUPしました。

平成25年9月2日 「平成25年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致します」をUPしました。

平成25年8月24日 鹿算加持並びに神符之祈祷を執り行いました

平成25年8月21日 家宅神を鎮むる祭典・祖霊舎神上祭並びに霊璽遷座之儀を執り行いました。

平成25年8月17日 物之清祓祭・神符之祈祷を執行しました。

平成25年8月15日 時局噺「戦後68年目  平成25年8月15日」をUPしました。

平成25年8月5日 「平成25年8月15日 戦没者慰霊と世界平和祈願祭のご案内」をUPしました。

平成25年8月1日 「八朔札」のページをUPしました。

平成25年7月25日 桔梗だより 平成25年7月号をUPしました。

平成25年7月2日 桔梗だより 平成25年6月号をUPしました。

平成25年6月30日 名越大祓を斎行致しました

平成25年6月22日 心願成就祈願祭を執行しました

平成25年6月13日 疫病封じ祈願祭を執行しました。

平成25年6月9日 心願成就並びに身体健康祈願祭を執行しました。

平成25年6月3日 保守のイベント「元航空自衛隊空将の目から見た”アベノミクス”外交」のページを更新しました。

平成25年6月1日 名越(夏越)大祓のご案内をUPしました。

平成25年5月4日 疫病封じのご祈願のご案内をUPしました。

平成25年5月11日 桔梗だより 平成25年5月号をUPしました。

平成25年5月7日 「企業・団体の名称選定」のページをUPしました。

平成25年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成25年5月1日 病気平癒祈願祭並びに改築改装前清祓祭を執行しました。

平成25年4月28日 昭和祭を斎行致しました。

平成25年4月28日 「ジャパニズム12号」をUPしました。

平成25年4月26日 「端午祭のご案内」をUPしました。

平成25年4月20日 桔梗だより平成25年4月号をUPしました。

平成25年4月18日 「日蝕・月蝕の後には自祓ひをして穢れを祓い去りましょう!」のページをUPしました。

平成25年4月13日 心願成就祈願祭を執行しました。

平成25年4月9日 伊勢神宮奉納絵巻画初式を執行しました。

平成25年4月7日 「出張祭典でご用意いただくご神饌等について」のページをUPしました。

平成25年3月31日 桔梗だより平成25年3月号をUPしました。

平成25年3月18日 心願成就祈願祭を執り行いました

平成25年3月17日 一年祭並びに春季霊祭を執り行いました

平成25年3月12日 事業繁栄祈願祭並びに車の清祓祭を執行しました。

平成25年3月3日 上巳の節句・桃花神事を執り行いました

平成25年2月27日 桔梗だより平成25年2月号をUPしました。

平成25年2月24日 招魂続魂祭を執行しました。

平成25年2月17日 祈年祭を斎行致しました。

平成25年2月13日 建物の清祓祭(遠隔)を執行しました

平成25年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成25年1月24日 鹿算加持を執行しました。

平成25年1月23日  2月3日追儺式のご案内をUPしました。

平成25年1月19日 厄除並びに病気平癒祈願祭を執行しました。

平成25年1月15日 時局噺「安倍総理による靖国参拝について 」をUPしました。

平成25年1月11日 ご祈願「呪詛解除」のページを更新しました。

平成25年1月3日 元始祭を斎行致しました。

平成25年1月1日 桔梗だより 平成25年1月号をUPしました。

平成25年元旦 歳旦祭並びに新年の初祈祷を斎行致しました。

平成24年 12月31日 師走大晦の大祓式を斎行致しました

平成24年12月24日 鹿算加持を執行致しました。

平成24年12月23日 天長祭を斎行致しました。

平成24年12月15日 招魂続魂祭を執行しました。

平成24年12月11日 五年祭を執行致しました。

平成24年12月3日 桔梗だより平成24年12月号をUPしました。

平成24年11月30日 師走晦日大祓のご案内をUPしました。

平成24年11月28日 桔梗だより平成24年11月号をUPしました。

平成24年11月28日 桔梗だより平成24年10月号をUPしました。

平成24年11月23日 新嘗祭並びに日本景気復興祈願祭を斎行致しました

平成24年11月19日 出張祭典にて清祓を執行致しました

平成24年11月17日 神棚毀祭並びに改築改装前清祓祭を執行しました

平成24年11月16日 鹿算加持を執行致しました

平成24年11月16日 土地の清祓並びに自祓ひの清祓を執行しました。

平成24年11月12日 神棚奉斎を執り行いました。

平成24年11月12日 リフォーム後の清祓祭を執行致しました。

平成24年11月10日 心願成就祈願祭を執行致しました。

平成24年11月9日 「日本人の死生観」をUPしました。

平成24年11月5日 病気平癒祈願祭を執行致しました。

平成24年10月31日 病気と怪我の仕組みをUPしました。

平成24年10月28日 病気平癒祈願祭並びに物質の清祓祭を執行しました。

平成24年10月21日 枉事消除祈願祭を執行しました。

平成24年10月15日 「慰安婦問題を糺し 毅然とした国の対応を求める 国民集会 」のご案内をUPしました。

平成24年10月15日 祖霊舎の祀りをUPしました。

平成24年10月14日 祖霊の祭祀をUPしました。

平成24年10月12日 「会葬者の心得」をUPしました。

平成24年10月10日 「神葬祭の流れ」を更新しました。

平成24年10月7日 Ⅱ.神葬祭本儀 (4)発柩祭(出棺祭・棺前祭)・発柩後祓除の儀をUPしました。

平成24年10月7日 Ⅱ.神葬祭本儀 (3)遷霊祭をUPしました。

平成24年10月6日 招魂続魂祭のページを更新しました。

平成24年10月5日 Ⅱ.神葬祭本儀 (2)通夜祭をUPしました。

平成24年10月5日 Ⅱ神葬祭本儀 (1)産土神社に帰幽奉告の儀をUPしました。

平成24年10月5日 Ⅰ神葬祭前儀 (3)柩前日供の儀をUPしました。

平成24年10月5日 Ⅰ神葬祭前儀 (2)納棺の儀をUPしました。

平成24年10月5日 Ⅰ神葬祭前儀 (1)枕直しの儀をUPしました。

平成24年10月5日 3.神葬祭の祭儀をUPしました。

平成24年10月5日 2.神葬祭の歴史をUPしました。

平成24年10月5日 1.神葬祭をUPしました。

平成24年10月5日 神葬祭の流れ(目次)をUPしました。

平成24年10月5日 神葬祭と祖霊の祭祀をUPしました。

平成24年9月30日 十五夜祭を執行しました。

平成24年9月30日 桔梗だより 平成24年9月号をUPしました。

平成24年9月30日 桔梗だより 平成24年8月号をUPしました。

平成24年9月24日 秋季祖霊祭を執行致しました

平成24年9月22日 第七回例祭 晴明桔梗まつりを斎行致しました。

平成24年9月17日 敬老祭を斎行致しました。

平成24年9月9日 枉事消除祈願祭並びに水晶の清祓を執り行いました。

平成24年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致しました。

平成24年9月4日 「天皇と云うご存在」のページをUPしました。

平成24年9月3日 平成24年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致します

平成24年9月1日 第七回例大祭・晴明桔梗まつりのご案内をUPしました。

平成24年8月30日 敬老祭のご案内をUPしました。

平成24年8月20日 子授祈願を執り行いました

平成24年8月14日 「目覚めよ、日本人 -神国日本の使命ー」修正版をUPしました。

平成24年8月2日 「天皇の宮中祭祀と呼応する国民の家庭祭祀」のページを追加しました。

平成24年7月30日 明治天皇百年奉告祭を執り行いました

平成24年7月24日 鹿算加持を執り行いました。

平成24年7月19日 旅行安全祈願祭を執行しました。

平成24年7月19日 御祈願を執行しました

平成24年7月16日 新御霊祭を執行しました。

平成24年7月9日 結婚感謝祭のご案内をUPしました。

平成24年7月9日 陰陽會HPの頁を追加しました。「新盆・新御霊祭」

平成24年7月9日 桔梗だより 平成24年7月号をUPしました。

平成24年7月5日 百日祭を執行致しました。

平成24年6月30日 名越之大祓を斎行致しました

平成24年6月24日 疫病封じ祈願祭を執行しました。

平成24年6月10日 建物の清祓祭を執行しました。

平成24年6月10日 「疫病封じのご祈願のご案内」をUP致しました。

平成24年6月7日 桔梗だより 平成24年6月号をUPしました。

平成24年6月3日 明治天皇と乃木大将をUPしました。

平成24年6月1日 名越之大祓のご案内をUPしました。

平成24年5月31日 桔梗だより 平成24年5月号をUPしました。

平成24年5月30日 桔梗だより 平成24年4月号をUPしました。

平成24年5月29日 桔梗だより平成24年3月号をUPしました。

平成24年5月20日 除幕入魂祭を執り行いました。

平成24年5月14日 「5月21日金環日食の後には自祓ひをして穢れを祓い去りましょう!」をUP致しました。

平成24年5月13日 埋葬祭・五十日祭・忌明の祓ひ・合祀祭を執行致しました。

平成24年5月8日 【たちあがれ日本青年部主催 第一回講演会】のご案内をUP致しました。

平成24年5月7日 四十日祭を執行致しました。

平成24年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成24年4月29日 昭和祭を斎行致しました

平成24年4月25日 店舗の清祓並びに事業繁栄祈願祭を執行しました

平成24年4月26日 端午祭のご案内をUP致しました。

平成24年4月26日 三十日祭を執行致しました。

平成24年4月19日 心願成就祈願祭並びに物質の清祓祭を執行致しました

平成24年4月16日 二十日祭を執行致しました

平成24年4月15日 乃木将軍研究会開催のご案内をUPしました。

平成24年4月7日 鹿算加持を執行致しました。

平成24年4月5日 十日祭を執行致しました。

平成24年3月28日・29日 神葬祭を執り行いました。

平成24年3月25日 心願成就祈願祭を執行致しました。

平成24年3月16日 
入居前清祓祭を執り行いました。

平成24年3月11日 「東日本大震災発災一周年に寄せての声明」をUP致しました。

平成24年3月8日 神恩報賽のご祈願を執り行いました。

平成24年3月7日 鹿算加持のご祈願を執り行いました。

平成24年3月6日 「想像を絶する鹿算加持による験(しるし)」をUP致しました。

平成24年3月5日 「式神の祖霊舎」をUP致しました。

平成24年3月3日 上巳の節句・桃花神事を執り行いました。

平成24年3月3日 「神葬祭の流れ」をUP致しました。

平成24年2月25日 枉事消除祈願祭・建物之清祓祭・清祓祭を執行致しました。

平成24年2月20日 神上祭・祖霊舎遷座祭・改築改装清祓祭を執行致しました。

平成24年2月18日 招魂続魂祭を執行致しました。

平成24年2月17日 祈年祭を斎行致しました。

平成24年2月13日 桔梗だより 平成24年2月号をUPしました。

平成24年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成24年2月6日 鹿算加持を執り行いました。

平成24年2月6日 選挙当選祈願のページを追加しました。

平成24年2月3日 追儺式を斎行致しました。

平成24年2月1日 保守のイベント情報をUP致しました。

平成24年1月27日 厄除祈願祭を執行致しました。

平成24年1月28日 自祓ひのご案内をUP致しました。

平成24年1月28日 【講演会】「激増!在日中国人の脅威」のお知らせをUP致しました。

平成24年1月26日 救う会主催、東京連続集会のご案内をUP致しました。

平成24年1月20日 岡潔先生著『日本民族の危機』復刻・出版記念講演会のお知らせをUP致しました。

平成24年1月18日 2月3日追儺式のご案内をUP致しました。

平成24年1月14日 陰陽頭舊事希軍がTwitterを始めました。

平成24年1月13日 「陰陽頭の祭祀に対する心構え」をUPしました。

平成24年1月10日 枉事消除祈願祭を執行致しました。

平成24年1月7日 「たちあがれ日本・青年部」イベント情報

平成24年1月7日 「頑張れ日本!全国行動委員会」1月のイベント情報

平成24年1月3日 元始祭を滞りなく厳修致しました。

平成24年1月1日 桔梗だより 平成24年1月号をUPしました。

平成24年元旦 歳旦祭並びに新年の初祈祷を斎行致しました。

平成23年12月31日 師走晦大祓式を斎行致しました。

平成23年12月23日 天長祭を斎行致しました。

平成23年12月21日 招魂続魂祭についてUP致しました。

平成23年12月21日 枉事消除祈願祭を執行致しました。

平成23年12月20日 鹿算加持を執行致しました。

平成23年12月20日 御祈願の頁に鹿算加持をUPしました。

平成23年12月18日 陰陽道の霊符をUPしました。

平成23年12月11日 桔梗だより 平成23年12月号をUPしました。

平成23年12月2日 桔梗だより 平成23年11月号をUPしました。

平成23年12月2日 平成23年度 師走晦日大祓式のご案内をUPしました。

平成23年11月25日 【千年に一度の国難突破の祈りを国民一丸となって天に届けよう!】をUP致しました。

平成23年11月20日 七五三祭を執行致しました。

平成23年11月9日 七五三のページを追加しました。

平成23年11月7日 天皇陛下の病気平癒祈願祭を謹んでご奉仕申し上げました。

平成23年11月3日 明治祭を斎行致しました。

平成23年10月23日 桔梗だより 平成23年10月号をUPしました。

平成23年10月9日 十三夜祭を執行致しました。

平成23年9月23日 第六回例祭、晴明桔梗まつりを斎行致しました。

平成23年9月19日 敬老祭を執行致しました。

平成23年9月12日 十五夜祭を執行致しました。

平成23年9月11日 入居清祓祭を執行致しました。

平成23年9月8日 第6回例大祭・晴明桔梗まつりのご案内

平成23年9月7日 桔梗だより 平成23年9月号をUPしました。

平成23年8月27日 9月19日敬老祭のご案内をUPしました。

平成23年8月15日 紀元2671年8月15日戦没者慰霊と世界平和祈願祭を斎行致しました。

平成23年8月15日 自民党衆議院議員下村博文代議士と靖國神社に参拝する会をUPしました。

平成23年8月15日 霊にこたえる会 第36回全国戦没者慰霊大祭をUPしました。

平成23年8月13日 8月15日靖國神社にて行われるイベントをUPしました。

平成23年8月9日 桔梗だより 平成23年8月号をUPしました。

平成23年7月26日 物(水晶)の清祓いを執行しました。

平成23年7月13日 蔵毀地・樹木伐採奉告祭並びに神上祭を出張祭典にて執行致しました。

平成23年7月10日 菅直人打倒!民主党糾弾! 7.10 吉祥寺デモ をUPしました。

平成23年7月4日 桔梗だより 平成23年7月号をUPしました。

平成23年6月30日 夏越之大祓式を斎行致しました。

平成23年6月17日 時局噺「難局打開の秋(とき)来る 日本国民としての自覚」をUPしました。

平成23年6月16日 桔梗だより 平成23年6月号をUPしました。

平成23年6月12日 自動車清祓祭を執行しました。

平成23年6月8日 夏越之大祓のご案内をUPしました。

平成23年6月6日 疫病封じのご祈願を執行いたしました。

平成23年6月5日 『すべての拉致被害者を救出するぞ!国民大行進』をUPしました。

平成23年6月2日 就職祈願祭を執行しました。

平成23年6月1日 時局噺『今こそ、自民党谷垣総裁は決断せよ!』をUPしました。

平成23年5月28日 土地・建物の清祓祭を執行致しました。

平成23年5月28日 疫病封じのご祈願のご案内をUPしました。

平成23年5月11日 日本復興の第一歩は菅民主党内閣打倒!国民大集会をUPしました。

平成23年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成23年5月1日 陰陽會のfacebookを始めました。

平成23年4月29日 昭和祭を斎行致しました。

平成23年4月25日 端午祭のご案内をUPしました。

平成23年4月22日 メールアドレス変更のご案内

平成23年4月22日記念艦「三笠」復元50周年記念行事をUPしました。

平成23年4月22日 「主権回復記念日の催し」をUPしました。

平成23年3月17日 東北地方太平洋沖地震安全祈願祭並びに福島第一原子力発電所安全祈願祭を執行しました。

平成23年3月15日 東北地方太平洋沖地震について

平成23年3月9日 乃木将軍研究会開催のお知らせのご案内

平成23年3月1日 陰陽歳時暦に月次祭のページを追加しました。

平成23年2月26日 桔梗だより2月号を追加しました。

平成23年2月25日 3月2日 たちあがれ日本 街宣のご案内

平成23年2月25日 2月26日 頑張れ日本!全国行動委員会 街宣のご案内

平成23年2月17日 祈年祭を斎行致しました。

平成23年2月15日 時局噺「救國の志士よ、参(ま)ひ来たれ」のページを追加しました。

平成23年2月12日 紀元祭を斎行致しました。

平成23年2月8日 紀元節・紀元祭のご案内のページを追加しました。

平成23年1月20日 国民大行進&国民決起集会(1/29)のページを追加しました。

平成23年1月19日 日韓併合100年ーパネル展のページを追加しました。

平成23年1月12日 追儺式・節分祭のページを追加しました。

平成23年1月11日 「桔梗だより 平成23年1月号」のページを追加しました。

平成23年元旦 歳旦祭・新年初祈祷を斎行致しました。

平成22年12月31日 師走の晦の大祓式を斎行致しました。

平成22年12月27日 「元旦に歳旦祭ならびに初祈祷を斎行します。」のページを更新しました。

平成22年12月23日 天長祭・天皇陛下御誕辰を斎行致しました。

平成22年12月21日 「天皇陛下のお誕生日を国民こぞってお祝いしましょう」のページを追加しました。

平成22年12月15日 民主党菅内閣打倒!皇室冒涜糾弾!中国の尖閣諸島侵略阻止!国民大行動in渋谷 について更新しました。

平成22年12月6日 御神像豆軸願掛けお守りのページを追加しました。

平成22年12月1日 師走の晦の大祓のご案内のページを追加しました。

平成22年11月29日 創生「日本」街頭演説会のお知らせについて更新しました。

平成22年11月28日 「三島由紀夫大人命 墓前奉告祭」について更新しました。

平成22年11月25日 「没後四十年 三島由紀夫氏追悼会 憂国忌」について時局噺を更新しました。

平成22年11月25日 三島由紀夫氏没後、40年節目の憂国忌のご案内

平成22年11月23日 新嘗祭・日本景気復興祈願祭を斎行しました。

平成22年11月23日 新嘗祭・日本景気復興祈願祭を斎行します。

平成22年11月20日 三年祭を執行しました。

2010年11月15日 (月)

昇殿参拝

昇殿参拝とは、奥深く本殿にご案内し、玉串を奉りて親しく参拝していただくことです。

各種御祈願・浄化等は会員方のみしかお受けできません。
会員以外の方の 御参拝は、昇殿参拝のみ御願いしております。


昇殿参拝された方には、切札を1体お頒かち致します。

初穂料・・・3千円

ご参拝・ご祈願をなさる方へ

祭典参列及びご祈願・ご参拝時の服装について
特に決まりはありませんが、正式参拝や御祈願を受ける場合、男性はネクタイ・上着の着用が原則となります。
さらに例大祭や、公共の大きな祭り、参拝する団体の代表などで参列する場合は、ダークスーツや略礼服が望ましい(女性はこれに準じた服装)です。

また職業により制服が定められている場合は、それが正装に準じる場合もあります。
出張祭典などもこれに準じます。


仏滅のご参拝について

大安や友引などのいわゆる六輝は、古代中国で考えられた法則が形を変えて日本に定着したものです。
いわば迷信に近いもので、いつご参拝になっても大神様の御加護は頂けますのでご安心下さい。

禁ずべき事
一、不潔(ふけつ) 二、輕怱(けいそつ) 三、放心(ほうしん) 四、発情(はつじょう) 五、不注意(ふちゅうい) 六、不規律(ふきりつ) 七、粗暴(そぼう)
以上は祭式執行上最も禁ずべき事にして通読すれば判明するものなれば説明は略します。


お参りの仕方
一.神前に進みます。姿勢を正します。
一.参拝します。参拝は『二拝二拍手一拝』の作法で行います。

※二拝二拍手一拝の作法(立っている場合も座っている場合も同じです。)

①腰を九十度に曲げ、二回拝みます。
②胸の前で両手を合わせ、二回拍手します。
③最後にもう一回、腰を九十度に曲げて拝みます。
(注)参拝中は、常に祈念を込め、心をこめたお参りをしましょう。

新生児選名・命名

名前は、父母によって赤ちゃんに最初に贈る贈り物です。
だからこそ、生まれてきた赤ちゃんが一生、その名と共に愛され、幸せに生きていけるよう、願いを込めてつけてあげたいものです。

赤ちゃんの名前は、単に他の人と区別する記号として付けるのではなく、
子供の性格をも決め人生をも左右するものです。

その子が丈夫に育ち立派な人生を歩むよう、名付けは慎重に考えられます。

よい字よい意味の名前だけでなく、身体の弱そうな赤ちゃんには男女逆の名前を付けるなどの習慣もあります。

命名に最も必用なのは漢字や文字の意味と読み方、また声に出して読んだ時の音の響きです。その名前は赤ちゃんにとって一生の間、書いたり、読んだり、聞いたりし続ける事になります。

そして名前は最も短い呪(しゅ)です。人はその名前に、良くも悪くも一生縛られることになるのです。

赤ちゃんの時からその名前で呼ばれ続ける事によって、音の刺激を受けることになります。その刺激によって、性格や人格が形成されていくのです。

名前の読み方で思い浮かべるイメージと言うものも非情に大切です。
音の響きを優先して漢字の意味合いをよく考えなかったりすると、漢字の持っている悪いイメージに縛られてしまう場合があります。

また流行を意識しすぎて、流行の名前だからと言う事だけで名前を決めるのは、あまりにも短絡的です。

人との違いを求めすぎる事で、極端な名前を付けるのも考えものです。

さらに注意しなければいけないことは、多くの方が気になさっている姓名の画数による運勢は全くの迷信であり、何の根拠も無いものです。
そのような迷信にとらわれることで赤ちゃんの人生があらぬ方へと変わってしまうことがあります。

このようなことから、赤ちゃんの命名に際しては、身内や知人などの多くの人たちからアドバイスをもらい、余裕をもって、様々な意見を取り入れた上で決める事が良いでしょう。

当会ではいくつかの名前の候補を挙げていただければ、赤ちゃんの望む名前をご提案申し上げます。

初穂料・・・1万円

会員募集中

陰陽會では広く会員の募集をしております。

陰陽道 陰陽會では、近年に於ける現代人の精神的方面に於ける人心の動揺や世相の混迷、同義の荒廃、また未曾有の天変地異による人心の不安を憂慮し、御祭神のご聖徳を仰ぎ、敬神崇祖のこころを展開し、明るく楽しい家庭作り、国造りを提案しております。

一人一人の幸せに満ちた想いは、家族に調和をもたらし、家族の調和は、社会に、そして国家に、果ては全世界へと広がっていきます。
真の世界の平和は、まさに個人の幸せな想いから始まるのです。

会員の皆様には、清祓並びにご祈願をお受け頂けるほか、毎月の会報誌「桔梗だより」
を頒布しております。

はじめに

舊事希軍の提言

初穂料一覧

  入会金    指導料+清祓料+会員証 5千円        
  月会費     2千円(1回清祓料含む)
 月1回清祓 2千円(月会費含む)
 月2回清祓 3千円(月会費含む)
 月4回清祓 5千円(月会費含む)
月10回清祓 1万1千円(月会費含む)
 毎日清祓 3万円(月会費含む)
 特殊清祓 ケースにより異なるのでご相談ください。
 法人会員    法人1社に付き 5万円

3ヶ月間、会費の滞納または清祓の停止があった場合、会員資格を失います。

浄化停止から3ヶ月以上経ってから、再度清祓ご希望の場合、また一度退会した後、
再度ご入会の際は、最初からご入会の手続きをとって頂きます。

毎月1ヶ月間の守護符・切札をお頒かちいたします。

ひと月4回の清祓をお勧めいたします。

精神的、肉体的に問題があると思われる方は、出来るだけ頻繁な「清祓」をお勧めいたします。

清祓は、1度行えば全て解決するといったものではありません。
継続的に、根気良く長期的に続けて行うことで、皆様の人生の方向性を大きく変えることでしょう。

舊事希軍の提言

231223_004                       陰陽頭 舊事希軍


 我が国は今、有史以来の国家存亡の危機にあります。

 肇国の精神が失われつつある今、二千六百有余年続いた日本と云う国が音を立てて崩れ去ろうとしています。

 もしこのまま、何も手立て無くやり過ごしてしまえば、間違いなく未来永劫地球上から日本と云う国も日本民族も滅び去ってしまうでしょう。

 天照大神の御神勅によって誕生し、皇孫が統治し給う国、幾度もの困難を乗り越えて、祖先が護り伝えてきた麗しい日本が、現代の大勢を占める極端な個人主義、利己主義に陥った数多くの日本人によって消え去ろうとしているのです。

 大東亜戦争は将に国家存亡を賭けた戦いでしたが、日本国民は肇国の精神に基づいて一丸となって命を懸けて戦い、自らの命を国に捧げた多くの将兵と日本国民の護りによって、日本解体を免れる事が出来ました。

 しかしながら明治維新以降徐々に我が国に浸透し始めた、日本人の精神性の最も対極にあった西欧近代思想である個人主義・自由主義に基づく利己主義は、大東亜戦争終結後、GHQの画策によって精神的武装解除の下に広く深く日本人の精神性を蝕み、戦後六十有余年を経た今では、肇国神話さえ民族の記憶から失われようとしています。

 精神性を高く評価される武士道によって、高潔な民族として誇れる日本人が、エコノミックアニマルと蔑称される程にあらゆる事に経済を優先させてきた結果、日本と云う国そのものを失いかねないほどの危機を招いてしまったのです。

 このように国の行く末が懸念される昨今、どうすれば未来永劫輝かしい日本を護り伝えていくことが出来るのでしょうか。

 我が国の國體を護り抜くためには、日本民族の精神的基盤である神道の随神の精神、明き浄き正しき直き心を取り戻すことが肝要です。

 明き浄き正しき直き心は利己的な心を去り、本源に生き、道に生きる心であり、即ち君民一体の肇国以来の道に生きる心であります。自己に執着し、自己の為にのみ生きる心は穢れた心であり、我が国に於いてはこの黒き穢れた心を常に祓い、己から去るように努めてきたのです。

 陰陽道に於ける祓いは、穢れを祓い去り、明浄正直な本源の心に帰る為の祭祀です。

 我が国の歴史には厳然と肇国の精神が貫かれており、我が国の発展は肇国の精神の展開であります。

 今こそ、陰陽道の祓いによって明浄正直の精神を取り戻し、肇国神話に基づく国造りを為すべき秋(とき)が来たのであります。

 


はじめに

陰陽道 陰陽會のHPをご覧頂きありがとうございます。
当会へのご入会ご希望の方は、ご入会ご希望の皆様へ をご覧ください。

清祓の重要性について書いています。
陰陽のバランスを是非ご覧下さい。

以下のご質問等には一切対応致しません。

☆御入会に関係の無い質問
☆住所、氏名等連絡先等の記載の無い質問
☆当会への非難・中傷・イタズラ・ひやかしを目的とした質問


会員以外の方へのご相談は原則、対応致しません。


当会は会員制となっておりますので、会員の規約をご覧頂いた上、ご納得の上で資料請求をして下さい。

特定商取引に関する法律に基づく表示

個人情報のお取り扱いについて

初穂料一覧

直接ご相談に来られる場合は、必ず日時を1週間以上前にご予約願います。
予約無しに来られても一切対応いたしかねますので、ご了承願います。

鑑定又は測定を必要とする物品等を当会の了承無しに送られた場合、一切対応いたしかねます。

お問合せ

〒359-0025 埼玉県所沢市上安松557-3
℡・・・090-9108-9982(午後3時~午後9時)

E-mail・・・onmyonokami@yahoo.co.jp

会員の規約

会員資格は次のような方に限ります。

 「浄明正直」を旨とし、努力を惜しまない方。

 豊かな自然に育まれ、培われた我が国の伝統文化の継承と誇りある日本復古を目指す方、東亜の安定と世界平和を希求する方

 当会の主旨をご理解頂き、賛同して下さる方。

 霊的な能力を追及される方の御入会はお断り致します。

 毎月1回以上の清祓を継続すること。

ご入会について
3
ヶ月間は仮会員と致します。

3ヶ月間、毎月1回以上清祓を継続なさった方は4ヶ月目から改めて正会員として

会員証を発行致します。(現在会員の方の御紹介の場合は除きます。)

退会について
自由に退会できます。但し、退会の際には当会に必ずご連絡願います。

3ヶ月間、会費の滞納または清祓の停止があった場合、会員資格を失います。
浄化停止から3ヶ月以上経ってから再度清祓ご希望の場合、また退会後再度ご入会の際は、最初からご入会の手続きをとっていただく事になります。

会員資格を失ったり、退会した時点で、会員証の効力は無効となります。

入会後(仮会員を含む)会員として不適切な行為(当会の非難、中傷などをする行為その他が認められた場合、会員証は直ちに無効となり、除名処分とし、会員資格を失います。一度除名処分となった方の再入会は固くお断り致します。

他人または架空の名前、住所、電話番号などを用いて入会したことが発覚した場合、即座に除名処分と致します。
他の会員への迷惑となる行為を行なった場合、除名処分と致します。
初穂料は全て前払いとなります。初穂料の着金が確認出来ない場合は、清祓を開始したり授与品をお頒かちすることは出来ません。
会員資格を失った場合、また退会をなさった場合、入会金、会費及び御支払い済みの初穂料は一切返金致しません。

登録内容変更について
住所・氏名・電話番号などに変更がある場合は、郵送・FAX・メールにて変更内容を必ずご連絡下さい。
会員番号・変更予定日・旧住所・氏名・新住所(郵便番号・県名から)・新電話番号など変更事項をご記入下さい。
引越しの2週間前には必ずご連絡頂けます様御願い致します。
市町村合併に伴う住所変更の場合もご連絡御願いします。

ご祈願・授与品について
当会のご祈願は会員の方のみお受け頂くことが出来ます。

当会の授与品は会員の方のみにお頒かち致します。

会員之規約は予告無く追加及び変更することがあります。

特定商取引に関する法律に基づく表示

名  称 陰陽道 陰陽會
授与品部門責任者  柿澤 紀子
所 在 地 埼玉県所沢市上安松557-3
授与品代金以外に必要な料金 振込み手数料または代引手数料、送料は実費を申し受けます。
お引渡し方法 お振込みの場合は、入金確認後、在庫がある場合速やかに発送致します。
受注生産品に関しましては、授与品によって納期に違いがあります。
納期詳細はお問合せ下さい。
お支払い方法 授与品のご注文を頂きましたら、こちらから注文確認のメールをお送り致します。
ご注文内容に間違いが無ければ、代金を指定の口座にお振込み下さい。

銀行振込  埼玉りそな銀行 所沢支店
普通口座  3903883
名義     ハスダノリコ
返品・交換について 授与品と言う性格上、不良品以外の返品・交換は一切致しておりませんので
ご了承願います。
不良品の場合は、授与品到着後、お電話・FAX・E-mailのいずれかでご連絡の上、
一週間以内に御願い致します。
問い合わせ先 E-mail:onmyonokami@yahoo.co.jp(随時)
電話 :090-9108-9982(午後3時~午後9時)
FAX :04-2998-7599 (随時)
年中無休
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サイト責任者 柿澤 紀子

個人情報のお取り扱いについて

個人情報保護方針
陰陽道陰陽會は、会員の個人情報を保護することは重要な社会的責務であると考え、
個人情報の重要性を認識し、以下の通り個人情報保護方針を定め、これを保護して参ります。

○保有する個人情報に関して、適用される法令、規則を遵守します。
○個人情報を適正に取得し、利用目的の範囲内で取り扱います。
○個人情報を安全に管理し、個人情報への不正アクセスや、紛失、破壊、改ざん及び漏洩等を防ぎます。
○個人情報保護が確実に実施されるために継続的な改善を行ないます。


個人情報の利用目的について
取得致しました個人情報は、以下の利用目的に利用させて頂きます。
  
各種御案内等の情報を提供、印刷物の送付、及びその他の必要事項の連絡のため
○前項の他、あらかじめ会員の同意を得た目的のため 

陰陽のバランス

近年、大人のみならず、子供や青少年に精神的な病が増えてきています。
うつ病、自閉症、拒食・過食症、ひきこもり、パニック障害、社会に適応出来ないニート、非行、家出、不登校、自虐行為、買い物依存症、多重人格障害、不眠症、万引き、少年犯罪、様々な依存症など、精神を病んだ病気は様々です。
昔は「精神病」と言えば、隔離して病院に閉じ込めてしまうしか方法がありませんでした。
けれども、現代は「6人に1人はうつ病」と言われるほど心の病は当たり前のようになっています。
彼等をすべて閉じ込めてしまうわけにはいかないのです。また、閉じ込めたところで何も解決出来ません。

また、ガン、エイズ、成人病、アトピー、花粉症などのアレルギー症状などは非常に治りにくい病として、治療法も確立していません。
これらの病気になった人々は、長い年月、対処療法に振り回されます。

何故、現代日本において、これほどまで心や肉体の病が蔓延しているのでしょうか?

それは、明治以降、西洋文明がもたらされたことで、あらゆる陰と陽のバランスが崩れてしまったからです。
特に近年、欧米から「フェミニズム」や「ジェンダーフリー」などと言う思想がもたらされたことで、男女関係における陰陽のバランスは完全に崩れてしまっています。
霊的に陰である女性をより表に出し、本来、表に立つべき陽の男性を低く貶めてしまうことで、霊的な陰陽のバランスが完全に崩れていしまったことから、
上記のようなあらゆる病が引き起こされています。

そもそも何故古来から日本では男性が表に立ち、女性が後ろに控えていたのでしょうか。
フェミニストが「男尊女卑」などと叫んでいますが、それは間違っています。
男性を上位に置くことは、霊的な陰陽のバランスを保つために絶対に必要なことだったのです。

霊的に陰である女性は、精神的にも肉体的にも陽の男性よりも非常に強いと言う事実があります。
出産が可能なのも女性だからであり、男性には出産の痛みに耐えることが出来ません。
また、幼児の時に病気になったり死にやすいのは男性であり、女性は死ぬ確立が低いのです。
さらに「火事場の馬鹿力」を出せるのは大体は女性を指して言うことが多いのではないでしょうか。
このように、女性は非常に強い肉体と精神力を持っているために、
この強い陰の存在が表に出て、弱い存在の陽である男性が裏になれば、女性は異常に強さを増し、男性は自らの存在意意義を失い、ほとんど役に立たなくなります。
内助の功でよく知られている、山之内一豊の妻は決して弱い女性ではありません。
現代女性が失ってしまった、昔の美しい日本人女性を象徴していると言えるでしょう。
夫をたて、支え、勇気付けながら、夫が外での様々な試練に絶えて乗り越えていけるよう手助けしています。その内助の功によって、夫は出世していくわけです。
外での不安や緊張を内(家)で妻によって癒され、また、頑張ってこよう、と外に出て行く。この良い循環が男女の陰陽の調和のとれたバランスです。
このような夫婦の下で育つ子供は、心と肉体のバランスのとれた明るい元気な子になっていくのです。

ところが、現代は真反対の状況に陥っています。陰陽のバランスの崩れの一つは夫婦間の不調和です。
つまり夫婦の調和がなく、いつも喧嘩ばかりしている夫婦や、妻(母)の権威が夫(父)よりも強い夫婦の元で育った子供たちは心の病にかかり、
その後、体の病になる可能性が非常に高いのです。
また、病気に至らなくても、心のバランスを失っていて、何かを引き金に病に至る可能性のある現代人は非常に多いでしょう。
 
さらに現代は電化製品であふれていますが、これらはすべてプラスイオンを放出しています。
特に都会においては自然がほとんど消失してしまって、木々が発しているマイナスイオンを十分補充することができないことから、
リラックスやリフレッシュの機会が極端に少なく、肉体が多くのプラスイオンにさらされることで、肉体の陰陽のバランスが崩れることでストレスに拍車がかかり、
心の病が発症する可能性が高くなります。

加えて、合成食品、添加物、グルタミン酸ソーダ、農薬、たばこ、コカコーラ、フッ素、フッ化ナトリウム、塩化ナトリウム、
予防接種、界面活性剤、電磁波(パソコン、携帯電話、テレビゲームなど)、マインドコントロールなど、挙げれば切りがありませんが、
これらは人間の生体エネルギーを必要以上に消費させ、人間が生きていく上で必要なエネルギーを奪い去ってしまうために、
免疫力がどんどんと低下し、心も体も病気になっていくのです。

また、病気になっても、免疫力が低下しているために簡単には治る方向に向かいません。それどころか益々悪化させてしまうのです。
現代人を取り巻く環境はほとんど陰陽のバランスを崩すための材料が揃いすぎているのです。

現代の日本人は西洋文明によってもたらされた科学万能主義に偏りすぎています。
科学は所詮、自然界を解き明かしているに過ぎません。
つまり、科学は自然の一部を表しているに過ぎないのであり、それがすべてではないのです。
科学で証明できないからと言って、この宇宙空間に存在しないと言うことではないのです。
現段階では証明出来ないものでも、さらに科学が進歩すれば、証明出来るかもしれないのです。

「病気」とは「気を病む」と書きます。まさに精神を病むことで病気になるのです。
いくら対処療法を行っても、根本的に病気を治すことには至りません。
その病気に至った様々な状況を改善していく必要があるのです。

現代病は、単に科学的な療法だけで治すことは大変困難ですです。
何故なら、これらの現代病はいずれも心の病の先にあるからです。
そして、心の病は、ネガティブな感情を持ち続けたり、低いエネルギーに接し続けたり、低いエネルギーの食品を摂取したり、マスコミによって洗脳され続けたりすることで、
陰陽のバランスを崩した結果、引き起こされるのです。
心の病になった後は、自動的に肉体の病気へと移行していきます。
そして、これといった治療法の無い、実験重視の現代医療に振り回されて長い年月、暗い人生を送ることになるのです。

では現代病を治す方法があるのでしょうか?

あります。

それは、何故このような状態に陥ったのか、という原因を探すことから始まります。
それは場所や建物、物による霊的な原因とネガティブな考え方によって、大体の病気は引き起こされるからです。

15歳ぐらいまでの子供の場合は両親の不調和が原因の大半です。

心の病も肉体の病もほとんどの場合が、本人のネガティブな考え方と霊的な原因が関与しています。
医療だけではなかなか治らないのは、対処療法を行うばかりで、根本的な原因を解決することが出来ないからです。

当会の浄化は霊的な原因を軽減、もしくは無くすことが可能ではありますが、浄化をすればすべてが解決するわけではありません。
何故なら、先ず、本人がポジティブな考え方をする努力をしなければ何も変わらないからです。

浄化はポジティブな考え方が実現するようにサポートする作用があります。
ネガティブな考え方を続けて浄化をしても何も良くなることはありません。

そして、医学的な治療は絶対に必要です。
浄化と本人のポジティブな考え方と医療の三本立てにすることで、病気は必ず良い方向へと改善していきます。
浄化は現代医学では避けられない薬の副作用を最小限にし、薬の効果の部分だけを享受できるようにすることが可能です。

医療が必要である理由は、浄化は霊的な要因を取り除き、薬の副作用を軽減すると共に薬をより効果的に効くようにし、
本人のポジティブなイメージを実現するように作用しますが、実際に傷付いた肉体は医療で治していく必要があるからです。

浄化は陰であり、医療は陽です。
浄化と医療の陰陽のバランスをとりながら、同時進行で行うことで病気をより効果的に治すことが出来るのです。
心と肉体のバランス、陰陽のバランスを取り戻し、健康で明るい、やりがいのある楽しい人生を送ることは誰にとっても大切なことだと考えます。

また、心と肉体のバランスのみならず、心と経済の陰陽のバランスが崩れている人も多いようです。

最近は、心と経済のバランスが崩れている人が増えてきています。
彼等が必要以上にお金を追い求めている姿は、精神を病んでいるとしか思えません。
お金は人生を豊かに生きていくためには必要なものであり、その金額はどれほど大きなものでも構いませんが、
富や権力に見合った精神を維持しなければ、確実に崩壊します。
自らが富や権力をコントロールできる間は大丈夫ですが、
富や権力にコントロールされてしまった時、自爆してしまうのです。

自分が一体どれだけの富や権力を持てるだけの精神なのか、今一度考えて見て下さい。
逆を言えば、所詮、精神に見合った富や権力しか、手に入れることは出来ないのです。

富や権力に憧れる前に、先ず高い精神力を持てるよう努力することです。
そうすれば貴方に見合った富や権力を自然に手に入れることが出来るのです。
「高い精神力」とは何なのか、それは自分自身が考え、試行錯誤し、失敗や成功を繰り返しながら獲得していくものなのです。

地球上の全ての人に浄化は必要です!

すべてのものは陰陽のバランスで成り立っています。
このバランスが崩れた時、人々が「不幸」と思うような出来事が起きてきます。
現代の人々は、陰陽のバランスが崩れた環境の中で生きていかざるを得ないようになっています。
医者にかかるほどの病気ではなくても、ストレスを抱えたり、周囲との不調和によって、陰陽のバランスは確実に崩れています。
陰陽のバランスが崩れると、思わぬ事故や怪我、対人関係の悪化、家庭不和、親子関係の悪化などの周囲との不調和、自己実現が難しいなど、
人生を明るく生きていくことが難しくなっていきます。

たとえ、自分は100%ポジティブだ、と思い込んでいる人でも、このような地球環境で生きている限り、それは単なる思い込みに過ぎません。
また、肉体を持っている限り、100%ポジティブでいることは不可能であり、それだけでは生きている意味がありません。

人間がこの地球上に生きる目的の一つに、「ネガティブをポジティブに変換する」ということがあるからです。

しかしながら現代の環境の中で、ネガティブをポジティブに変換すること、つまり陰陽のバランスを保つことはなかなか容易ではありません。
一度ネガティブな状況に陥ると、連鎖反応的にネガティブな要素が集まってくるからです。

陰陽のバランスを取り戻したり、保ち続けるために、また、ネガティブをポジティブに変換するために、浄化は絶対に必要です。
また浄化だけでなく、陰陽神水などによって、心と肉体、心と経済の陰陽のバランスを整え、調和を目指し、明るく楽しいことをイメージし、
ポジティブな未来を切り開いていく必要があります。

これから先、世の中はどんどん悪化の様相を呈していくと思われますが、浄化とポジティブな発想を持つことで、世の中の渦に巻き込まれることは決してありません。
そのためにも、強いポジティブな意志を持ち続けることが大切です。
たとえ、浄化をしていても、貴方自身がネガティブな発想へ陥ってしまえば暗い人生へと変わってしまいます。

目の前で何が起ころうとも、浄化とポジティブなイメージを持ち続けることで、必ず道が開けます。

時局噺

菅談話に関しての声明 平成22年8月

今夏の参議院選挙は天魔両軍の戦い 平成22年3月

田母神論文の正当性 平成21年2月

危険!ヨガ・瞑想 平成18年4月

天皇皇位継承問題 平成17年12月

菅談話に関しての声明 平成22年8月

今年は、日韓併合100年の節目の年であります。

間の悪い事にこの節目の年に支那・朝鮮の傀儡反日左翼政権である民主党が現在の政府であります。

昨年の衆議員選挙で自民党が大敗北した事で政権交代が起こり現政権が誕生したのであります。

この民主党政権は、国民の生活第一と謳っておりながら国益を全く無視した政策を推進しております。

彼等の真の目的は国家解体でありまして所謂、亡国・国家解体法案(外国人地方参政権法案、人権擁護法案、選択的夫婦別姓法案)の可決を試みようとしましたが、平成22年8月現在に於いては手を着ける事は出来ずにいます。

天佑神助の甲斐あってか、今夏の参議院選挙に於いて民主党が大敗北した事で暫くはこの法案は、影をひそめる見通しとなりましたが、今年の日韓併合100周年を受けて現菅内閣は、我が国にとって屈辱の日であります。

大東亜戦争終戦の日8月15日(朝鮮に於いては光復節・日本の統治から開放された日)に日韓併合100年謝罪談話を発表するとの事であります。

我が国が朝鮮を併合したのは、明治43年8月22日に日韓併合条約が調印され併合しました。

条約には、下記の通りの内容が明記されております。

第一条 韓国皇帝陛下は韓国全部に関する一切の統治権を完全且永久に日本国皇帝陛下に譲与す。

第二条 日本国皇帝陛下は前条に掲げたる譲与を受諾し且全然韓国を日本帝国に併合することを承諾す。
以下省略。

そして同年8月29日施行されました。

日韓が併合されてから昭和20年8月15日までの間我が国は、朝鮮総督府を設け朝鮮半島に於けるインフラ整備に全力で当りました。

道路網、鉄道網の整備、ダムの建設、港湾施設、炭鉱、治水、砂防、電力、ビル建設、都市整備、工業団地の整備、通信電信電話網の整備など多くのインフラ整備に我が国の国費を以て推進しました。

また食料自給率の向上の為に開墾や干拓し灌漑用水の整備にも力を入れました。
その結果、反あたりの米の生産量は3倍にも達し、日本に作物を輸出するほどにまでになりました。

そして、教育にも力を入れ小学校を5200校もつくり識字率が4パーセントと低かった朝鮮人にハングルを普及させ61パーセントまで向上させる事に成功しました。

その結果、朝鮮人のこれまでの平均寿命は24歳でしたが飛躍的に延び、2倍以上となり、朝鮮人の人口も倍増しました。

これらの目覚しい発展は、日本の統治つまり朝鮮総督府によって為されたものであります。

我が国は、朝鮮を併合しましたが他の白人国家のように搾取を繰り返すような侵略はしていないかったのであります。

マスコミや自虐史観を持った人達は、日韓併合で朝鮮を植民地支配したと云っていますが植民地ではなく統治していたのであります。

搾取目的の植民地支配であればインフラ整備や教育を施すでしょうか?
それどころか、我が国はご皇族である梨本宮方子女王殿下と李垠殿下がご成婚ないさいました。
(梨本宮方子女王殿下は、昭和天皇のお妃候補のお一人でありました。)

一体、何処の国に卑下したり植民地化した国にご皇族のような国家の大切な方を嫁がせる国がありましょう。

上記のような統治であったのが真実であります。
何一つ、恥じるような事はしてはいないのであります。

寧ろ、現在の朝鮮に於ける近代化は我が国の功績意外なにものでもないのであります。

民主党が主張している個人賠償に関しては、1965年の日韓基本条約で完全解決がなされているのであります。

それを蒸し返して、朝鮮人に対して謝罪しなければならないと言う事を基本とした談話を発表すれば、また我が国は多額の新たな補償をせびられることでしょう。

断固これに抗議し、阻止の為に全力で当たる必要があります。

日韓併合100年謝罪談話を阻止できなければ私達の血税が使われ、国民の大きな負担となることは明らかであります。

国家予算の減少が叫ばれる昨今、何故今ここで言われなき賠償を支払わなければならないのでしょうか?

民主党は朝鮮に善い顔をしたいだけなのであります。

この様な談話を断固反対することを声明いたします。

今夏の参議院選挙は天魔両軍の戦い 平成22年3月

昨年の8月30日に起きた政権交代以来、我が国は左翼ファシストの独裁国家と化しています。
民主党は「政権交代」「生活第一」等の四文字熟語を掲げ、大手マスコミは政権交代こそが時代の潮流なりと国民を煽り、猫も杓子も政権交代によって国民の暮らしは良くなり、国民の手に政治を取り戻すなどと乗せられ、その結果民主党による政権交代が起こりました。

良識ある国民の多くは民主党の危険性や真の目的を理解していたので、政権交代阻止の運動を推進していましたが、残念ながら力及ばず、民主党の圧倒的多数と言う勝利をもたらしてしまいました。

卑怯なるかな、民主党は選挙のマニフェストでは当たり障りの無い内容で選挙活動を進めましたが、後に明らかになった、所謂「亡国法案」つまり「永住外国人地方参政権付与法案」「選択的夫婦別姓法案」「人権救済法案」「外国人住民基本法案」などの我が国の國體そのものを揺るがす恐れのある、大変危険な法案を可決させようと画策しています。

これらの亡国法案は衆議院選挙の時に表に出してしまうと様々な不都合が出ると判断した民主党は、マニフェストには一切乗せず、国民を欺いたのです。

しかしながら保守勢力による国民集会や街頭宣伝活動・デモ行進、署名活動、地方自治体による反対決議・意見書の提出などによって、国民の多くにこの亡国法案の危険性を周知させる事になりました。

民主党は数の上ではいつでもこれらの法案を無理に可決できる状況にありますが、国民の強い反対によって現時点では無理矢理法案を可決する事には慎重な姿勢をとっています。

けれども絶対に安心できる状況には無く、いつ、これらの亡国法案を可決されてもおかしくない状況であります。

これらの亡国法案はどれか一つでも可決してしまうと、なしくずし的に全ての法案への可決を推進するものであり、我々国民一人一人の働きかけによって、現時点では阻止されているのですが、今夏の参議院選挙でもしも民主党が過半数をとるような事態になれば、間違いなく全ての法案が可決される事は必定です。

また、民主党のみで過半数を確保できなかったとしても、公明党と連立を組むことによって過半数を得る可能性が高く、これもまた、非常に危険な状態に陥ります。
非常に危惧する事は、だらしがない自民党と金権主義の民主党によって大きな政治不信が起こっていることによって、今夏の参議院選挙の投票率が著しく下がることであり、そうなると必ず投票に行く公明党支持者や共産党員や組合、連合などの組織票が伸びることとなり、その結果、反日左翼陣営(魔軍)が勢力を拡大し、今よりも尚一層国家存亡の危機を迎える事となります。

それを阻止する為には、現閣僚内で唯一亡国法案への積極的な反対を表明している国民新党への票を伸ばすことと、自民党に票を入れること以外に手立てはありません。
最も良いのは所謂、真正保守による政党が出来、政界再編の道が開かれることであります。

今夏の参議院選挙で、民主党、公明党、社民党、共産党などの反日左翼政党が票を大きく伸ばすようなことがあれば、我が国は支那朝鮮の属国になるのほかありません。

これはひとえに魔軍の勝利と言わざるを得ない状況と化すでしょう。

このようなことがあれば、我が国は未来永劫彼らの奴隷となり、搾取され続けることとなります。

2670年間続いた、世界にも類を見ない皇統の断絶も余儀なくされる日が来る恐れもあると共に、私達が先祖から受け継いだこの日本という土地を全て彼らに奪われ、伝統文化は破壊され、民族浄化の名の下に我が民族はこの世から消え去っていくことでしょう。

そのようなことがあっては、天皇陛下や皇祖皇宗に対しても申し訳が立ちません。
今夏の参議院選挙は我が民族存亡の危機を賭けた最後の戦いであり、我々大和民族は命をかけて支那朝鮮からの侵略を阻止しなければなりません。

我々は戦後60余年、平和で豊かな生活を続けてくることが出来ましたが、今夏の参議院選挙で民主党、公明党、社民党、共産党などの反日左翼政党が勢力を伸ばす事態になれば、今問題になっている年金や介護は勿論の事、今普通に生活しているこの暮らしそのものが奪われ崩壊し、平和で豊かな生活を続ける事は不可能になります。

今まで通りの生活を維持したいのであれば、何があっても反日左翼政党に票を与えてはいけません。

今夏の参議院選挙によってもしも反日左翼政党の票が伸びるようなことがあれば、3年後に行われる予定の衆議院選挙そのものも、選挙の体をなさない選挙となり、最早民主国家日本では無くなり、支那共産党の傀儡である独裁国家となり、自由は無くなり、党の意に沿わないものは全て排除、抹殺される強権体制が敷かれる事でしょう。

愛する祖国を護る為に、かつて私達の先輩がなさって下さったように、日本国民は大同団結し、一億総決起し、國體護持のために立ち上がる時が来たのであります。

田母神論文の正当性 平成21年2月

昨年11月、「日本は侵略国家であったのか」という論文を公表した事で、政府見解(所謂、村山談話)と異なり不適切だと言う事になり更迭され、自衛隊を解任されてしまった田母神俊雄前航空幕僚長は今や「時の人」となりました。

田母神閣下の解任の際には、ほとんどの政治家、大手マスコミは連日、田母神閣下を徹底的に批判、攻撃していましたが、左翼番組として知られる「朝まで生テレビ」で田母神問題について論争された際、放送終了後の視聴者アンケートでは、6割近い人が田母神閣下を支持するといった皮肉な結果となりました。

それ以来、ネットのブログなどでは多くの人が田母神閣下を支援し、我が国の自虐史観にうんざりしているという声が日増しに強くなっているようです。

その声に応えるかのように、昨年末から今年にかけて、田母神閣下の日本全国の講演会が続々開催され、どの会場に於いても、定員をはるかに上回る大盛況となっています。

実際に私も田母神閣下の講演会に3度参加していますが、内容が重複するところもありながら、尚且つ新たな話題を交え、さらにユーモアたっぷりで、会場を何度となく沸かせると言う具合で、何度参加しても飽きるどころか、益々田母神閣下の魅力に惹き込まれてしまいます。

様々なブログに講演会を聞きに行った人たちの同じような感想が書かれているところを見ると、多くの人たちが田母神閣下の主張のみならず、人柄にも魅了されているようです。

田母神閣下の口調は非常に穏やかで、決して押し付けがましい語り口ではありませんが、その言葉にはとても力強く、固い信念が伺えます。

ところで田母神閣下も仰っていますが、我が国は世界のどの国よりも「文民統制」がなされている国だと言えるでしょう。

我が国に於ける「文民統制」は戦後始まった事ではなく、日本に於いては「文民統制」を良しとする伝統があります。

古くは建武の時代、楠木正成が後醍醐天皇の御前で足利尊氏に対する戦略を献策致しましたが、文官である公家によって「お上は必ず勝つ」と言う無責任な論理によって斥けられ、今日に言う「文民統制」に従って、明らかに負けると言うことが分っていながら湊川に向かわざるを得ませんでした。

また明治の時代、乃木大将は「軍人は絶対に政治に口を出してはいけない。軍人は命令によって戦う事が仕事である。」と常々言っておりました。

このことからすれば、田母神閣下が航空幕僚長(軍人)という御立場で、政治に口を挟み、民間の懸賞論文に応募するということは慎重さに欠けたと言えるでしょう。

しかしながら、大局観も戦略眼も無く、まして国家国民の利益など寸分も考えない、自分たちの目先の利益しか考える事のできない政治家や官僚による文民統制は亡国の悲劇を引き起こす事は、歴史の教訓であります。

その中、田母神閣下の論文が良きにせよ、悪しきにせよ、世間にこれだけ周知され、今まで歴史認識に興味を持たなかった世代にまで考える機会を与えられた事は、非常に良かったと評価できる事でしょう。

航空幕僚長(軍人)と言う御立場の方が書かれた論文であったからこそ、これだけ物議をかもし、様々な議論がなされるに至ったものと思います。

私達日本人は、正しい歴史認識を保有する機会に接したわけですから、これを機に自虐史観から脱却し、一日も早く真に自立した国家とならねばならないでしょう。

危険!ヨガ・瞑想 平成18年4月

今、テレビや雑誌などで、ヨガや瞑想が取り上げられ、若い女性を中心に流行っていますが、何も知らずに興味本位や健康法、趣味などで生活に取り入れると、取り返しのつかないことになります。

何故、ヨガや瞑想が危険かと言うと、これらの起源は一般には良いこととしてしか知られていませんが、およそ健康法などとは全く関係の無いものだからです。もともと、ヨガや瞑想は一般の人たちには縁の無い、インドやチベットなどの行者が「悟りを開く」と言う目的でで行なっている修行法です。

ヨガの起源はインドにおける「尸林(しりん)の宗教」にあります。「尸林」とは中世インドの葬儀場のことで、大きな都市に隣接してこの尸林が存在していました。死者の遺骸は都市部から尸林に運ばれ、荼毘(だび)にふされるかそのまま放置されて鳥獣の貪り食うにまかせられました。しばしば尸林は処刑場を兼ねており、斬首されたり、串刺しにされた罪人の死骸が晒されていました。これらはまともな神経の人間には実に恐ろしい場所であり、実際に野獣が跋扈(ばっこ)する危険な場所であり、しばしば魑魅魍魎(ちみもうりょう)が徘徊する場所として恐れられていました。

この尸林では、「尸林の宗教」といったものがあり、墓場に女神が祀られ、女神に仕える巫女が住み、死体や血液を用いる黒魔術的な秘儀を行なっていたのです。尸林の土着の女神たちは、それぞれの尸林を管理する教団によって、ヒンドゥー教か仏教の女神として崇拝されていました。それぞれの尸林の女神の祠(ほこら)には巫女が仕え、女神を供養する傍ら、呪術を生業としていました。その巫女は苦行母(茶吉尼・ダーキニー)または、瑜伽女(ヨーギニー)と言いました。シヴァ神の神妃サティーの暗黒面を表象するドゥルガー女神に彼女たちは侍女兼巫女として仕えていたのです。

その聖地(墓場)に土着の女性たちは、多くはアウト・カースト(日本で言う穢多非人・えたひにん)の出身で、昼間は牧畜や工芸等の底辺労働に従事し、夜間は(アウト・カーストの女性に特有の)妖術を使うとみなされていました。彼女等は1年の特定の祭日、又は月の特定の祭日に尸林に集まり、人肉や排泄物を含む反日常的な食物、つまりは聖なる食物として食し、酒を飲み、歌舞音曲を楽しむというオルギア(秘教的儀式)を行ないました。

この尸林におけるオルギアの中核をなすのは、ガナチャクラと呼ばれる性魔術儀式です。ガナチャクラとは仏教行者の行なう修法の一種であり、修法を構成する儀礼は曼荼羅制作、護摩(ごま)、観相(瞑想)法、飲食、歌舞、供犠、性瑜伽(ヨガ)などです。

ガナチャクラの構成員は9名であり、破壊神シヴァの最も凶暴な姿を具現した神、パイラヴァを召喚した男性行者が1名がアジャリとなり、その周囲を円形に囲む女神を召喚した女性行者が8名の計9名で行なう儀礼です。天体の運行を模す形で周囲の女性が位置を変え、順番に中央の男性と瑜伽(性行為・読み方はヨガ、ヨガのポーズはこの性行為の秘儀が元になっています。)します。
この位置変換を「瑜伽(ヨガ)女の転移)(サンチャーラ)と言います。女性行者が8名に臨時のメンバー(行者でない女性)を1名加えた9名と言う説もあります。その場合は中央の歓喜仏の姿勢で交合する男女1組に対して、円形に8名の女性が並び、曼荼羅が常時成立することになります。この結果、中央の男性行者はすべての女性行者と平等に和合することになります。

この儀式はインドの古代神話世界において、ヴィシュヌ神が金輪剣(チャクラ)を用いてシヴァの神妃サティーをばらばらに切断し、地上に落としたあと、サティー女神が復活し、シヴァ神と再結合を果たした説話をかたどっています。ちなみに切断された女神の遺体が落下した場所が前出の聖地です。

星辰(せいしん)の回転を象徴しながら、都合8回(1対8)の性的和合により発生する宇宙的快楽は「大楽(マハースーカ)」と呼ばれ、子の大楽が行者を「梵我一如」の境地に連れ去ると言われているようです。

梵字はこの瑜伽(ヨガ)のポーズを記号化したものであることから、ヨガのポーズや梵字には多くの憑依霊や狐などの動物靈を呼び寄せる大変危険なものなのです。

上記の尸林に集まる巫女の内、ダーキニーと呼ばれた人たちは、空海が日本に密教を持ち込んだ時に茶吉尼天(ダキニテン)という女神として現在の稲荷神社に祀ってしまいました。稲荷神社でキツネを眷族(けんぞく)として祀っているのは、このダキニテンからきています。

というのは、もともとダキニテンはインドの墓場、尸林で性行為を伴う黒魔術をおこなっているたダーキニーであり、インドでは人肉を食らいながら裸で踊り狂い、左手には人の腎臓(もしくは心臓)、右手には人からもぎ取った手足を持っている姿で描かれていますが、何と日本の稲荷神社で茶吉尼天となったダーキニーは優しい姿で左手には宝玉、右手には剣を持って描かれています。

そして、何故キツネかと言えば、もともとダーキニーは夜になると死肉をあさるゴールデンジャッカルの変身した姿だと言われていたり、ゴールデンジャッカルを人食い女神の眷族(けんぞく・使いっ走り)として使っていた、と言うことから来ていますが、日本にはジャッカルが存在しないため、ダーキニーとジャッカルのコンビが茶吉尼天とキツネのコンビに変容してしてしまったようです。

ヨガや瞑想が危険であるのは、健康法などとごまかしてヨガのポーズをとったり、瞑想したりしている内に、知らず知らずに黒魔術の儀式を行なっていることになり、そこに数多くの悪霊を呼び寄せ、額にある霊的な目(第三の目)を横目(正しくは縦目)に開き、サタン(悪魔)との契約を結ぶことになり、悪の強靭なエネルギーを得て、自らの体内に取り入れて、魂を悪魔に捧げることとなり、それが密教で言う「悟り」であるとされていますが、ヨガや瞑想に関わり続けることで、人生を台無しにし、魂をも堕落させ、取り返しのつかない過ちを犯すことになるからです。

天皇皇位継承問題 平成17年12月

現在、皇太子殿下のお子様は愛子内親王殿下お一人で、雅子妃殿下は精神不安定のため、親王様が今後お生まれになる見込みはほとんど無いといっても過言ではない状況です。
そこで最近取沙汰されているのが、「女系天皇」を認めようという有識者会議の結論です。けれどもこの結論には多くの問題をはらんでいます。また、有識者会議のメンバーには、誰一人皇室の専門家がいない上に、当事者の皇族の方々の意見を聞くのは憲法違反だと訳の分からないこと言い、皇族の意見を全く聞かずに出した結論でした。


有識者会議の結論に対して、今上天皇の従弟である寛仁親王殿下が異を唱えられました。御発言の要旨は次の通りです。


①元皇族の皇籍復帰。

②女性皇族に養子を男系の元皇族から取ることが出来る様に定め、その方に皇位継承権を与える。
③廃絶になった宮家(秩父宮、高松宮)の祭祀を元皇族に継承してもらい再興する。
④側室制度の復活

現在の日本には、雅子妃殿下、愛子内親王殿下がお可愛そうなどとたわごとを言っている人々、意味も分からず男女同権を振りかざすフェミニスト、意図的に天皇家を潰すことを考える人々など様々な人々がいます。小泉首相はじめ、マスコミは天皇家を潰す方向性で権力を振りかざしています。

現在、女系天皇を安易に認めてしまおうという風潮があります。しかしこれは戦後一貫して行なわれてきた日本の伝統を伝えない教育(特に歴史教育)のため、現在の日本人は天皇家の歴史、伝統を知らないということが原因です。
尚、「女性天皇」は必ずしも否定するものではなく、あくまでも否定しているのは「女系」です。この違いをよく理解していただくことが重要です。


女系天皇」は言語道断と言えますが、「女性天皇」は絶対に否定するものではありません。
これは例えば、愛子内親王殿下が万一「天皇」に即位なさるにしても、夫となる方が、男系の血を引く方であるならば問題ないからです。けれども実際に女性に天皇の激務が務まるのかを考えると、逆に可哀相とも言えるでしょう。これまでの女帝は、即位後に婚姻した例は無く、子供を産んだ例もありません。天皇とは、単なる「王様」ではないのです。

何故、男系が重要視されるかと言いますと、男系でなければ、天皇の御血筋が神武天皇と直結しないからです。そして、神武天皇と直結するということは、神話の世界になってしまっていますが実はその御血筋が神武天皇にまでつながるということになるからです。
これは、たかが人間如きが決めた、時代によって変化する法律などではなく、神々が宇宙創成の時から決めたことであります。天皇御本人でさえも決して変える事のできない決まり後となのです。

明治憲法の第1章第3条に「天皇は神聖にして侵すべからず」と明記されています。にもかかわらず、逆賊とも言うべき小泉首相は、かのGHQも手につけなかった天皇の御血筋を汚さんとして、また万世一系の天皇を冒涜すべく、女系天皇ありきを公然と安易に法律によって、変えようとしています。天皇と言う侵すべからざる権威を政府や首相と言う権力によって踏みにじろうとしているのです。
小泉首相は朝敵となったのです。
また、彼は完全に欧米列強の忠実な僕であり、日本は今だに欧米列強の占領下にあることは明白です。日本の真の敵は日本人の中にいることを知るべきです。

そもそも、何故、近年、天皇家を含め、各宮家に内親王様しかお生まれにならないのか、不思議といえば不思議ですが、これには理由があります。
それは、日本の天皇家を徹底的に潰すため、フリーメーソンによって黒魔術をかけられているからです。
男系の血を途絶えさせ、今回のような有識者会議なるものをつくり、國體を破壊し、日本国および日本国民を徹底的に欧米列強の支配下に置くためです。

そもそも、明治政府が近代を推し進める際、天皇陛下、皇后陛下の立ち位置を西洋に習い左右を逆にしてしまったことも(現代のお内裏様、お雛様の位置も天皇陛下、皇后陛下に合わせて変わってしまいました)今日の天皇家および日本の衰退へと導くきっかけとなったのです。

この男女の位置の逆転によって、男性の弱体化、女性優位の考え方が広まり、陰陽のバランスが崩れ、少子化を招き、国の存在も危うくなってきています。


皇位継承問題は、単に天皇家の問題ではなく、実は日本および世界の問題でもあるのです。もし、女系天皇を認めることで、万世一系の天皇が存続できなくなったとき、世界は間違いなく滅亡への道を辿るしかないのであります。

陰陽會の清祓

大東亜戦争終結以前、敬神崇祖を日常としていた日本人は、生活の規範は「かみまつり」にありました。「まつり」とは「祓い」であり、「祓い」とは神道あるいは惟(かんながら)の道でした。神道の重んずるところは「常に心身を清浄に保つ」ことであり、「穢れ(ネガティブ)」を最も忌み嫌いました。人間にとって最も重要な事は「穢れ」を取り除くための「祓い」と言えます。
神道は「祓ひに始まり、祓ひに終る」と言います。人間がこの世に生を受けてからその生を終えるまで、「祓ひ」なくしては心身の清浄を保つ事ができないからです。
この神道の「祓い」を日常生活に織り込んだものが人生儀礼・季節の行事と言われるものなのですが、敬神崇祖の念がすっかり廃れてしまった現代においては、「かみまつり」やこれらの儀礼を行っている日本人はほとんどいないと言っていいでしょう。つまり多くの日本人は、人生儀礼や季節の行事がただの慣例だとしてしまい、人生において穢れを祓う機会をすっかり失ってしまっているのです。
 
穢れは放置することで、人から人へとウィルスのように感染し、広がって思わぬ禍を招いてしまいます。
人間がこの世に誕生する際の安産祈願から始まって初宮詣、七五三などの様々な人生儀礼や節分、雛祭り、大祓などの季節の行事は、穢れの多い地球上において、その都度穢れを祓い、健やかに、禍を遠ざけて過ごす事ができるようにと、神々に祈念する事です。
 
穢れは身体に関わるものとして「糞尿・血液・体液・垢・爪・毛髪・出産・怪我・病気・死」等であり、社会に関わるものとして「貧困・暴力・犯罪・戦乱」等、そして自然に関わるものとして「天変地異・旱魃・風水害・病害虫・飢饉・不漁・不猟」等が挙げられます。
これらの穢れを見てみると、現代が如何に穢れに満ち満ちているかが分ります。
天変地異は穢れとも言えますが、ある意味地球上の穢れを祓う、自浄作用(祓い)とも言えます。地球も宇宙の一細胞として生きていると考えれば、人間の体内にウィルス(穢れ・ネガティブ)が蔓延しようとするのを何とか食い止めようとして、発熱したり、お腹をこわしたりしながらウィルスを撃退し、もとの元気な体に戻るように白血球などが戦う時と同じような現象と言えるでしょう。
現代に於ける様々な天変地異は、人間が撒き散らし、放置し続けている穢れによって引き起こされている事を理解するべきでしょう。地球も生命体であり、地球にも意志があります。永遠に人間の穢れを許容し続ける事は不可能です。

人間には身体に関わる穢れの他に、精神に関わる穢れがあります。それはネガティブな感情で、不安・恐怖・怒り・嫉み・おごり・慢心・利己・無知などです。
このネガティブな感情に支配されると、波長共鳴の法則によって低層四次元界に存在している波動の低いエネルギー、つまり動物霊・浮遊霊・自縛霊・生霊・呪詛などに取り憑かれる現象、憑依を受けることになります。憑依を受けると、穢れの原理で次々と新たな穢れを呼び寄せ、その結果、人間関係に支障をきたしたり、夫婦間の不調和から家庭内の争いや子供の非行、引きこもりなどをを引き起こしたり、うつ病、自殺、癌などのストレスからくる病気やウィルス感染する病気、その他様々な病気にかかりやすくなります。
 
悪いことが連鎖反応的に起こる事があるのは、穢れが穢れを引き寄せているからです。一度穢れてしまったら、祓い(清祓)をしなければ、容易にもとの状態に戻る事はできません。

多くの日本人が「因果応報(カルマ)」と称して、前世での行いが現世で清算されるというような仏教思想の誤った理解により、今悪いことが起きているのは、前世の行いによるものであると信じているようですが、前世からの「カルマ・業」は絶対に存在しません。
また、先祖供養をしないせいで悪いことが起きている等と言う、宗教家や霊能者が多数存在しますが、先祖供養と言うのは敬神崇祖の形であり、それをしないからと言って祟ったり、障りを起こしたりすることは決してありえません。
それらはすべて、蓄積された穢れによって引き起こされた結果に過ぎません。

当会の清祓は陰陽道の方術によるもので、どのような穢れの状態であっても、必ずその穢れを祓い去ることが可能です。

近年、前代未聞の世界大恐慌、戦争、天変地異、政治腐敗、資本主義の崩壊、新型ウィルスの蔓延、精神病の増加、猟奇的殺人など、様々な穢れが私達の身の周りに次々と起きております。
 
このような穢れの中にあっても、陰陽道による清祓や方術によって、穢れを祓い清め、御祭神のご加護を頂くことで、常に浄明正直な心を維持し、健やかな人生を送ることができるのです。

ご祈願

神棚の祀り方

敬神生活の綱領

神道は天地悠久の大道であって、崇高なる精神を培ひ、太平を開くの基(もとい)である。神慮を畏(かしこ)み祖訓(そくん)をつぎ、いよいよ道の精華を発揮し、人類の福祉を増進するは、使命を達成する所以である。
ここにこの綱領をかかげて向かふところを明らかにし、実践につとめて以て大道を宣揚(せんよう)することを期する。

一、神の恵みと祖先の恩とに感謝し明(あか)き清きまことを以て祭祀にいそしむこと
一、世のため人のために奉仕し神のみこともちとして世をつくり固め成すこと
一、大御心(おおみこころ)をいただきてむつび和らぎ国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること

①棚板の設置
先ず御宮を載せる棚板を設置します。
タンス、書棚等の上に置いて祀るときも、直置きは良くないので、壁に取り付けるとき同様の棚を設けます。
向きは南向きか東向きが良いとされていますが、清らかで明るく御祀りのしやすい場所を選んで下さい。

②御宮と神札の設置
御宮のタイプは三枚扉のものを使い、中心の扉の内に天照皇大神宮(神宮大麻)、向かって右に氏神様、左に崇敬する神社の御札(大麻)を御奉斎します。
但し、氏神様が稲荷神社、天満宮(菅原道真公、天神様)は避けて下さい。
また特に氏神様でなくても各地域の一宮でも結構ですし、氏神様をお祀りしなければならないと言うこともないので、当会の御札でも結構です。

③神具の設置
神具は、榊立て、瓶子、水玉、平瓦、ロウソク立て、御神鏡を最低限揃え、原則として榊は1日、15日、その他のお供えは毎日お取替えしますが、その他のお供えを毎日お取替えするのは大変ですので、榊同様に1日と15日にお取替えなされば良いと思います。
但し、お灯明は毎日灯して下さい。

連縄は棚板に付属の雲板の前に取り付けます。
尚、当会では一般的な大根〆ではなく、細荒縄を推奨致します。
紙垂の枚数は4垂です。

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1.榊立て 2.瓶子(御神酒) 3.ロウソク立て 4.平瓦(右に塩、左に米)5.水玉 6.御神鏡

当会お勧めの神棚セットには、この他に金幣、真榊、鳥居、八足台、狛犬があります。
金幣は6の御神鏡の位置に、御神鏡は御宮の階段の一番下の段に、鳥居は階段の手前に、真榊(右が鏡と勾玉、左が剣)は鳥居の両脇に、狛犬は正面を向くように棚板の両脇に、八足案は4.平瓦(右に塩、左に米) 5.水玉の位置にそれらを載せるように置きます。

毎朝、お灯明を灯し、ニ拝ニ拍手一礼をして御奉斎して下さい。

授与品

当会の授与品は全て、ご本人のポジティブな想念によってご祭神のご神徳が発揚されるものであり、ご本人の努力が無く、お持ちになるだけで、全てがよくなると言ったものでありません。予め御承知下さい。

授与品によっては日数を要するものがありますので予めご了承下さい。

御札

霊符

御守

案上奉斎セット 

神棚セット・恵比寿殿セット 神棚の祀り方 恵比寿殿の祀り方

 

壁掛け宮

 

地の神様(屋外社殿)セット

  

御富岐玉と四神札

 

神棚

出張祭典にて神棚の御奉斎も承ります。

陰陽會推奨神棚セット・・・7万円

Daijingu

清祓及び貴家のご繁栄をご祈祷の上、お頒かち致します。

セット内容
①屋根違い三社普及型(巾75cm×奥行28.5cm×高さ54cm)
②台付御神鏡
③小型金幣(本金鍍金)
④真榊(丸台)
⑤狛犬1対
⑥木彫り雲
⑦小型鳥居
⑧八足案(神棚用)
⑨平瓦1対・瓶子1対・水玉
⑩花台付榊立て
⑪ロウソク立て1対
⑫注連縄
⑬紙垂(4垂)

(注) 棚板、雲板は含まれておりませんので、各自で寸法に合わせてお取り付け下さい。
(注) 写真と実物が多少異なる場合がございますのでご了承下さい。

☆ 家庭用神殿のサイズは大きいものもございます。別途ご相談承ります。
☆ その他、神棚用品を個別に承りますのでご相談下さい。

陰陽會推奨恵比寿殿セット・・・6万円

清祓及び貴家のご繁栄をご祈祷の上、お頒かち致します。

Ebisuden

①恵比寿殿 (総巾36cm×奥行18cm×高さ33cm)
②一刀彫ニ福神(手彫り)
③木彫り雲
④台付御神鏡
⑤八足案(神棚用)
⑥平瓦1対・瓶子1対・水玉
⑦花台付榊立て1対
⑧ロウソク立て1対
⑨注連縄
⑩紙垂(8垂)

(注) 棚板、雲板は含まれておりませんので、各自で寸法に合わせてお取り付け下さい。
(注) 写真と実物が多少異なる場合がございますのでご了承下さい。

☆ 家庭用神殿のサイズは大きいものもございます。別途ご相談承ります。
☆ その他、神棚用品を個別に承りますのでご相談下さい。

御守

八方除御守・・・1500円 開運、厄除、災難消除の御守です。 

健 康 御 守・・・1000円 病中、病後、虚弱体質及び健康維持の御守です。

旅行安全御守・・・1000円 旅行や出張などの安全のための御守です。

学業成就合格祈願御守・・・1500円 成績向上と様々な試験合格の御守です。

縁結び恋愛成就御守・・・1500円 縁結びの御守です。(緑色と赤色があります)

就 職 御 守・・・1000円 転職や就職活動をスムーズにしたり職場での人間関係を改善するための御守です。

開 運 御 守・・・1000円 人生を明るく開いていく御守です。

子授け御守・・・1000円 子供を授かる御守です。

わらべ御守・・・1500円 13歳未満のお子様の安全を守る御守です。

交通安全御守・・・1000円 車の清祓をなさった方に、1台につき1体、お頒かちしています。御守のみでもお頒かちしています。

陰陽勾玉型翡翠ストラップ・・・1500円 翡翠は古代から神聖な石とされ、魔除けとして用いられてきました。翡翠を勾玉型にしたことで、太陽と月の力の恵みを受け、幸福を呼びます。

御札

御神札・・・1体 千円

神棚が三社の神棚の場合、左側に御奉斎下さい。御祭神三柱の御霊を分霊した御神札です。

Goshinsatu

方除守護符・・・1体 千円

神棚が三社の場合、右側に御奉斎下さい。
この護符にて四方を守護した空間は、先ず、全ての水脈、地場等の悪影響及び霊障等を招く悪しきエネルギー(穢れ)を清々しきエネルギーへと浄化し、後に外部からの悪しきエネルギー等の侵入を防ぐ、バリアー効果をもたらすものであります。

Houyokesyugofu

竈〆一式セット・・・一式7千円

年末にのみお頒かちする御札です。(神宮大麻他)

御富岐玉と四神札

御富岐玉(みふぎだま)は元来、宮中や神殿の四方に掲げ、鬼門を封じ結界を張ることで邪気を祓い、地場を整え、聖域にする為に用いられるものです。
四神(ししん)は東北を青龍、西南を白虎、東南を朱雀、西北を玄武が守護する神です。
当会の御神札、方除守護符と一緒に
御富岐玉と四神札を家内の四方掲げられる事で、より一層貴家をご守護申し上げることが出来ます。

御富岐玉を掲げられ、四神札をお貼りになる場所は、水周り、火の側、御手洗い(不浄の場所)を避けて下さい。
家内全体に掲げることが難しい場合は、ご家族が集われる場所一室に掲げて頂いても結構です。

ご自宅のみならず、店舗、会社等に掲げられることも大変宜しいと存じます。

Mihogidama    Shishin_seiryu_suzaku  Shishin_genbu_byakko  

東北・・・御富岐玉(青)と青龍
東南・・・御富岐玉(赤)と朱雀
西南・・・御富岐玉(白)と白虎
西北・・・御富岐玉(黄)と玄武

御富岐玉・四神札セット 初穂料・・・1万円

御富岐玉は一生お使い頂けます。
四神札は新年にお取替え下さい。
四神札は4体セットで千円です。

案上奉斎セット

この奉斎形式は、特別な崇敬とか格段の縁由があって奉斎するというよりも、一般の家庭に比べて敬神の念が極めて丁重な余りに、通常の神棚では満足することが出来ないような時に、このような奉斎の形式が誕生したのではないかとも考えられます。

住宅を建築する際に、最初からこのような立派な神棚の奉斎を目的として設置したのならばともかく、一般の家庭において案上奉斎のための祭壇を設けようとすると、押入れの一部を改造したりする場合もなくはないようですが、このようなことは絶対に避けて、出来るだけ専用の場所や床の間などに設けるべきでしょう。

三尺(約90㎝)から一間(約1.8m)程度のスペースを確保し、その三面と天上には壁代(かべしろ・壁の代わりに仕切りとして用いる懸けて垂らした綾や絹などの白い布切れ)を垂らしますが、これは一般には必ずしも容易ではないので、省略することも止むを得ないでしょう。

床の上に真菰(まこも)を敷き、その上に八足案を二段もしくは三段、適当な高さに雛壇式に据え、最奥の最も背の高い案の中央に幣を御奉斎し、その手前の一段低い案は神饌(供え物)を献ずる案(神饌案)とし、その前に紙垂を垂らした注連縄を引いて、その舗設が整います。

このような奉斎形式が行われるならば、高い位置の棚板の上に御奉斎された神棚以上に、そこに御奉斎された祭神に対しての日々の給仕や掃除など、心行くまでの奉仕を行うことが可能になります。

一般的な神棚に比べ、より御神徳の発揚がなされることでしょう。

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セット内容・・・掛軸(天照皇大神宮)・御幣・真榊1対・三段案・三方(6台)・祓い串・祭器(平瓦など)

初穂料・・・50万円(出張祭典、神棚奉斎込み)但し、場所によって交通費を頂く場合がございます。

写真の内容は実物と異なる場合があります。御了承下さい。
準備の都合上、御奉斎ご希望日の1ヶ月以上前にご注文下さい。

恵比寿殿の祀り方

①棚板の設置
先ず御宮をのせる棚板を設置します。
タンス、書棚等の上に置いて祀るときも、直置きは良くないので、壁に取り付けるとき同様の棚を設けます。
向きは南向きか東向きが良いとされていますが、清らかで明るくお祀りのしやすい場所を選んで下さい。

②恵比寿殿とニ福神(恵比寿と大黒)の設置
先ず、恵比寿殿にニ福神を御奉斎致します。
向かって左が恵比寿神、右が大黒神です。
恵比寿殿に入れる御札は当会の事業繁栄守護符、又は開運守護符、又は両方でも結構です。
御札はニ福神の後ろに御奉斎下さい。

③神具の設置(御宮と同様です)
神具は、榊立て、瓶子、水玉、平瓦、ロウソク立て、御神鏡を最低限揃え、原則として榊は1日、15日、その他のお供えは毎日お取替えしますが、その他のお供えを毎日お取替えするのは大変ですので、榊同様に1日と15日にお取替えなされば良いと思います。
但し、お灯明は毎日灯して下さい。
注連縄は棚板に付属の雲板の前に取り付けます。
尚、陰陽會では一般的な大根〆ではなく、細荒縄を推奨致します。
紙垂の枚数は8垂です。

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1.榊立て 2.瓶子(御神酒) 3.ロウソク立て 4.平瓦(右に塩、左に米) 5.水玉 6.御神鏡

毎朝、お灯明を灯し、ニ拝四拍手一礼をして御奉斎して下さい。

恵比寿講

壁掛け宮

神棚をお祭りしたいけれども場所が無い方や、賃貸で釘などが打てない方など、手軽にフックなどで簡単に御祀り可能な神棚です。
神宮大麻などを御奉斎なさるのに最適です。
「御札を受けたが粗末にはしたくない、でも毎日のお供えは出来ない。」「棚を吊る事が出来ない。」
そんな会員の皆様の声を形にしました。

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寸法・・・巾㎝×高さ37㎝×奥行(縁部分)8㎝
内陣寸法・・・巾9.2㎝×高さ285㎝×奥行3㎝

壁掛け宮の清祓及び貴家のご繁栄をご祈祷の上、お頒かち申し上げます。

初穂料・・・1万5千円

地の神様(屋外社殿)セット

土地の神様をお祀りするためのお社のセットです。
太古の昔、イザナギノミコトとイザナミノミコトが天から降りてこられた時に、二人に先立つ天津神(あまつかみ)が「海を固めて國を造りなさい」と命じ、矛(ほこ)をお与えになりました。
イザナギ・イザナミは天の浮橋に立って、矛を降ろし、海水を「コオロ、コオロ」とかき混ぜて矛を抜くと、海水が滴り落ち、潮が固まり積もって、オノゴロ島が出来ました。
オノゴロ島は国土建設の基地のようなものとなり、その島に降り立ったイザナギ・イザナミは、高い木を見つけて天の神と心を通じ合わせるために、天の御柱(あめのみはしら)としました。
その傍らに八尋殿(やひろどの・神殿)を建立しました。
その後、イザナミ・イザナギの国生みによって創られた島が、大八島國(おおやしま)であり、それが日本なのです。

この伝承からもわかるように、我が国は神によって創られた国ですから、そこに住まうということは、神さまから土地をお借りしていると言うことになるのです。
だからこそ、家を建てる祭、地鎮祭を行って、土地の神様に先ずここの土地に家を建てるお許しを請い、工事の安全を祈願するのです。
また、家を建てた後は、末永くこの土地に住まい、家が繁栄出来ますようにと、土地の氏神様をお祀りすることで、家内に起きる様々な枉事(まがごと)を鎮める事が出来ます。

地の神様(屋外社殿)セット 初穂料・・・3万円
出張祭典(神棚奉斎)    初穂料・・・3万円

セット内容・・・外祭用神棚・御神鏡・水玉・榊立て
ご用意いただく物・・・ブロック4個、レンガ1個

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地の神様【上等品セット】

外寸:(高)49×(巾)45×(奥)40センチ
内神のサイズ:巾18×高さ26×奥行12(センチ)
※最大部のサイズです
扉開口部:扉巾11×扉高さ16(センチ)
土台寸法:巾28センチ 奥行25センチ

材質:木曽ひのき製
屋根:胴板葺き

地の神様(上等品)セット 初穂料・・・8万円
出張祭典(神棚奉斎)    初穂料・・・3万円

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☆準備の都合上、御奉斎希望日の1ヶ月以上前にご注文下さい。
☆写真と実物が多少異なる場合がありますのでご了承下さい。
☆サイズの異なるものもございますのでお問合せ下さい。
☆出張祭典の際、場所によっては交通費を頂く場合がございます。

2010年11月14日 (日)

竈〆一式セット

年末年始のみにお頒かち申し上げる御札のセットです。以下の内容です。

1.神宮大麻
2.歳神様
3.荒神様(火産靈大神)
4.荒神様(水波蕒神)
5.祓い串
6.紙垂(4垂が2セット・神棚と玄関)
7.細荒縄 5m(神棚や玄関に適当な長さに切り、それぞれ4垂づつ紙垂を均等につけてお使い下さい)

初穂料・・・7千円

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よくあるご質問

問・・・水晶が良くないと言われますが何故ですか? また、処分したい場合どうすればいいですか?

答・・・宝石全般(ルビー・翡翠を除く)、特に水晶の類は穢れを引き寄せやすく、所有することで様々な禍を招く場合が多々あります。
特にパワーストーンとしての水晶は大変危険です。
手放したいと考えても、一度所有した場合は、所有者の念が石に入ってしまう為、単に捨てるだけでは石の悪影響から逃れることが出来ません。
急場の処置としてはビニール袋などに入れて石が隠れるくらいの粗塩で覆います。
とりあえず、急場の封印をすることが出来ます。
その後は当会で執り行っている物之清祓をなさって下さい。

物之清祓をご依頼の場合はメール等にて当会まで事前にご連絡下さい。


問・・・宝石類は持たないほうがいいのですか?

答・・・基本的に宝石類は人間の悪想念を吸収し、増幅するという性質を持っています。
けれども
身に就けるアクセサリーとしての宝石は、定期的に清祓していれば安心です。
ただし、占い師や霊能者などによる念の入ったパワーストーンは絶対にお勧めしません。
もし、現在お持ちの場合は、一度当会にて清祓した後、処分されると良いでしょう。
宝石類で魔除けとしての価値あるものは、ルビーと翡翠です。これらの宝石は魔除けとしてもまたアクセサリーとしても良いものです。


問・・・守護霊は実在するのでしょうか?

答・・・守護霊は存在しません。
もし、霊能者などが「貴方の守護霊は○○です」と言ったとしたら、霊能者が目に見えない何かに聞いたり、見たりしている場合、貴方に憑依している低層四次元の動物霊あるいは亡くなった人を、様々な表現方法で(観音様とか先祖とか)守護霊と言うことがあります。
いずれにしても、霊能者といわれる人達はほとんどの場合四次元界の動物霊に憑依されています。低層四次元の動物霊(日本の場合は多くは狐)は、簡単な未来、過去を見ることが出来、多少の病気治癒を行います。
けれどもすべて低層四次元の生き物ですから、それらに操られ続けると最後は動物霊に支配され肉体も精神も破壊されます。
霊能者のみならず、そこに集まる人々も同様の動物霊の憑依を受けることになります。

問・・・陰陽會では占いは良くないと言われますが、何故ですか?

答・・・占いは全く意味がない上に、悪影響があるのでお勧めしません。

占い師や霊能者は低層四次元の動物霊に憑依されることで、若干の未来、現在、過去などを言い当てることが可能です。
また中にはちょっとした病気治癒を行うことがあります。占い師や霊能者に憑依した動物霊たちは、自分の言うとおりに人間が動く様を見て大喜びし、次々と仲間を呼び寄せ、そこに集まってくる人達にも憑依していきます。
そして様々な命令を下し、最後には人間の肉体も魂も自分たちの支配下に置き、完全に乗っ取ってしまいます。
動物霊に全てを支配された人は、精神障害に陥るか自殺を図るといった状況まで追い詰められます。

問・・・魂(霊)は存在しますか?

答・・・魂(霊)は存在します。
肉体は魂の入れ物のようなものです。ですから、肉体は寿命がくれば無くなってしまいますが、魂は永遠に存在し続けます。

問・・・陰陽會の清祓によってどんなことが可能ですか?

答・・・陰陽道の祭祀による祓いとは、罪・穢れ、魑魅魍魎(ちみもうりょう)、怨霊、呪詛、怪事や凶事、凶兆などを様々な方術を用いて祓い去ることが可能です。

陰陽歳時暦

民間に伝承している五節句、人生儀礼、季節の行事のほとんどは陰陽道に由来しています。

五節句は正しくは節供(せちく)といい、季節の変わり目や節目に厄を祓い、無病息災を祈るために、神々に季節の食物を供えたことに由来している神事であり、五節句という呼び名のとおり、正月7日の人日(じんじつ)の節句、3月3日の上巳(じょうし)の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕(しちせき)の節句、9月9日の重陽(ちょうよう)の節句の5つの節句を意味しています。奇数は陰陽道では陽の数字で、本来ならば奇数の重なるこれらの日は縁起の良い日でしたが、奇数と奇数を合わせると偶数が生まれます。偶数は陰の数字であるため、その邪気を祓うために行っていた行事が五節句の始まりです。

上巳の節句

上巳の節句は現在では、女の子の誕生と成長を祝う「雛祭り」として一般に知られていますが、本来は年齢も性別も関係なく、草や藁〔わら〕で作った人形の体に人間の穢れを移し、健康を祈って災厄を祓うことを目的とした農村儀礼が行われていました。 現在でも、穢れを紙の人形に移して、それを川に流す「流し雛」の風習が残っています。

端午の節句

端午の節句は、菖蒲の花が咲く季節なので「菖蒲の節句」とも言われ、蓬や菖蒲の花の持つ強い香気で厄を祓うとして軒につるし、また菖蒲湯に入ることで無病息災を願いました。 また、「菖蒲」を「尚武」とかけて、男の子の誕生と成長を祝う「尚武の節句」としても知られています。

重陽の節句

重陽の節句は陽の数字である9が二つ重なる事から、陰陽道では最も良い日とされています。また菊の花の咲く季節と重なる事から「菊の節句」とも言われています。菊には長寿の力があると信じられ、8日の夜に菊に綿をかぶせ、9日に露で湿ったその綿で体を拭いたり、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた菊のお酒、または茱萸(呉茱萸)のお酒を飲み邪気を祓い長寿を願いました。

また人生儀礼としては帯祝い(安産祈願)、出産祝い、お七夜(命名式)、初宮参り、お食い初め、初節句(雛祭り・端午の節句)、七五三(三歳:髪置きの祝い、五歳:袴着の祝い、七歳:帯解きの祝い)、髪上祝い(十三参り)、元服(成人式)、厄年(厄祓い)、賛賀(還暦・古稀・喜寿・傘寿・半寿・米寿・卒寿・白寿・上寿・茶寿・皇寿)などがあります。

季節の行事としては、正月の屠蘇、どんど焼き、追儺(節分)、名越の大祓(茅の輪行事)、八朔(中元の元)、亥の子餅、師走の大祓などです。

以上の伝統行事はすべて陰陽道に基づく穢れを祓う神事であり、これらは日本の伝統文化の中に深く浸透しています。

陰陽會では日本に伝わる伝統的行事に加え、一年を通して様々な祭儀を執り行っています。

月次祭・・・毎月1日・15日 毎月恒例のお祭りです。

元旦・・・歳旦祭 毎年最初のお祭りで、その年の安寧をお祈りします。

1月3日・・・元始祭

1月7日・・・昭和天皇陵遥拝式 昭和天皇の御聖徳を称え武蔵野陵を遥拝します。

1月10日・・・恵比寿講 各家で恵比寿と大黒の神さまをお祀りする行事です。1月10日と10月20日と年に2回行います。

1月第二月曜日・・・成人の日 成人奉告祭を執り行います。

2月3日・・・追儺式(節分祭) 季節の変わり目であるこの日に御神前に福豆をお供えし、追儺式を執り行います。

2月11日・・・紀元祭 神武天皇が橿原の地で即位された建国の当時に思いを致し、国家安寧と国民繁栄を祈念します。

2月17日・・・祈年祭 春の農耕や各種産業の作業にあたり、豊作・豊漁・繁栄を天神地祇の神々に祈念する大切な祭典です。

3月3日・・・桃花神事 ご神前に草餅や桃花、こぶしの花を供え、疫病の禍を祓い、国家安寧を祈念します。

3月春分の日・・・春季皇霊祭遥拝式 春季祖霊祭 

4月3日・・・神武天皇陵遥拝式

4月29日・・・昭和祭 昭和天皇の御聖徳を偲び、国家の安寧を祈念します。

5月5日・・・端午祭 お子様の1年間の病気や災厄を祓い、健やかな成長と利発さや美麗が授かるように、また親子の絆が一層強まるようご祈願申し上げます。

5月10日・・・結婚感謝祭 ご夫婦が仲睦まじく、一層ご家族の絆が深まり、健康で家庭円満にお過ごし頂けますように祈願申し上げます。

旧暦5月5日・・・疫病封じ祈願祭 5月5日は毒月の悪日と言われ「九毒」の最たる日とみなされたことから、疫病による禍を避ける祈願祭を執り行います。

6月30日・・・名越大祓 一年の前半歳の罪穢れを祓い清めます。

7月7日・・・七夕祭 

7月30日・・・明治天皇伏見桃山陵遥拝式 

8月1日・・・八朔 会員の皆様に「陰陽大神中元八朔乃符」をお頒かち申し上げます。

8月15日・・・戦没慰霊と世界平和祈願祭 御神前にて終戦の大詔を奏上申し上げ、戦没者の慰霊と世界の平和を祈願します。

9月9日・・・重陽祭 9月9日は九という陽の数字が重なることから重陽と言います。ご神前に菊花を供え、無病息災を祈願します。

9月敬老の日・・・敬老祭 神様への感謝並びにご長寿のお祝いと、健康で楽しくお過ごし頂けますようにご祈願申し上げます。

9月・・・十五夜 秋の恵みに感謝します。

9月秋分の日・・・例祭 晴明桔梗まつり 安倍晴明公のご命日(9月26日〉を記念して秋分の日に斎行致します。

秋分・・・秋季皇霊祭遥拝式 秋季祖霊祭

10月17日・・・神宮神嘗祭当日祭遥拝式 伊勢の神宮で行われる神嘗祭の斎行を寿ぎ、ご祭神に奉告します。

10月・・・十三夜 秋の恵みに感謝するお祭りです。

10月10日・・・産巣日祈願祭 男女の御縁だけでなく、様々な良縁を結ぶよう祈願致します。

10月20日・・・恵比寿講 恵比寿と大黒の二柱の神様をお祀りします。

10月20日・・・皇后陛下御誕辰祭 皇后陛下の御誕生をお祝い申し上げ、更なる皇室の弥栄をお祈りします。

11月3日・・・明治祭 明治天皇のご聖徳を偲び、国家の安寧を祈念します。

11月15日・・・七五三 子供の健やかな成長を祈願いたします。

11月23日・・・新嘗祭 新穀並びに五穀豊穣を感謝申し上げます。

11月23日・・・日本景気復興祈願祭大願成就祈願祭

12月23日・・・天皇陛下御誕辰祭・天長祭 天皇陛下のお誕生をお祝い申し上げ、更なる皇室の弥栄をお祈り申し上げます。

12月24日・・・大正天皇多摩陵遥拝式

12月31日・・・師走大祓式 後半歳の罪穢れを祓い、新年を清々しく迎える為に執り行います。

12月31日・・・除夜祭 1年間の感謝と新年の弥栄を祈念します。

歳旦祭

歳旦祭  元旦

吉例により元旦の初祈祷で、貴家の御安泰並びに御隆昌をご祈念申し上げた、元旦祈祷の御神札をお頒かち致します。

Saitansai

追儺式

追儺式(節分祭)  2月3日

追儺とは、天皇の私的な穢れ祓いの儀礼で毎年大晦日に宮城内で行われました。
今日2月に行われる節分はこの追儺を原型としたものです。

追儺儀礼では、金面に四眼の仮面をつけた方相師(ほうそうし)が、矛や楯を持ち、宮城内にいる鬼魔を祓う所作をしながら巡回します。
後世この異形の方相師が自ら穢れをまとい、祓われる側の鬼に変じました。

こうした鬼神祭ではまず、陰陽師による卜占(ぼくせん)が行われました。
どの場所がどのような種類の鬼神によって穢れているのか、それをどう祓うのか、そうした一連の判断を行い、必要に応じて適切な呪祭を執行したのでした。

当会では、陰陽道の故事に習い、追儺式を執り行うと共に、追儺符および御祈祷済み鬼打豆をお頒かち申し上げます。

是非、会員の皆様も2月3日に各家々にて追儺式を執り行い、邪気を祓い、福を呼び込んでください。
追儺符は1年間、恵方または玄関の内側に御奉斎下さい。

初穂料・・・千円

紀元祭

紀元祭  2月11日

二千六百余年前に橿原の地で神武天皇がご即位なさった日を、我が国の建国をお祝いする日に定め、「紀元節」と名付けました。
紀元祭とは、この紀元節の日に建国の当時に思いを致し、国家安寧と国民繁栄を祈念する祭典です。

神武天皇即位建都の大詔

三月(やよひ)の辛酉(かのととり)の朔丁卯ついたちひのとうのひ)に、令(のりごと)を下(くだ)して曰(のたま)はく、「我東(われひむがしのかた)を征(う)ちしより、茲(ここ)に六年(むとせ)になりにたり。頼(かうぶ)るに皇天(あまつかみ)の威(いさほひ)を以(も)てして、凶徒(あた)就戮(ころ)されぬ。辺(ほとり)の土(くに)未(いま)だ清(しづま)らず、余(のこり)の妖(わざはひ)尚(なほ)梗(あ)れたりと雖(いへど)も、中洲之地(うちつくに)、復(また)風塵(さわぎ)無(な)し。誠(まこと)に皇都(みやこ)を恢(ひら)き廓(ひろ)めて、大壯(おほとの)を規(はか)りつくるべし。而(しか)るを今運(いまよ)屯豪(わかくくらき)に属(あ)ひて、民(おほみたから)の心(こころ)朴素(すなほ)なり。巣(す)に棲(す)み穴(あな)に住(す)みて、習俗(しわざ)惟(これ)常(つね)となりたり。夫(そ)れ大人制(ひじりののり)を立てて、義(ことわり)必ず時に随(したが)ふ。苟(いやし)くも民に利(かが)有(あ)らば、何ぞ聖(ひじり)の造(わざ)に妨(たが)はむ。且当(まさ)に山林(やまはやし)を披(ひら)き払(はら)ひ、宮室(おほみや)を経営(をさめつく)りて、恭(つつし)みて宝位(たかみくら)に臨(のぞ)みて、元元(おほみたから)を鎮(しづ)むべし。上(かみ)は乾霊(あまつかみ)の国を授けたまひし、徳(みうつくしび)に答へ、下(しも)は皇孫(すめみま)の正(ただしきみち)を養ひたまひし心(みこころ)を弘(ひろ)めむ。然(しかう)して後に、六合(くにのうち)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)に為(せ)むこと、亦(また)可(よ)からずや。観(み)れば、夫(か)の畝傍山(うねびやま)の東南(たつみのすみ)の橿原(かしはら)の地(ところ)は、蓋(けだ)し国の墺区(もなかのくしら)か。治(みやこつく)るべし」とのたまふ。

日本書紀巻三 神武天皇 即位前紀己未年  

祈年祭

祈年祭  2月17日

「祈年祭」(きねんさい・としごいのまつり)の「とし」は穀物収穫の周期を意味する言葉で、
五穀を代表とする米を指します。
春の農耕や各種産業の作業にあたり、豊作・豊漁・繁栄を天神地祇の神々に祈念する大切な祭典です。

Kinensai

端午祭

端午祭(子供の節句)  5月5日

五節句のならいを背景に平安時代に定着、やがて男児の逞しい成長を祈願する祭礼に。

平安時代には「穢れを祓う」という五節句のならいを背景に「端午の節句」が定着しました。
宮廷では邪気を祓うために屋根に菖蒲を葺き、節句の当日には天皇も貴族も菖蒲鬘をかぶり、今日も京都・上賀茂神社の賀茂競馬などに見られるような勇壮な競馬
(くらべうま)も催されました。
「端午の節句」に菖蒲が重んじられたのは、早春に力強く芽吹く姿に邪気を祓う力があると信じられたからです。

陰陽會では五月五日に0歳から13歳までの男女のお子様を対象とし『端午祭』を執行いたします。
お子様の
1年間の病気や災厄を祓い、健やかな成長と利発さや美麗が授かるように、また親子の絆が一層強まるようにご祈願申し上げます。

授与品・・・1名に付き御神札とお守りをそれぞれ1体ずつお頒かち致します。

初穂料・・・1名 5千円

結婚感謝祭

結婚感謝祭  5月10日

 

明治以前は結婚式は人前式で、自宅で行われるのが一般的でした。
現在のような「神前結婚式」が一般に広まったのは
明治33510日に皇室御婚令が発布され
明宮嘉仁(はるのみやよしひと)親王殿下(後の大正天皇)の御結婚の儀が
初めて宮中賢所大前で行われたことをきっかけに
神前結婚式を挙げたいという気運が国民の間で高まった事が始まりです。

そこで当会では、毎年5月10日を【結婚感謝祭】として祭儀を執行致します。
神さまへの感謝と1年間豊かに、ご夫婦が仲睦まじく、また一層ご家族の絆が深まり、
健康で、家庭円満にお過ごし頂けます様、ご祈願申し上げます。

御縁あって御夫婦になられたことを、年に一度は神さまに感謝申し上げると共に、夫婦の意義をより深く考え、お互いに感謝を表す日となれば幸いと存じます。

授与品・・・御神札、御守、記念品をお頒かち致します。

初穂料・・・1万円


八朔

八朔  8月1日

陰暦の8月1日のことを八朔(はっさく)と言います。
この八朔の日には、陰陽師は八朔札と言うお札を作って、禁中などに献上しました。
八朔の日には贈答のやり取りをする習俗があり、これが今の中元になったとされています。

陰陽會では、毎月浄化をお受け頂いておられる会員の皆様に、八朔に一世帯に一体、八朔札をお頒かち申し上げております。

この御札の使用方法は、8月1日から翌年の7月31日までの間に、何かの窮地の際、この御札を清潔な場所で二拝ニ拍手一拝の後、炊き上げ、御札が燃えている最中に御祈願下さい。(ネガティブな御祈願には効力はありません。)

御祭神の意に叶う御祈願でありましたら、必ずや念願成就致すことでしょう。

戦没者慰霊と世界平和祈願祭

戦没者慰霊と世界平和祈願祭  8月15日

靖國神社に於ける「全国戦没者慰霊大祭」に参列します。

陰陽會ご本殿にて戦没者慰霊祭を斎行し、併せて終戦の大詔を奏上致します。

英霊に感謝の誠を捧げます。

Senbotuirei

重陽の節句

重陽(菊)の節句  9月9日

春夏秋冬と季節が美しく移り行く日本では、気候の変わり目の祝祭日の事を節日(せちび・せつび)と言い、お供え物をしたり行事を行って祝ってきたという歴史がありました。
この節日の供物、「節供(せちく)」と言う言葉が、節日そのものを指すようになって「節句」という言葉になったとも言われます。

この重陽の節句は、日本では、平安初期から江戸時代が最も盛んに行われた時期で、一番公的な性質を備えていました。天皇が紫宸殿(ししんでん)に出御され、下臣共々詩歌文章を作り、菊酒を下賜しました。
また被綿(きせわた)と言って八日の夜に、菊に綿をかぶせて夜露、朝露を帯びさせ、当日の祝い物としました。
この菊の香りとしずくを吸った綿で体を拭くと長命を得るという典雅なもので、
枕草子や紫式部日記の中でもその風習をうかがう事が出来ます。
また菊合といって、菊の品評会のようなこともあり、これを契機として菊の栽培が盛んになりました。
明治になって日比谷の菊花競技会、国技館の菊人形などが盛んになり、現在もその流れは続いています。
一般大衆の間では、栗飯を食べるので、栗節句とも言い習わされています。

9月9日を秋祭りとする地方も多く、収穫祭の日取りにしている地方も多いようです。
このお節句の始まりが公的なものであったために、現在は一般ではほとんど行われていませんが、収穫を祝う農村の喜びを、栗ご飯などを炊いて、お祝いなさるのも良いと思います。

9月9日は「重陽(ちょうよう)」と呼ばれ、奇数(陽数)が重なる日は、陰陽道では陽のパワーが極まる日とされていて、厄を祓い、無病息災を祈って、季節の食物を神に捧げました。

奇数のことを陽数、偶数のことを陰数と言い、陽と陽が重なるので「重陽」です。
重陽の節句は「菊の節句」とも言われます。 

菊は長寿延命の薬草とされていて、邪気を祓う魔除けにもなるので、菊を浮かべた菊酒は大いに愛飲されました。
また、京都に伝わる重陽の行事としては、上賀茂神社の「重陽神事・烏相撲(からすずもう)があります。この日の朝10時、前夜から菊の花に被せておいた「きくの被綿(きせわた)」を神前に供える神事に続いて、烏相撲が執り行われます。
境内祭殿前の土俵の左右から、弓矢を手にした二人の刀禰(とね)が横飛びしながら二つの立砂の前へと現れ、「カーカーカー」「コーコーコー」と烏の鳴き真似ををした後、氏子の子供が相撲を行うと言う、古式ゆかしい行事です。
 
御家庭では・・・菊の花を愛でながら、栗ご飯などを召し上がって、無病息災を願ってみたら如何でしょうか。

敬老祭

敬老祭  9月15日

世界に例のない敬老の日
今日では70歳は普通の老齢となりましたが、
昔は「人生七十古来稀なり」(杜甫の詩)と言って古稀の祝いとしました。


我が国には幼少年を大事にし、老人を敬う特性があります。
人格円満で老齢になった人を尊び敬う風は、例えば神の御姿を白髭の老人(猿田彦神、武内宿禰)の姿とする考えに通うところがあります。

いつの世も、先人を敬い大切にする心は美しく、私達はそれを決して忘れてはいけません。

そこで陰陽會では、毎年915日を〔敬老祭〕として数え70歳以上の方を対象として、祭儀を執行致します。

神様への感謝及びご長寿の御祝いと、1年間健康で楽しくお過ごし頂けますようにご祈願申し上げます。

授与品 御神札と御守をお頒かち致します。

初穂料・・・5千円

例祭 晴明桔梗まつり

例祭 晴明桔梗まつり  

安倍晴明公のご命日(9月26日)を記念して、毎年秋分の日に斎行致します。

国家の安泰、皇室弥栄、世界の平和、神恩感謝に加え、尚一層皆様のご健勝と御発展をご祈念申し上げます。

Abeno_seimei

明治天皇御製

  わが国は神のすゑなり神祭る 昔の手振りわするなよゆめ

初穂料・・・1名 1万円
授与品・・・御札・御守

詳細は、E-mail、FAX、お電話にて承っております。お問合せ下さい。
例大祭は会員以外の方でもご参加いただけます。

十五夜と十三夜

十五夜と十三夜

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十五夜は「中秋」つまり陰暦の八月十五夜に行われるのが一般的です。
「中秋」の意味は、8月15日が陰暦の秋である七月、八月、九月の丁度真ん中に当たることによりますが、同じ読み方でも「仲秋」となると、こちらは陰暦八月のことを指します。
日本では、明治5年(1872年)に太陽暦に改暦されて以来、中秋は毎年変化しています。

旧暦が使われていた時代は、月の満ち欠けが生活のリズムを作っていましたので、満月は一つの節目として重要な意味がありました。
ですから八月の十五夜だけでなく、満月の夜はいつも祭りが行われていました。
それが秋の収穫期と重なり、特に盛大に行われたのが八月の十五夜なのです。

中秋に続いて、陰暦九月十三日に行われるのが十三夜です。
十五夜と同じように、この夜の月が必ずしも十三夜月になるとは限りません。
上代の文人たちにとっては十五夜の月も十三夜の月も同じように丸い鏡として捉えられていたと見られていますが、実際には十三夜ではどう見ても丸いとは思えない場合があったはずです。
いずれにしても、十三夜は支那では見られない日本独自の行事で、室町時代の文献には、当時の十五夜と十三夜に芋や豆が供えられていたことが記されています。
近年においても十三夜に豆を供える地域は多く、これが十五夜の「芋名月」に対して「豆名月」と呼ばれる所以です。

尚、日本では「片月見はいけない」と言う伝承が各地にありますが、これは十五夜を行ったら、必ず十三夜もしなければならないと言うものです。
このように片月見を忌み嫌ったのは、2回の月見をセットすることによって、
どちらか一方は必ず月を拝してその年の収穫を祝うと共に、翌年の豊作を祈願したいと言う意識がその根底にあったのではないかと考えられます。
十五夜よりも十三夜の方が晴天を期待できると言う日本の気象パターンから推察しても、十三夜に対する強い意気込みが感じられて当然でしょう。
「十五夜が駄目なら十三夜がある」と言う切実な想いは、各地に残された伝承や俗信からもはっきりと窺うことが出来ます。

陰陽のバランスを考える上でも、2度の月見を行うことは必要です。
中国などでは、各家庭で祭壇を作って、月餅や芋の煮物、柿、栗、蓮根、菱などを供えたと言われます。
日本でも、十五夜の晩にはススキが飾られ、更に次のような供え物をするのが全国的に一般化した行事となっています。
 1.団子(十五夜には15個、十三夜には13個)、饅頭、おはぎなどの作り物
 2.里芋、サツマイモ、豆類、大根などの畑作物
 3.柿、栗、梨、りんごなどの果物
 4.ススキ(十五夜には5本又は15本、十三夜には3本又は13本)

十五夜、十三夜にとってススキ(カヤ)は欠くことの出来ない植物ですが、これは秋の七草の一つ(尾花)にもなっています。
かつてススキは屋根を葺く素材として大量に利用され、また炭焼きの盛んな地域では炭俵を編む材料としても使われるなど、人々の生活に有用な植物として位置づけられてきました。
また、ススキには本来的な役割として呪術力を持つとする見方があり、こうしたいくつもの流れが互いに影響を及ぼしながら、収穫儀礼の象徴として十五夜行事の主役をつとめてきたと言えます。

天の恵みに感謝の意を込めて、是非、十五夜、十三夜をお祭りしてみては如何でしょうか。

恵比寿講

恵比寿講  1月10日・10月10日

Takara  

恵比寿神は、海の幸をもたらす「寄り神」として漁民の信仰を集め、狩衣に風折烏帽子を冠り、右肩に釣竿、左小脇に鯛を抱えて座した姿で描かれ、漁業、商売繁盛、交易の神様と言われ、その顔はエビス顔と言われるような笑顔を湛えた尊顔です。
大黒天と共に恵比寿大黒と併称され、福神の代表格です。

一般的には恵比寿はイザナギノミコトとイザナミノミコトの第3子・蛭子尊(ひるこのみこと)が「恵比寿様」になったと言われています。
蛭子尊は今で言う身体障害者で、3歳まで足が立たなかったということで、天磐樟船(あめのいわくすふね)という葦の船に乗せて流してしまいましたが、摂津国西宮の浦に漂着し、そこで祀られて恵比寿様になったということです。
また別の説では大国主命の御子で漁猟の好きな事代主命(ことしろぬしのみこと)とも、
彦火火出身尊(ひこほほでみのみこと)つまり世に言う山幸彦とも言われています。

恵比寿様が蛭子尊であるとする説は、記紀神話で蛭子をエビスと訓じているからです。
西宮には全国的に信者の多い夷神社(西宮神社)があり、それらが由来の根拠となっています。

蛭子尊が恵比寿神であるならばエビスは純粋な日本の神ということになりますが、恵比寿(蛭子)は「戎(えびす)」とも「夷(えびす)」とも表記されますから、学者の間では純粋な日本の神様ではなく、来訪神、漂着神ではないかと考える人も多いようです。
つまり葦の船で流したと言う伝説もそれが変形された形で伝えられたのではないかと言うことです。

そもそも恵比寿そのものが異邦人を意味する言葉なのです。
夷は、解字すると解りますが、大(両手両足を広げた人の意味)と弓からなります。
つまり弓を射るため足を広げて踏ん張り、手を大きく広げて弓を引き絞っている人間の形を表しています。
古代中国東方の弓を引く異民族を指した言葉でした。
また戎も戈(ほこ)と鎧(十は亀の甲の異形で鎧)の意味で古代中国西方の異民族を指しました。
和語で異民族を指すエビスと言う言葉を戎や夷と言う字が入ってきた際漢字として充当したのです。

この神は今では商店主・農民の間に広く信奉されていますが、本源は漁民の神であったと言えます。
日本では古くから異郷から訪れて豊漁をもたらすものを神として信仰する風習がありました。
地方によっては、鮫や鯨、イルカなどのことをエビスと言っています。
これは鮫・鯨・海豚などに追われて魚群が海辺近くに現れることから、霊力ある神として考えられていたからです。

こうして見てくると、恵比寿は豊漁をもたらす神霊として信仰されていたと言うことが根本にあったことがわかります。
漁の大半が海であることから、航海の守護神としての信仰も中世には起こってきます。
また市場の守護神として祀る風習も後に起こってきます。
乾元元年(1302)、奈良の南の市を開く時、恵比寿神社を祀ったと言う記録があります。
建長5年(1254)、鎌倉の鶴が丘八幡宮にやはり市の神として恵比寿神を奉祀したという記録もあります。

市神としての恵比寿神ですが、市の発展や商業の復活に伴って次第に商業の神としての信仰が生まれ、福の神となって商人の信仰を集めるようになったようです。
そしてこの恵比寿信仰が布教していく力となったものとして「戎舞わし(えびすまわし)」(戎廻し)という夷神社の神事芸能があります。

また出雲神社には「大黒舞」という神事芸能もあります。
この方は人間が大黒に扮装して舞うものですが、戎舞わしの方は人形を使い豊漁を祝う行事で、後世の人形浄瑠璃の原型となっています。

更に恵比寿神は、漁民・商人のみの神だけでなく、農民の神としても厚く信仰されてきました。
農家では恵比寿神を家の福を増す神、又は台所を守る神とする信仰もあったようです。
陰暦1月10日、10月10日を恵比寿講の日としていたのも、収穫に大いに関係あるものと思われています。
各家では恵比寿神を祀り、家にある金銭全部を一升枡か二升枡に入れて、尾頭付きの鯛を腹合わせに供えるのが風習です。

各ご家庭では尾頭付きの鯛を腹合わせにして平瓦(皿)に盛り、お祀りして下さい。

明治祭

明治祭  11月3日

明治節の佳節に明治祭を斎行致します。

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明治祭 式次第

一、修祓
一、斎主 参進
一、斎主 一拝
一、国歌斉唱
一、降神の儀
一、神饌を供す
一、忌火(献灯)の儀
一、教育勅語 奉読
一、五箇条の御誓文 奉読
一、斎主 祭文を奏す
一、鎮魂 磐笛吹奏
一、玉串拝禮
一、斎主 一拝
一、斎主 
退下
一、直会

五箇条の御誓文

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行ふべし
一、官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし
一、知識を世界に求め、大に皇基を振起すべし

我国未曾有の変革を為さんとし、朕躬を以て衆に先んじ、天地神明に誓ひ、大に斯国是を定め、万民保全の道を立てんとす。衆亦此趣旨に基き協心努力せよ。

教育勅語

教育勅語は、明治23年10月30日、恐れ多くも明治天皇によって渙発されました。
当時、文明開化の風潮によって西洋文化が怒涛の如く押し寄せ、日本古来の伝統、倫理などが排斥され、あるいは軽視される傾向にありました。
明治天皇はこのような状態を危惧され、日本の教育方針を明確になさられたのです。

陛下の御創りになられた勅語には、日本人が祖先から受け継いできた優れた感性と美徳が表現され、人が生きていくべき上で心がけるべき徳目が簡潔に述べられておりました。

けれども戦後、主にアメリカの民主化の名の元に、教育勅語が排除され、その結果、日本の倫理道徳観は著しく低下し、個人主義が横行し、教育現場をはじめ、
地域社会、家庭に至るまで深刻な問題が多発しております。

現代社会においては、戦前に比べて、国民一人一人の生活水準は高くなったかもしれませんが、明らかに倫理道徳観が極端に低下し、このままでは日本人は、日本人としての誇りを失ってしまうことは明らかです。
というよりも既に、誇りを失っているかに思われてなりません。

このような時代だか
らこそ、もう一度、教育勅語の精神を見直し、日本を立ち直らせる人材を育成世していく努力をすべきではないでしょうか。

教育勅語の口語文訳

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。
そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、
夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、
全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や秩序を守ることは勿論のこと、
非常事態の発生の場合は、真心を挙げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。
そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかありでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から祈願するものであります。    
(国民道徳協会訳文による) 
 

新嘗祭

新嘗祭(しんじょうさい・にいなめさい) 11月23日

新嘗祭とは、その年に採れた新穀を神々に捧げて
その新穀を直会(なおらい)で頂く事で
神様のご神威を高めそのご神徳を頂く祭儀です。

神様に捧げた新穀をこの日に頂く事で
「神人共食(しんじんきょしょく)」し
神様と人間が一体になる「神人合一(しんじんごういつ)」となります。

皇室に於いては、畏くも天皇陛下による
ご親祭による新嘗祭により
天皇陛下は神様に捧げられた新穀を
直会で「神人共食」される事で
神人合一つまり、天照大御神とご一体になられ
「現人神」となられる重要な祭儀であります。

Niinamesai

名越(夏越)大祓・年越大祓

「夏越之大祓」「茅の輪」とは

夏越之大祓の歴史

夏越之大祓は七〇一年の大宝律令によって正式な宮中の年中行事に定められました。
この日には、朱雀門前の広場に親王、大臣(おおおみ)ほか京(みやこ)にいる官僚が集って大祓詞を奏上し、国民の罪や穢れを祓いました。衣服を毎日洗濯する習慣や水などのない時代、半年に一度、衣替えの時期に雑菌の繁殖し易い夏を前に、新しい衣服に替える事で疫病を予防する意味もありました。その後、百年ほどは盛大に行われました。そして応仁の乱の頃から行われなくなりましたが、江戸時代(一六九一年)に再開され、次第に一般庶民にも広まっていきました。

現在、全国各地の神社で執り行われている大祓は、明治時代に神事の復興にご留意された明治天皇が明治四年六月二十五日、太政官布告をもって大祓の旧儀再興を仰せられ、天皇御自ら節折(よおり)の御儀を修められると共に、諸臣を召して宮城内の賢所前庭で大祓の儀を行われたことに因るものです。

大祓の意味

大祓は、一年の上半期である六月と、下半期十二月の晦日に行われます。
半年分の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願する陰陽道由来の神事です。
さらに「夏越之大祓」は、お盆にご先祖様の御霊をお迎えする為、「師走大祓」は、お正月に祖霊と歳神さまをお迎えする為の、心身を清めるお祓いでもあります。
旧暦の六月は、夏の最後の月であることから(旧暦では、一~三月が春・四~六月が夏・七~九月が秋・十~十二月が冬)暑くて疫病などが流行りやすい夏を越す意味で、夏越之祓(なごしのはらへ)、夏越之神事(なごしのしんじ)、水無月之祓(みなづきのはらへ)とも呼ばれます。
名越とも書きます。なごしとは「和し」であり、疫病である荒魂を和ますことでもあります。

紙で作った身代わりの人形(ひとがた)に、姓名・年齢を書き、体を撫で息を吹きかけ、自分の罪や穢れをこの形代に移して、大祓神事を執行した後、お焚き上げを行います。川に流す場合もありますが、それは流し雛の原型です。

十二月は、大祓(おおはらへ)、年越しの祓(としこしのはらへ)などと呼ばれます。

Photo 夏越之大祓では茅の輪くぐりを行う神社もありますが、「茅の輪」の意味は「蘇民将来」神話によるもので、茅の輪を腰につけて災厄から免れたとされ、茅の旺盛な生命力が神秘的な除災の力を有すると考えられてきたからです。

蘇民将来の伝承とは次のようなものです。

その昔、祇園精舎を守護する牛頭天王が老人に身をやつして世を忍んで旅に出た時の事。ある夜、巨丹将来・蘇民将来の兄弟が済む村に牛頭天王が宿を求めてやってきました。裕福だった兄の巨丹将来は老人姿の牛頭天王を冷淡に扱ったのに対し、貧しかった弟の蘇民将来は牛頭天王を優しくもてなしました。牛頭天王は蘇民将来に自らの本当の姿を明かした上で、いずれ悪病が流行るが、蘇民将来の一族は助ける事を約束し村を去りました。やがて本当に悪病が流行り、兄の一族はみな死んでしまいましたが蘇民将来の一族は助かりました。

京都では夏越祓に「水無月」という和菓子を食べる習慣があります。水無月は白のういろう生地に小豆を乗せ、三角形に包丁された菓子で、水無月の上部にある小豆は悪霊祓いの意味があり、三角の形は暑気を祓う氷を表しています。

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陰陽會で夏越之大祓をお受けになられた皆様には、ご神札と茅の輪をお頒かち申し上げます。

経営者の皆様へ

法人会員へご入会いただきますと、毎月貴社の清祓並びに社運長久祈願祭を執り行い、
貴社の益々のご発展、安寧を祈念申し上げます。

また社運長久祈祷御神木札(丈60cm、巾14cm)を1年に一体、
並びに陰陽大神社運長久御祈祷之璽を毎月一体お頒かち致します。
 



☆会社経営に限らず、個人による習い事、教室等のご発展にもお勧め致します。

法人会員 初穂料・・・1社に付き毎月5万円

001 社運長久祈祷御神木札

001_2 陰陽大神社運長久御祈祷之璽



これから家を建てる方へ

建築にまつわる神事

マイホーム購入は生涯で最も大きい買い物の一つです。
土地や物件探しから始まって、良い工務店探し、ローン返済計画など下調べや準備することが盛りだくさんです。
しっかり準備して、納得のいく住まいを手に入れて下さい。

「快適な家に住みたい」誰しも願うものでしょう。
一生の人生の中で、住まいはとても大きな課題といえるでしょう。
そんな家をせっかく建てたのに住んでいるのが嫌になってしまうのはとても悲しい事です。
快適に楽しい暮らしを手に入れたいと願う気持ちは誰もが願う事ではないでしょうか。

しかし、地鎮祭や上棟祭、宅神祭などをせずに建ててしまった家は本当に快適に過ごせるのでしょうか?

家を建てた後に様々なトラブルが起きるケースが後を絶ちません。
これは、地鎮祭などの神事を怠ったか、神事の執行の失敗によるものです。
そのようなことが起きないよう、地鎮祭、上棟祭、宅神祭をしっかりと行う必要があります。

土地を購入したら自分の物と考えがちですが、本当にあなたの土地になったのでしょうか?
日本の国土は、神話の時代より神々がお造りになった神聖な土地です。

私達人間は、この神々からしばらくの間、土地をお借りしているだけなのです。
その土地には、産土の神さまやまだ名前も知らない神さまがお治めになられているのです。

ですからそれらの神々にその土地に建物を建てる承諾を得る必要があります。
またどのような土地であっても、穢れがたまっているため清祓は必要です。
これが地鎮祭です。

最近は地鎮祭のみをすれば良いと思っている方が多いようですが、建物を建てる際にも神さまのご加護は欠かせません。
全ての木材や建材には元々神霊の力が宿っているからです。
これが上棟祭と言うことであり、建物を建てる際に最も重要な神事です。
近年、上棟式として工務店あるいは施主によって行われるケースがありますが、あくまでも上棟は神事であり、神職による祭式によってなされなければ全く意味をなさないのです。

工事が無事に終って、引越しの直前に、今までの工事の無事と完成を神々に感謝すると共に、これからご家族で快適に暮らすために、完成した家の清祓をしご家族の益々の弥栄をご祈願します。
これが竣工祭または宅神祭です。

陰陽會では、より快適な家造りのために
【地鎮祭】【上棟祭】【宅神祭】の3つの建築にまつわる神事を推奨しています。

家や建物を立てる際に行わなければならない祭式が大きく分けて3つあります。
工事の折々に、工事の安全と建物の堅固長久を願い施主の弥栄を神々に祈願するものです。

近年は地鎮祭のみをやれば良いというような風潮や、工務店も認識不足などで地鎮祭以外の大切な神事を執り行う事なく済ませてしまうケースが多々見られます。

工務店によっては上棟式と称して、いわゆる棟上や建前を行っているようですが、神さまをお祀りすることのない、飲食や餅撒きなどは、本来の上棟の意味をなしません。

地鎮祭のみの神事では、何も神事を行わない場合とほとんど変わらない、無意味なものになってしまいます。

下記のように、3つの神事を行う事で、初めてその建物が神さまから守られて、住みやすく、心地良い、快適な住まいにすることが出来るのです。

地鎮祭・・・工事の着手に行い、土地の神様や工事の守護神をお祀りし、土地の穢れを清祓し、工事の安全と建物の堅固長久を祈願致します。

上棟祭・・・建物の守護神と工匠の守護神にこれまでの工事の無事を感謝し、竣工までの安全と建物の堅固長久を祈願致します。

宅神祭・竣工祭・・・宅神祭は、竣工式、新室祭などとも言われています。建物が無事完成した事を神々に奉告し、建物の建物の堅固長久と施主の弥栄をを祈願致します。

※改築や増築などのリフォムの際も必ず神事が必要になります。

※建物が完成して引越しの際に現在の住宅から新しい建物へ移る際の凶方位の障りの災いを除けるよう方除のご祈願を推奨致します。

【地鎮祭、上棟祭、宅神祭を執行する場合】

不動産業者、工務店など工事関係者の方と話を進めて土地、新築工事などが決まったら
「地鎮祭等をやる」との意向をはっきり伝えてください。

近年では、地鎮祭等の祭式の話を持ち掛けない会社も多いようです。
日程など話がまとまったら、当会へご連絡下さい。

連絡は慣れている工務店様から連絡してもらえた方が分りやすいと思います。
もちろん施主様ご自身からでも構いません。

地鎮祭、上棟祭、宅神祭はおめでたい席なので日本酒(献酒)をご用意下さい。

建替えの場合でも通常は地鎮祭をやります。
工務店によっては「建替えであれば必要ない」という所もあるかもしれませんが、再度、氏神様に奉告することと工事の安全を祈願するという意味合いから大変重要な神事です。

業者様でいつもお願いしている神社があるかもしれないので、重ならないようにご注意下さい。

2010年11月13日 (土)

日本民族 決起の時来る

陰陽會は『国家存亡の国難にあたり、萬難を排し、國體の明徴と国威の発揚に邁進せよ』との御祭神である安倍晴明公のご神託を得て、ご神意の基、発足致しました。

ここで言う国難とは、今将に起きている支那・朝鮮による対日工作によって
我が国が有史以来、未曾有の危機に瀕していると言う事であります。
多くの国民はその事にすら気が付く事無く日々の生活に追われています。

今、我が国は情報戦争に巻き込まれ国家存亡の危機にあります。
情報戦とは、血を流すことのない戦いです。
所謂マスメディアなどによって国民を洗脳することで、道義の荒廃や国家感の消失を促し、国民ひとりひとりを乖離させる事で、我が国固有の國體や伝統文化を破壊していきます。

また我が国は、浄明正直「じょうみょうせいちょく」. 『清く、明く、正しく、直く』を美徳としてきましたが戦後の日教組教育によって、現代社会に在っては残念ながら、廃れてしまいました。

私達日本人は、2600余年の歴史と伝統文化を祖先から受け継いできました。
この2600年以上に亘る歴史を私達の代で変えるわけにはいきません。
我が民族が有史以来護り続けてきた國體を護り、後世の子孫達の伝えていく事が、今この世に生を受けている者の本分であります。

そのためには、今ここで國體の明徴と国威の発揚が求められているのです。
特にこの数年は我が国は国民の知らない間に徐々に祖先から培われてきた伝統文化の切り崩しが加速しています。

一見すると私達にはわからない形で我が国はいま、侵略されつつあるのです。
多くの国民はその事に気が付く術すらありません。

今この時に立ち上がり声を挙げなければ我が国は未来永劫支那朝鮮の属国と化し、
奴隷となり続ける事になるでしょう。

我々国民一人一人が世界最古を誇る我がご皇室をお護りする藩屏となる事と、この国の国土を護る防人として尽忠報国の時が来たのであります。

今こそ我々日本民族は、一億総決起して、この国難に立ち向かわなければなりません。

神説 国防論

すべての物事には陰と陽の働きがある
そして国防にも陰と陽がある
国防に於ける陰の働きは霊的な護りであり
陽の働きは軍事的な護りである
陰と陽、両方の国防を為すことで
日本は真の国防が可能になるのである

はじめに
現在我が国の国防は機能しているのでしょうか?
本当にいまのままで、我が国は安心なのでしょうか?
国家は国民の生命と財産を守る義務があります。
本当に我々国民を守るための国防と言う義務はなされているのでしょうか?
今こそ日本国民は、我が国の真の国防について、真剣に考える時ではないでしょうか?

大東亜戦争終結後、日本は戦争に負けて軍国主義から開放され、アメリカによって民主主義がもたれされたことで、あらゆる『自由』を謳歌できる素晴らしい国になったのだ、と多くの日本人は今日に至るまで思い込まされています。
日本が戦争に負けなければ自由な社会はなかったとか、戦争に負けてよかった、と言う話をよく聞くこともあります。
では戦後60余年を経て、日本はGHQによる民主主義によって本当に素晴らしい国になったのでしょうか。
一般庶民は戦後の飢餓状態の中で将来のことなど考えも及ばなかった事と思いますが、
そのような中GHQは着々とあらゆる違法な手段を用いて、日本と日本民族を根底から破壊してきました。
その結果、今日本の國體(我が国固有の御神勅に基づく国のあり方)が崩壊の危機に瀕し、日本民族の存続が危ぶまれる状況にまで至っている事に気が付いている日本人は一体どれほどいるのでしょうか。
大東亜戦争に於いては、今は亡き英霊の皆様方が、美しい祖国と日本の将来のために命を捧げて戦ってくれました。
1945年8月15日に終結したのは武器を用いての戦いですが、その後、新たにGHQによる日本人の精神を破壊する攻撃は今日まで続いているのです。
一見、今日のありふれた幸せな日常が明日も明後日も、10年後20年後と未来永劫同じように継続していくだろう、と何気なく毎日を過ごしている日本人が大半だと思います。
ですが未来に、私達の子孫に本当に素晴らしい日本を残すためには、今、じわじわと真綿で頸を絞めるが如く襲いかかって来る『敵』と戦い、勝たなければ未来永劫『日本』は地球上から無くなってしまうかもしれないのです。
『知らなかった』では済まされない日が、もう其処まで来ています。

戦後60余年もの間、私達はGHQによってどのような仕打ちを受け、どのような呪縛を受け続けてきたのかを、客観的に知る必要があります。
GHQは日本人に対して、自らを貶める自虐史観を潜在意識に無意識の内に刷り込んで、二度と日本人として
誇りを持つことが出来ないようにしてきました。
そしてその後、日本・支那・朝鮮の反日勢力と欧米列強がその自虐史観を大いに利用にて、
巧妙に自らの利益を誘導しています。
彼らにとって日本人は、永久に自分達の奴隷である事、そして永遠に搾取し続ける事を望んでいます。その為には手段を選ばないでしょう。
この様な洗脳と呪縛から解き放たれるためには、先ず真実を知る必要があります。

戦後、多くの人々はGHQの占領政策によって「自虐史観」を正しいものだと信じ込まされてきました。
さらに戦後生まれの人たちは、教師や親が教える事は正しいものだと思い、それを次の世代へとまた伝えてきました。
間違った歴史認識を持った教師や親も、自分達も騙されたのだから被害者だ、と責任逃れをするかもしれません。
けれども大人になれば、疑問に思えば自分で真実を調べる事もできますし、より深く考える事も出来るのです。
自分の祖国のことについて、いつまでも押し付けられた「自虐史観」を持ち続け、知らぬ存ぜぬで通し続け、挙句に次の世代にまた「誤った自虐史観」を押し付ける事は、明らかに無責任な行為です。

平成21年4月5日、NHKが「JAPANデビュー」第一回「アジアの一等国」と言う番組の中で
戦前の日本の台湾統治についてあからさまな史実の捏造を行い放送されました。
衛星放送である日本文化チャンネル桜がこのNHKの放送内容を一つ一つ丁寧に検証した結果、事実に反して一方的な『やらせ』取材をし、虚偽の事実を捏造した極めて悪質で偏向した者である事が次々と明らになりました。
従軍慰安婦問題など、マスメディアは戦後60年以上たった今でも史実を歪曲し、新たな自虐史観を作り上げ、更にそれを国民に押し付けようとしているのです。

マスメディアで報道されているからと言って、それが正しい事かどうか分りません。
今回のNHKのように全くのデタラメを作為的に真実として報道していることも多々あるのです。
最近はインターネットなどで簡単に情報を得る事が出来るようになったのですから、鵜呑みにせず、真実がどこにあるのかをしっかりと見極める目を養う事が重要です。

1.呪われた日本民族
☆アメリカによって仕組まれた真珠湾奇襲攻撃

昭和16年(1941)12月7日午後1時30分(現地時間、日本の日付では12月8日)、
日本海軍はアメリカ太平洋艦隊の基地であるハワイ・オワフ島南岸の真珠湾(パールハーバー)を攻撃しました。
これが所謂「真珠湾攻撃」です。
ここに日米両国による最大の戦争「大東亜戦争」(戦後GHQによって太平洋戦争と呼ばれることになる)が幕を切って落とされました。
しかしこの日本軍による攻撃を、アメリカは「真珠湾奇襲」(騙し討ち)と呼び『Remenmber Pearl Harbor!』(真珠湾を忘れるな!)と言って、軍を鼓舞したのです。
けれども真珠湾攻撃は本当にアメリカが主張するような「奇襲」だったのでしょうか?
日本が真珠湾を攻撃したのが、12月7日の午後1時30分(現地時間)です。
しかしワシントンの日本大使館がアメリカ側に「国交断絶通告」つまり「宣戦布告」を届けたのは、真珠湾攻撃から30分後の午後2時(現地時間)でした。
「真珠湾攻撃」が先で「宣戦布告」が後となってしまったことで、これが後々まで「騙し討ち」と言われる事となった所以です。

ところが1999年5月25日、アメリカ上院・真珠湾攻撃当時のハワイで降格させられた、ウィリアム・シュート海軍大将、ハズバンド・キンメル陸軍中将の名誉回復決議でルーズベルト政権の上層部が、日本軍の攻撃を知りつつ現地軍司令官に「意図的」に連絡しなかった事実があることが情報公開施行後、それまで隠蔽されていた公式文書で明らかになり、真珠湾奇襲攻撃はアメリカが既に察知していたが、戦争を開始する世論を形成するために先制攻撃させたと言うことが、アメリカ議会でも明確に認識されました。

さらに1991年11月22日に放送された米ABCテレビ番組「20/20」によると、フライング・タイガースと呼ばれたアメリカの義勇航空隊のシェンノート指揮官等が中心となって、日本の弾薬工場や産業施設を爆撃する計画が立案されていて、日本軍の真珠湾攻撃の5ヶ月も前の1941年7月23日に、ルーズベルト大統領だけでなく、当時の陸軍長官、海軍長官などによって承認されていたと言う事が明らかになり、実際には準備に手間取っている内に真珠湾攻撃が始まったので、この計画は実施されませんでしたが、アメリカ政府が対日先制攻撃を仕掛ける国家意思を抱いていた事は明白です。

つまりアメリカは、対米先制攻撃を通して日本に騙し討ちの汚名を着せるため工作したことが近年明らかになったのです。

この日米開戦のきっかけとされた『Remenmber Pearl Harbor!』(真珠湾を忘れるな!)と言う意識は、日米双方の国民を洗脳し、解き難い「呪い(洗脳)」をかけたのです。
日本に対して卑劣な奇襲攻撃を行ったと言うレッテルを貼ることで、アメリカ人は日本人を憎み、挙国一致で対日戦に立ち上がり、『Remenmber Pearl Harbor!』はアメリカ人の合言葉となり、ジャップを徹底的に懲らしめることに情熱と使命感を燃やしたのです。
現代に於いても多くのアメリカ人が日本本土空襲による非戦闘員の大量殺戮や原爆投下の非人道的な攻撃に対して、日本による侵略戦争を早く終結させる為と言う肯定的な意識を持ち続けているのは、この「日本が憎い」と言う「呪い(洗脳)」にかかり続けているからです。
また終戦後、日本人はGHQによって徹底的に真珠湾攻撃と言う騙し討ちによって開戦したのだと言う贖罪意識をあらゆる手段を用いて洗脳され、戦後60年以上を経た今日までも、その呪縛に苦しみ続けているのです。

☆GHQが日本にかけた呪い
GHQは日本に対して大きく三つの呪いをかけました。
第一に皇室、第二に日本民族、第三にアジア諸国にそれぞれに、二度と白人社会に歯向かう事の無いよう、幾重にも亘る呪いをかけたのです。

第一、皇室への呪い
皇室への呪いとは、GHQが日本を占領統治終戦直後に、十一宮家の廃絶と庶系庶子の相続禁止(側室制度の廃止)を押し付けた事で、皇位継承権があると認める男系男子の誕生確率を著しく引き下げられた事です。
これはGHQが「自らは手を汚さずに数十年後に天皇制度を自然消滅させる」としたことは明らかです。
また国会で皇室典範の改正が審議できるようにされたことで、場合によっては天皇制度廃止の議論さえ可能にしたことです。
そして最大の呪いとして、東京裁判の起訴を昭和21年4月29日の昭和天皇誕生日に、またA級戦犯の死刑執行日を昭和23年12月23日、当時の皇太子殿下(今上陛下)の誕生日とし、A級戦犯の方々の遺骨を粉々に砕いて東京湾にばら撒いたことで、日本本土と皇室を穢れさせ、皇室の滅亡を仕組んだのです。
その呪いのせいか、秋篠宮文仁親王殿下以来、悠仁親王ご誕生までの41年間に亘って、皇族に男子のご出生はありませんでした。
悠仁親王殿下ご誕生の直前には、最早皇室に男子の出生は見込めないと言う事で、小泉元首相の早計な判断、あるいは謀略によって、皇室問題には門外漢の反日左翼思想の人々で固められた有識者会議なるものを作り、皇室典範を改正して女系による皇位継承を認めさせ、天皇家解体を目論んでいたのです。
しかしながら彼らにしてみればあと一歩、と言うところで、秋篠宮紀子妃殿下の御懐妊によって、女系天皇容認と言う皇室典範改正は棚上げになったのです。
紀子妃殿下の御懐妊はまさに神のご加護と言う他ありません。

第二、日本民族への呪い
日本民族への呪いは、徹底的に「日本軍=悪、連合軍=善」と言う歴史観を植え付けることでした。
そこで「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(日本の戦争犯罪宣伝作戦)を策定し、アメリカ国務省の編纂文書『平和と戦争』(1943年)などに基づいて書かれた「太平洋戦争史」を各新聞に掲載させ、NHKラジオで「真相はかうだ」や「太平洋戦争史」をドラマ仕立てで週一回、日曜午後8時と言う家族が揃う時間帯に10回に亘って放送させました。
そして極東軍事裁判は、こうした「日本軍=悪、連合軍=善」と言う歴史観をさらに強めるために行われた戦勝国による一方的な復讐裁判だったのです。
また戦前よりも過酷な言論統制を強いて、連合国批判、東京裁判批判につながる一切の言論が封じ込められました。
「削除または掲載発行禁止の対象となるもの」として30項目からなる検閲指針が次のようにまとめられ徹底されました。

1.SCAP-連合国最高司令官(司令部)に対する批判、2.極東軍事裁判批判、3.SCAPが憲法を起草した事に対する批判、4.検閲制度への言及、5.合衆国に対する批判、6.ロシアに対する批判、7.英国に対する批判、8.朝鮮人に対する批判、9.中国に対する批判、10.他の連合国に対する批判、11.連合国一般に対する批判、12.満州に於ける日本人取り扱いについての批判、13.連合国の戦前の政策に対する批判、14.第三次世界大戦への言及、
15.ソ連対西側諸国の「冷戦」に関する言及、16.戦争擁護の宣伝、17.神国日本の宣伝、18.軍国主義の宣伝、19.ナショナリズムの宣伝、20.大東亜共栄圏の宣伝、21.その他の宣伝、22.戦争犯罪人の正当化および擁護、23.占領軍兵士と日本女性の交渉、24.闇市の状況、25.占領軍軍隊に対する批判、26.飢餓の誇張、27.暴力と不穏の行動の扇動、28.虚偽の報道、29.SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及、30.解禁されていない報道の公表

また「大東亜戦争」という用語を「太平洋戦争」と言う用語に代えさせ、白人からの開放の為の聖戦であるとする認識から、侵略戦争であると言う認識に国民を洗脳したのです。
さらにGHQは「軍国主義・超国家主義」を生み出した悪の源泉こそが「国家神道」であると考え、精神的武装解除のために国家神道を解体するべく、昭和20年12月15日に「神道令」を作り、また神社を包括する神社本庁をGHQの手によって設立し、佐藤尚武氏(終戦当時駐ソ大使、戦後代議士であり、元衆院議長、元外相で外交界の長老でした。1950年にフリーメーソンに入会したと言われている人物)が総代会会長に任命されました。

第三、アジア諸国への呪い
アジアへの呪いとは、東京裁判によって大東亜戦争を日本のアジアに対する侵略行為として位置付け、「南京大虐殺」を捏造し、日本が掲げた「欧米列強による植民地支配に代わって、共存共栄の新秩序を東亜(アジア)に樹立する」大東亜共栄圏と言う構想を根絶する事にありました。
そもそもこの「南京大虐殺」は「戦争プロパガンダ」と呼ばれる、第二次世界大戦中の1944年にフランク・キャプラ監督によって制作された映画に起源があると言われています。
この映画の目的はアメリカ人に反日感情を植え付けるものであり、日本軍が如何に卑劣であるかを示す事で、アメリカが戦争を望まない自国民に開戦への理解を示すために制作されたものでした。
アメリカはこの映像を真実の記録だとして東京裁判で証言する事で、日本各地への大空襲や広島と長崎へ投下した原爆による、未曾有の日本の民間人に対する無差別大虐殺を正当化したのです。
しかしこの映画の中での日本軍による虐殺シーンとされている映像が、実は中国国民党軍兵士による共産党員処刑の映像であり、国民党兵の服装を隠すために映像の右半分をカットしていたと言う証拠などから、これらの日本軍の残虐行為とされた映像は、部分的に捏造する事で実際にはあり得なかった架空のものであることが判明しています。
日本の歴史学者は中国政府が南京大虐殺の証拠として提示した一つ一つの写真を検証し、日本軍の残虐行為を証明できる写真は一つも無いと言う結論に達したのです。
しかしながら戦後60年以上を経た今日までも、この映像は事実であるとして世界中に認知されており、捏造である事を日本政府は抗議もせず、大手マスコミは黙殺し続けています。
また昭和58年には吉田清治という文筆家が「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」と言う著書の中で、日本軍によって慰安婦が強制徴集されたと言う、いわゆる「従軍慰安婦」を捏造し、朝日新聞が何度となく報道し続けました。
当時首相だった宮沢喜一氏が首脳会談で謝罪を繰返し、「真相究明」することを約束し、その後政府の調査の結果、当時の河野洋平官房長官が「日本による強制連行はあった」とする河野談話を発表しました。
そして日本の歴史教科書にまで記載されるようになったのです。
ところがその後の研究の結果、事実無根である事が判明し、さらに1996年、吉田清治本人が「全てフィクションである」と認めているのです。
この「従軍慰安婦」の捏造についても、明らかになったにも拘わらず、今日まで大手マスコミは無視し続けています。
さらに1995年7月には村山富一元首相によって『女性のためのアジア平和国民基金』が設置され、日本政府は『自称従軍慰安婦』に対して、首相の「おわびの手紙」と200万円の「償い金」の支給、さらに医療・福祉のため、韓国、台湾、オランダに300万円相当、フィリピンに120万円相当の支出を決めたのです。
この基金が設立された翌年には「従軍慰安婦」を捏造した吉田清治本人が「全てフィクションである」と発表したにも拘らず、2007年3月に解散するまで続けられました。
日本国政府が自虐史観に基づいた見解を持ち続ける限り、今後も次々と悪質に捏造された歴史を突きつけられ、国民の税金は日本国民の為にではなく、ずるがしこくゆすり、たかりをする国々のために使われ続けることでしょう。

2.神国日本民族である自覚を取り戻すために
☆自虐史観からの脱却

我が国は古来より「神国」「神州」と称してきた歴史があります。
我が日本国は豊葦原瑞穂国とも言い、造化の神々によって造られた国であり、神々の子孫である天皇により、万世一系の連綿と続いてきた皇統によって統治されてきた国柄です。
GHQによって日本の真の歴史観を奪われるまでは、神々の子孫である天皇と日本国民とは固く強く結びついており、天皇も国民も一様に神の子孫であると言う観念がありました。
多くの日本人は天皇の臣民である、と言う誇りがあったからこそ、誇り高く気高い民族として存在する事が出来たのです。
ところが終戦後、昭和21年1月1日、昭和天皇が「昭和21年年頭の詔書」を発せられましたが、マスコミはこれを曲解して天皇の「人間宣言」であるとして、天皇の御神格を引き摺り下ろそうとしたのです。
けれどもその内容は主に、民主主義は外国から持ち込まれた概念ではなく、日本に元からある五箇条のご誓文に基づくものである事を明確にされたものであり、昭和天皇は神の子孫であられることを否定されたものではありませんでした。
このようにGHQや反日左翼勢力によって戦後60年以上に亘って、天皇と日本国民の君臣一体感の破壊、また「日本軍の侵略行為」「南京大虐殺」「従軍慰安婦」などを歴史的事実として捏造され、国を挙げて義務教育から徹底的に自虐史観を植え付けられ、日本中に浸透させられてきました。
その結果、日本の美しい神話に基づいた歴史観や国柄、天皇の臣民であると言う誇りを失ってしまったのです。
このような自虐史観に基づいた捏造された歴史教育は国民から自信と希望、また国家に対する信頼をも失わせてしまいます。
国歌に対する信頼を失ってしまえば、当然愛国心をも失くし、最終的には国に対する帰属意識を失った浮き草のような、ただ自分のみが良ければ後はどうでも良いと言う、個人主義の人間しかいなくなってしまいます。
そうなった時、最早『日本』と言う国は存在しなくなってしまいます。
誰一人、祖国を守るという意識が無ければ、万一他国の攻撃を受けるような事態が起きた時、この国は間違いなく容易に侵略されてしまうでしょう。
そうならない為には、先ず大人が正しい歴史認識を積極的に学び、子供たちにそれを正しく伝える事で、我が国の真実の歴史を後世に伝えていかなければなりません。
そして私達日本人は、GHQによって奪われた正しい歴史認識を学ぶ事で、自国に対する自信と誇りを取り戻し、未来への明るい希望を持てるようにするべきです。

☆神国日本民族としての敬神崇祖の復活
「敬神崇祖」とは読んで字の如く「神を敬い」「祖先を崇める」と言うことです。これは日本の尊い伝統です。
日本人の考える「神」とは本来、一神教の神や新興宗教の神のような特定の神ではなく、八百万の神々であり、自然そのものに神が宿ると考え、大いなる大自然の力によって生かされているという謙虚な畏敬と感謝の念でした。
戦前には家々には必ず神棚があり、伊勢神宮の御神札(神宮大麻)と氏神様や崇敬する神社の御神札をお祀りしたり、台所には荒神様など火や水の神さまをお祀りしてきました。
一家揃って神棚の前で拝礼し、毎日の安泰を神様に感謝すると共にこれからの除災と招福のご加護を頂けるようお祈りする事は、祖先から受け継がれてきた美しい伝統でした。
明治天皇様の御製に
目に見えぬ 神にむかひて はぢざるは 人の心の まことなりけり
とある通り、常に清い心を培っていく事が日本人の生活の規範であり理想とされてきました。
そのような心のあり方を『あかき心』と言い表し、神慮に適う誠の心として尊んできたのです。
また神様とは別に、祖霊舎や仏壇に祖先をお祭りし、ご先祖様を敬い感謝する心を大切にしてきました。
神式による年祭などは神葬祭の翌日から翌日祭に始まり、故人となった日から十日目ごとに5回行う毎十日祭や百日祭が行われ、その後は一年祭、三年祭、五年祭、十年祭、二十年祭、三十年祭、四十年祭、五十年祭、百年祭と祭儀が営まれ、以後は百年ごとに行われるなど、故人を手厚くお祭りしてきました。
このように日本人は遠い昔から、神様、ご先祖様を敬い、感謝をする心を大切にしてきたのです。
このような「敬神崇祖」の心をもって、神社のお祭りを守り伝え、あるいはお墓参りやご先祖様のお祭りをおこなってきましたが、お祭りを行う大きな意義とは「感謝と慰霊」の誠を捧げることで、神様やご先祖様と、自分との間の命のつながりを確認し、遠い先祖や家族との絆を深めていく事にあります。
ところが戦後、GHQによって「敬神崇祖」と言う伝統的な美風を崩壊させる事で、日本と言う国家を根底から解体しようと画策されたのです。
その結果、日本民族は天皇の臣民であると言う天皇と国民、神様や祖先、家族とのつながりを断絶し、その結果地域共同体との連帯意識も薄れ、個人を孤立させ個人主義を蔓延させる温床を作り出したのでした。
個人主義がはびこる現代日本において、もし国難が迫ったとしても、一致団結して祖国のために立ち上がると言う人が一体どれほどいると言うのでしょうか。
祖国のために命をかける日本人を骨抜きにすることこそ、GHQの目論見だったのです。
祖国愛に満ちた誇りある日本人を取り戻すためには、敬神崇祖の復活が絶対に必要です。
その為には先ず神棚を設けて、家庭祭祀を復活させる事が大切です。
神棚とは伊勢の神宮大麻をお祀りするところであり、神宮大麻をお祀りすると言う事は、皇祖天照大御神をお祭するということだからです。
皇祖神であられる天照大御神は天皇家の祖神であると共に私達日本民族の総氏神としての御神格であられ、天皇と日本国民とは共通の神話のもと、一様に神の子孫であると言う観念があったところから、天皇も国民も神々の子孫として、その祖先の神々をお祀りすることを古来から行ってきたのです。
天皇陛下の祈りとは、ひたすら「国安かれ、民安かれ」と天照大御神に祈念する「無私」の祈りであり、それに呼応するのが神様への感謝と言う私達日本国民の祈りなのです。
このように国民等しく「神宮」を崇敬するところに、麗しい君臣一体の国柄が見られるのです。
そして祖霊舎などを設けて祖先をお祭りし、家族で先祖を敬う気持ちを形に表す事で、家族の絆を深めていく事が出来るのではないでしょうか。
そして先ず家族がお互いに信頼できるようになれば、その思いは必ず地域や社会へと広がっていく事でしょう。

☆修身教育と教育勅語の復活
「修身」とは身を正しく修めて立派な行いをするように努める、と言う意味です。
戦前、我が国では小・中学校において学校教育に「修身」と言う科目があり、古今東西の偉人・賢人達の具体的エピソードを通じて「正直・謙虚・礼儀・勤勉・公益・勇気」と言った儒教的な道徳に基づく科目を子供たちに教えていました。
修身教育の根本方針は、「自己・家族・友人・社会・国家」に対する、国民が守るべき14の徳目を説いている「教育勅語」の趣旨に基づくべき事が決定されました。
教育勅語は明治23年10月30日に国家の基盤となるものとのお考えから明治天皇によって国民に下賜されました。
この教育勅語によって我が国の道徳の基盤、教育の理念が明確にされたのでした。
修身の教科書では「博愛の精神」と言った抽象的で分りにくい意味を、エピソードを通して、小学生にも十分理解できるよう、血の通った道徳教育がなされていたのです。
教育勅語の徳目を中心に歴史上の人物を数多く取り上げ、人として如何にあるべきか、日本人としてどう行動するべきかが学べる授業でした。
日本の修身教育は海外でも高く評価されていました。
明治41年にはロンドン大學で国際道徳教育会議が開かれ、そこに提出された日本の修身教育は各国の注目を集め、道徳教育の粋たるものとして絶賛されました。
教育勅語は日露戦争後は、文部省によって英訳、独訳、仏訳、漢訳されました。
ところが大東亜戦争終結後、教育勅語が軍国主義の経典のように使われていたとして問題視したGHQと一部のGHQに迎合した反日左翼が廃止運動をしたことで、教育勅語は昭和23年6月に衆参両院で排除・失効が決議され、日本人の精神を形作っていた教育勅語は葬り去られてしまいました。
「修身教育」や「教育勅語」を全く知らない戦後世代の日本人は、権利を主張して義務を果たさず、我が身の為しか考える事が出来ないと言われ、精神の荒廃を嘆かれています。
近年のこのような日本人の精神の荒廃を立て直す為には、修身教育や教育勅語を復活させるべきだと言う声が高まっています。
ところが反日左翼思想を持つ人々は、軍国主義の再来だとか天皇礼賛だと言う誤った考えによって反発しています。
当の日本人が今だに確たる教育方法を確立できないでいる間に、戦後、西ドイツの初代連邦首相を務めたアデナウアー首相は、執務室に教育勅語のドイツ語訳の文章を掲げていた事はよく知られており、この日本の教育勅語を全国の各学校、各職場に掲げさせ、
生活の目標としてドイツの復興の精神的支柱にしたそうです。
この他の国でもその国の道徳的理念の基礎に使用した事例はたくさんあり、このように教育勅語は今もなお海外において高い評価を受けています。
教育勅語は明治天皇が日本国民のためだけにお示しになられたわけではなく、全世界、全人類に遺された貴重な遺産であります。
それぞれの国の国王または為政者が教育勅語に基づいた修身教育、道徳教育を行ったならば、まさに世界の平和が達成される事は間違いのないことと言えるでしょう。
どの国の国民も自国を誇りに思い、自国の文化を守り、お互いが助け合う事が出来れば、他国の人々や文化を同じように尊敬し、大切にし、助け合う事でしょう。
近年に於ける現代人の精神的方面に於ける人心の動揺や世相の混迷、道義の荒廃を正し、事態を改めるには、先ず教育を改革し、修身教育や教育勅語を復活し、推進する事が急務です。
また昭和13年に当時の文部省が当代一流の学者達を結集して編纂した「天皇と国民、国家のあり方」を明らかにした「國體の本義」と言う書物がありました。
この本は各学校に配布され、教職員を養成するための「師範学校」でも必修科目に取り入れられ、当時は各種学校の入学試験や教員試験に、この「國體の本義」からの出題があり、この本を学ばなければ、入学したり教員になったりできませんでした。
しかしながら日本人の精神的支柱を形成するための書物であるとして、戦後GHQによって焚書されてしまいました。
道義の荒廃など著しい今日にあって、私達祖先の遺風を蘇らせる為に、絶対に必要不可欠な書物であります。
ましてや現代においても教育者や親、聖職者、将兵にあっては、必読の書であろうと確信するものであります。
「國體の本義」こそ肇国よりの国風を具現化せしめるため、当時の文部省の学問の粋を集めた書物であり、日本国民が何故、今、茲に存在しうるのかの意味を表したものであります。
今こそ「國體の本義」の復活が求められているのではないでしょうか。

3.独立国家としての真の国防とは
GHQ、反日左翼によって祖国を守ることに対する思いを徹底的に封じ込められてきた日本人は、真の国防について考えた事があるのでしょうか。
日本人は平和ボケしているとよく言われます。そして世界中の人が日本人同様、性善説で生きていると思い込んでいる節があります。
けれども国際情勢を良く知る人たちは「世界は腹黒い」「日本人のようなお人好しは格好の餌食になる」と警鐘を促しています。
ごく普通の日本人が詳細な世界情勢や近未来の事など予測する事はなかなか難しいと思いますが、もし私達の身近に不測の事態が迫った時、現在のような金縛り状態の自衛隊では本当に国を守ることは出来ないでしょう。
また愛国心も誇りも無い、敬神崇祖の念も無い、自虐史観に固まったままの日本人では、悲観的な未来しか選択できないのではないでしょうか。

☆核の保有
戦後、日本はアメリカの核の傘のおかげで他国に侵略される事もなく、経済を発展させてきました。その結果「経済は一流、政治は三流」と言われてきました。
著しく経済発展した結果、日本は世界有数の金持ち大国になりましたが、日本国民が汗水たらして働いて納めた税金は、日本国民に還元される事なく、三流の政治家によってその多くは外国に吸い取られてしまっています。
何故そのようなことになってしまったのでしょうか。
結局、軍隊ではないとする自衛隊は金縛り状態で他国に軍事的な抑止力として働く状況に無いために、日本にどんな無理難題を押し付けても何ら軍事的脅威はなく、さらに政治家はすべてお金で解決すると言う姿勢をとり続けてきたために、ちょっと恫喝すればすぐお金が出てくる、と諸外国に思われているからに他なりません。
日本は世界で唯一の被爆国であり、日本人は一様に核アレルギーであると言われています。
政府は今まで核に対しては「さわらぬ神に祟りなし」とでも考えているのか、非核三原則「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」としてきましたが、近年ではそれに加えて核を持つかどうかの「議論すらしてはならぬ」と言う風潮を加えた「非核四原則」と言う造語に「考えさせず」と言うことを付け足して「非核五原則」とも言われている程です。
けれども北朝鮮は2009年4月、六カ国協議を脱退し、核開発を再開すると宣言しました。
北朝鮮の悲願は核保有国として世界で発言力を持つ事にあります。
「核保有国として発言力を持つ」とはどう言う事かと言えば、それは核兵器を持っている特権があまりにも大きく、他にそれに代わりうる選択肢が見つからないと言う事です。
核兵器を保有すれば、その国を軍事的に脅かす国が減り、他国がその国に軍事力を使って政治的意図を強要する事が難しくなります。
これは「核に対抗できるものは核しかない」あるいは「核を抑止できるのは核しかない」と言う軍事的な現実があるからで、核が「抑止力」と言われるのはそのためです。
さらに核を持っていれば、軍事だけではなく政治、経済、外交と言った他の分野でも大きな発言力を持つことが出来、その国の政治を他国に委ねる必要がなくなるからです。
実際、イラクでは核を保有していなかった為に、アメリカによって蹂躙されてしまいました。その逆で北朝鮮はいつ崩壊してもおかしくない、と言われ続ける中、核開発と核保有の意志がある為にアメリカでさえ手出しが出来ない状況です。
様々な政治的な駆け引きの中に、軍事力が最も大きなウェイトを占めているのは世界の常識でしょう。
それにも拘らず、日本の政治家の大半と反日左翼は「外交で話し合いましょう」などと言い続けています。

日本が国防を疎かにし続けている間に、北朝鮮はサッサと核を保有し、支那は日本の主要都市(首都東京・名古屋・大阪・静岡・新潟・広島・福岡・長崎・仙台・札幌等の大都市航空自衛隊及び在日米海空軍基地・米海兵隊駐屯地)に核ミサイルの照準を合わせていることは周知の事実です。
支那は核兵器を持つアメリカ・ロシアに対抗するために核武装をして、自主的核抑止力を持ち、またその核兵器に対する自主的抑止力は国際社会での強大な発言権を支那にもたらしたのです。
ところがこの支那の軍事力増強のために使われたのが日本のODA(政府開発援助)だと言われています。
このODAは昭和54年に始まってから既に3兆円、民間レベルを含めて6兆円になるとも言われています。
ところが日本によるこの援助の話は一切支那の国民には知らされず、逆に反日教育を推し進めていると言うのですから驚きです。
そもそも感謝もされずに、核兵器の照準を向けられ、資源を盗掘され、外交上理不尽な恫喝、靖國問題や教科書問題などの様々な内政干渉を受けながら、お金だけを搾取され続けるなど、日本の政治家は一体何をやっているのでしょうか。
これでは日本人は支那のために税金を納めているようなものです。
さらに今まで日本人は日米安保によって、アメリカが日本を軍事的に守ってくれているのだと漠然と安心していますが、条文には日本全土を『アメリカが自動的に、無条件に守る』と言う事はどこにも書かれていません。
もし日本が他国に攻撃された際、アメリカの国益を損なう恐れがある場合には判断して行動する、という事になっています。
つまり日本はアメリカの軍事力によって完全に守られているとは言えない、もしアメリカが損になると判断した時は相手国を攻撃するかもしれない、という事になります。
近年、竹島、尖閣諸島、対馬などの領土問題において支那や朝鮮に不当な領有権を主張されていますが、これらの問題は日本政府による確たる国防がなされていないことから起きた事です。
常に曖昧なままにそして見てみぬふりをしてきたことによって、不正に実効支配されています。
このまま見過ごしてしまえば、これらの島々は支那、朝鮮によって次々と占領される事は時間の問題です。
その後は沖縄、日本本土へと触手を伸ばしてくる事は間違いないでしょう。
日本の防衛手段としては不完全な機能しか果たさない日米安保、さらに北朝鮮・支那の軍事的な脅威を考えた時、日本も真剣に国防に取り組まなければ、現在、一番の脅威である支那の覇権主義によって飲み込まれてしまう可能性も否定できません。
以上のことから、日本の確固たる国防を考えた時、日本が核を保有すると言う事は、核保有国に対して一方的に攻撃されない抑止力になると言う事と、政治、外交ともに圧倒的に有利な駆け引きをすることが出来るという現実を見るとき、日本が核を保有しなければ、
国防、政治、外交上極めて不利で危険な状態にさらされ続けると言う事なのです。

☆憲法九条の破棄または改憲
憲法九条の条文は次の通りです。
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
つまり、「自衛のための武力行使は禁じていない」と言うことです。
しかしながら現在の自衛隊は、反日左翼である護憲論者に言わせれば「違憲」であり、自衛隊も保持するべきではないと言っています。
そしてあくまでも日米安保によってアメリカの軍事力に守ってもらえば良い、そしてそれに見合うお金をアメリカに出し続ければ良いとしています。
憲法九条を死守すると言っている護憲論者は「九条が無くなると海外での武力行使に歯止めがかからなくなり、再び日本は侵略を繰り返す」と叫んでいます。
また護憲派は憲法九条があったから戦後60年の間、日本は平和だったと言いますが、
日本がアメリカの軍事力に守られていたから戦争に巻き込まれなかっただけだ、と言う事を全く無視しています。

さらに護憲派は軍隊組織と言うものが存在すると、直ちに自動的に侵略戦争を開始するものであるという「自虐史観」に基づいた、独断と偏見で改憲論者を攻撃します。そして国防と言う概念を消し去ろうとしているのです。
日本とアメリカは同盟国ではありますが、同じ国ではありません。それぞれ国益が異なります。
国益が異なれば、当然国防も異なってくるのは当たり前の事です。
戦後60年の間、たとえアメリカによって守られてきたとは言え、日本の国防が疎かにされてきたことで、数え切れない程、国益を損なっているのは事実です。
例えば現在もまだ解決できない北朝鮮による拉致被害は、田母神俊雄前航空幕僚長が『自らの身は顧みず』の中で指摘しているように、「昭和52(1977)年9月28日に起こった日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件の際、当時の福田赳夫首相は『人命は地球より重い』として、赤軍メンバーら6人の釈放と要求通りの身代金を支払い、服役中の人間を釈放するなどと言う法治国家にあるまじき『超法規的な措置』をとった」ことから起きた事件と言えます。
この事件の後、北朝鮮による拉致事件は急増しました。実際、横田めぐみさんの拉致は同年11月15日、翌年には田口八重子さん、地村、蓮池、市川さん3組のアベック、曽我さん親子などと続きました。
さらに田母神氏は「北朝鮮が日本は決して反撃してこないからと高をくくって拉致や様々なスパイ工作、さらには麻薬、ニセ札など様々な犯罪行為を日本国内で実行してきたと言う事は十分考えられる」と指摘しています。
このような事例を見ても、我が国に攻撃能力のある自国の防衛としての軍隊の保有を明確にしていないことから起きた事件と言えるでしょう。
今後、日本が独立国家として自立するためには、憲法九条を破棄または改憲して、自衛隊を軍隊として活動できるようにしなければなりません。

☆現行憲法における統帥権問題
統帥権とは軍隊の最高指揮権であり、大日本帝国憲法では「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(第11条)と規定され、天皇の大権に属しました。
内閣の輔弼の外に置かれ、政府も議会もこれに関与できないとされ、首相であってもこの統帥権には口出しが出来ませんでした。
明治11(1878)年の参謀本部独立により、軍政と軍令は分離され、天皇は軍令機関である陸軍参謀総長・海軍軍令部長の輔弼を受け陸海軍を統帥しました。
現行憲法(占領憲法)においては、統帥権に相当するものとしては自衛隊の最高指揮監督権があります。
日本国憲法の実際的な解釈と自衛隊法第7条により、内閣総理大臣が最高指揮監督権を持つと規定されています。
しかしながら明確な統帥権についての規定がありません。
また現行憲法において、内閣総理大臣が最高指揮監督権を持つと言う事は、その時々の政権や議会によって左右される事になり、有事の際、極めて不安定な統帥権の発動がなされると言う可能性があります。
これらを解消するためには、大日本帝国憲法下のように、天皇と言う個人の利害から外れた、また帝王学を学ばれ、実践される等の優れたご人格の方に、国事行為のひとつとして統帥権を加えるように改める必要があるのではないかと考えます。

4.もう一つの国防、霊的国防を成す
私達日本人は私心を無くし、「国中平かに安らけく」と国家と国民、世界の平和の為に日々祈られる万世一系の天皇を戴く、世界に類の無い民族です。
そして私達が天照大御神の直系であられる天皇の臣民であり、神話に基づく日本民族としての誇りを取り戻すことが出来れば、
自らを卑下し、他国に蹂躙されるような生き方を選択する事はあり得ないでしょう。
けれども大東亜戦争終結後、60年以上に亘って自虐史観を徹底的に洗脳され、植え付けられてきたのですから、そう簡単に呪縛が解けるわけではありません。
子供の頃から家庭や教育現場において反日左翼思想を受け入れて来た多くの人は、そのような考え方の方が親しみがあり、
保守的な考え方には知らず知らずの内に漠然とした危険なイメージを抱いています。

☆GHQに押し付けられた「自虐史観と言う呪縛」の穢れ
戦後日本人はGHQによる東京裁判やその後の占領政策による洗脳によって説き難い「自虐史観と言う呪縛」にとらわれ続け、なかなかその呪縛から抜け出す事が出来ないでいます。
戦勝国は意図的に「自虐史観という呪縛」を容易には祓う事のできない「穢れ」として日本人を汚染したのです。
軍人のみならず非戦闘員に対して残虐に無差別攻撃(国際法違反)を繰返し行う事で、日本人全体に「死」と「血」の穢れをなすりつけたのです。
自虐史観という呪いをかけられていることで、私達日本人は「天皇」「軍隊」「戦争」「東京裁判で戦犯とされた方々の名前(例えば東條英機など)」「核」「靖國神社」「特攻隊」「日の丸」「君が代」など、先の大戦にまつわる言葉を耳にしたり目にした瞬間に、違和感や嫌悪感、恐怖心などのネガティブな感情を抱いたり、日本は誤った戦争を始めてアジアの近隣諸国に対し侵略行為(「南京大虐殺」「強制連行」「従軍慰安婦」など)を行ったのだと言う自虐史観から逃れられないでいるのです。
大東亜戦争において、アメリカ軍は日本中を「死」と「血」で覆う為に東京、名古屋、大坂、神戸、京都などの主要都市への大空襲をはじめ、北海道から沖縄まで、戦時国際法違反である民間人への無差別爆撃を繰り返しました。
さらに広島、長崎に於ける原爆投下は悲惨極まりない攻撃でした。
日本への原爆投下に関して、1994年12月の産経新聞にアメリカの歴史学者、スタンフォード大学のバートン・バーンスタイン教授が、米国の有力外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」に「太平洋戦争末期の広島、長崎への原爆投下は日本の降伏を早めたり、米軍兵士の犠牲を回避するのが目的で決断されたわけではない、との内容の米歴史学者の論文を掲載する。」と言う記事を掲載しました。
その内容は、当時の政策担当者のメモや日記、また秘密解除された公文書などの資料に基づいて当時の政策判断を検証したもので、「日本への原爆投下の目的は一般市民を大量殺戮することにあった」と言うものです。
バーンスタイン教授によると「原爆を開発した科学者は当初日本に直接投下するのではなく、米国の砂漠などで世界の代表者を呼んで公開の場で実験する事を主張しましたが、他のメンバーは原爆が不発だったら世界の笑い者になるので、とにかく日本へ投下しようと主張して日本への投下が決定した。
投下地点の選定については、科学者は軍事施設のみと言う主張をしたが、米軍側が強く反対し、民間人を大量に殺戮する事が決定された。
米空軍史によると『その火の玉を広島の住宅密集地、商業地区に投下せよ』と命令が出ている。
投下時間は午前8時15分。これは工場労働者が仕事を始め、市民の子供たちが戸外に遊びに出る時間帯。米軍はまさに底を狙った。」
と言うことでした。
まさに原爆投下によって「死」と「血」の海にすることが目的だった事が戦後60年近くたって明らかになったのです。
このようにアメリカの歴史学者が自らの国の指導者の過ちを明らかにしたにも拘らず、
日本人は今だに原爆投下されなければ戦争を止める事は出来なかった、などと言う自虐史観を持ち続けています。
さらに戦後60年以上に亘って様々な洗脳情報によって、今なお穢れ続け、自らが祖国の滅亡に拍車をかけています。

☆「自虐史観の呪縛」と言う穢れを祓い、再生する
もしこの呪縛・穢れを無抵抗に受け続け、祓う事が出来なければ、この禍によって我が国は自ずと国益を損ね続け、国家解体の一途を辿る他ありません。
自虐史観から脱却する為には、先ず正しい、真の歴史観を学ぶ事が第一です。
そして霊的な側面での「死」や「血」の穢れを清めるには「祓ひ」と言う神事以外ありません。
「死の穢れを祓う」とは、伊邪那岐命が亡くなった伊邪那美命を追いかけて、黄泉の国(死者の世界)で触れた穢れを清めるために禊祓をされたと言う神話の世界にまでさかのぼる神事です。どれほど穢れても、その穢れを祓う事で再生できるのです。
GHQによって「国家神道」を弾圧されてから、日本人にとって生活の一部であった様々な神道の神事や行事が、ただの慣例としてしか行われなくなってしまったことから、日本人にとって誕生から死までの間、最も重視していた「穢れを祓う」と言う意識がすっかり忘れ去られてしまいました。
戦前までの日本人は、穢れを最も忌み嫌い、恐れていました。すべての禍は穢れから来るものと考えていたからです。
日本人の生活の規範は「かみまつり(敬神崇祖)」にあり、「まつり」とは「祓ひ」だったのです。
「穢れを祓う」と言うことはつまり「常に心身を清浄に保つ」ことであり、生きている間人間にとって最も重要な事は、「穢れ」を取り除くための「祓ひ」だったのです。
「祓ひ」を日常生活に織り込んだものが陰陽道を発祥とした人生儀礼・季節の行事と言われるものなのです。
人間がこの世に誕生する際の安産祈願から始まって初宮詣、七五三などの様々な人生儀礼や、雛祭り、大祓などの季節の行事は、その都度穢れを祓い、誕生から死に至るまで健やかに、禍を遠ざけて過ごす事が出来るようにと、神々に祈念し穢れを祓う神事です。
しかしながら敬神崇祖の念がすっかり廃れてしまった現代においては「かみまつり」やこれらの儀礼を行っている日本人はほとんどいないと言っていいでしょう。
日本人は戦後60年以上、穢れに穢れた状態になっており、蘇りや再生のチャンスを逃し続けているのです。
また「自虐史観の呪縛」つまり穢れはコンピューターウィルスによく似ています。
私達日本人は人生儀礼にまつわる神事だけでは祓い切れない、意図的で悪質な情報操作によって強烈な「穢れウィルス」に感染しています。
ですから定期的にウィルス対策ソフトを使ってウィルスを除去するように「穢れウィルス」を祓い続けなければ、心身を「清き明き直き」状態に保ち続ける事が出来ません。
穢れたままでいると言う事は、正常な判断能力が失われ、誤った判断を繰り返すと言う危険な状態にさらされていると言う事なのです。

☆霊的な国防を施す
日本にとって「核の保有」や「憲法九条の破棄または改憲」などは陽の国防と言えます。
それに対して「陰」の国防とは霊的な方策(神社の創建など)を施す事です。

①靖國神社を国営化し、日本国民が一丸となって英霊に対して感謝の誠を捧げる
靖国神社は246万6千柱と言う、日本で最も多いご祭神がお祀りされています。
このような日本の国の為に戦って斃れた英霊の方々を、今生きている私達が感謝と慰霊の気持ちを込めて真剣にお祀りし、日本の防衛のために今一度お働き頂けるよう御祭神のご加護を祈念するならば、これほど力強い援軍はないでしょう。
その為には靖國神社を国営にして国で手厚くお祀りし、天皇の御親拝を仰ぎ、首相をはじめ閣僚や政治家がいつでもお参りできるようにすることです。
英霊の皆様は、私達すべての日本人が靖國神社の桜の下に会いに来てくれる事を、今でも待ち続けています。
靖國の英霊に感謝の誠を捧げなければなりません。

②靖國神社で斎行される『全国戦没者慰霊大祭』を国家祭祀とする
現在、先の大戦の日本全国の戦没者を慰霊するために、全国戦没者追悼式が毎年8月15日、天皇皇后両陛下の御臨席のもと日本武道館で行われています。
式場正面には「全国戦没者之霊」と書かれた白木の柱が置かれ、式は日本政府主催で、無宗教の形で行われる追悼式です。
昭和57年の閣議決定によって「先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため、『戦没者を追悼し平和を祈念する日』を設け」て、その期日を8月15日とし、この日に政府は「昭和38年以降毎年実施している全国戦没者追悼式を引き続き実施する」ものとしています。
つまり8月15日を無宗教で全く意味の無い「戦没者之慰霊」と言うことだけでなく、「平和を祈念する日」と言う名目で、反戦を表明する日としてしまったのです。
そこに天皇皇后両陛下のご臨席を賜る事により、両陛下に二重の楔を打つような日にしてしまいました。
このような反日左翼的な「反戦決意表明の日」にどうやって戦没者之慰霊祭を行えると言うのでしょうか。
戦没者の御霊は死して尚、鞭打たれている想いではないでしょうか。
日本政府と言う隠れ蓑を着た反日左翼主義者主宰による無宗教で名ばかりの戦没者慰霊祭に天皇皇后両陛下のご臨席を賜りながら、同日に執り行われる「英霊にこたえる会」主宰の靖國神社に於ける真の戦没者慰霊大祭には、天皇皇后両陛下の御親拝も頂く事が適わずにいます。
また首相や大臣が参拝しようものなら、隣国に内政干渉され、彼らは「公式参拝」だの「私的参拝」だのと右往左往しているのです。
このような日本の政治家や反日左翼を見る時、ただ戦争で亡くなったことは悲劇だったのだとしか思われていないならば、戦没者の御霊はさぞ口惜しく思われていることでしょう。
このような慰霊祭と称する反戦のための決意表明は、原爆投下された広島や長崎では顕著です。
靖國神社の慰霊祭よりも、日本武道館に於ける「エセ慰霊祭」の方がより盛大に行われていると言う事は、まさに現在の日本は反日左翼が跋扈していると言えるのです。
千鳥が淵や広島、長崎、各地で行なわれる戦没者慰霊祭は、御霊の慰霊とは名ばかりで、先の大戦はすべて日本軍による侵略戦争の犠牲であると言うような、祖国の為に戦って斃れた英霊やアメリカ軍によって無差別爆撃を受けて斃れた民間人の戦没者の御霊に対して、無駄死にであるかのように貶めるための式典でしかありません。
このような式典には「苦しみ」「死」と言う言葉に共鳴して集まってくる、今もなお彷徨い続けている多くの悪霊や魑魅魍魎が集まる場となり、おびただしい「穢れ」が充満しています。
そのような場所に天皇皇后両陛下の御臨席を賜ると言う事は、最も穢れを避けねばならない両陛下に、穢れをなすり付けるという事に他ならないのです。
天皇を穢れさせると言う事は、国運を衰退させる事につながります。
東京大学名誉教授の小堀桂一郎氏は「靖國神社と日本人(PHP新書)」の中で、次のように述べています。
「・・・それが招魂の祠であって、〈元の天〉に帰った霊魂は子孫の招きによってここに降りて祭を受ける。〈もし偽りを以て祭らば神是を請けんや〉であって、
この祭り方は神祭の礼式に則った正しいものでなくてはならない。〈神は非礼を享けたまはず〉である。」

つまり、御霊をお祀りする時には神式の作法に則った恭しいものでなければならないと言う事です。
反日左翼による穢れを撒き散らす慰霊祭を中止し、真に戦没者の御霊を慰霊する事が出来る、靖國神社の慰霊祭を国で行う祭祀にするべきなのです。
そして天皇皇后両陛下の御親拝を仰ぎ、首相はじめすべての閣僚が公式参拝し、国民挙げて慰霊する事が、真の戦没者慰霊祭となるのです。
ほとんど知られていませんが、靖國神社の境内には「鎮霊社」と言う御社があり、明治以降の靖國神社本殿に祀られていない方々の御霊と世界各国すべての戦死者や戦争で亡くなられた方々の御霊が祀られています。
つまり先の大戦で亡くなった非戦闘員の方々も、すべて招魂されて、靖國神社にお祀りされているということなのです。
ですから毎年8月15日に靖國神社で斎行される戦没者慰霊大祭こそが、真の慰霊祭と言えるのです。
ところで陰陽道では人間は魂(こん)と魄(はく)との二つから成るとされています。
そして魂は陽の気で精神を司るもの、魄は陰の気で肉体と五感を司るものとされ、人が死ぬと魂は天に帰り、魄(肉体・骨)は地に帰るのです。
ですから神社でお祀りするのは魂であり、お墓でお祭するのは魄と言う事になります。
靖國神社をお墓のように考えている人が希にいますが、そこにお祀りしているのは「英霊」と言う魂であり、魄の方はご遺族がそれぞれ先祖代々のお墓でお祭りされています。
そして魂は天に帰るのですから、「神」としてお祀りすることができるのです。
日本には古来より、無念な思いのまま亡くなったことで禍をもたらしたとされる怨霊などを鎮める為の神社がいくつか存在します。
例えば菅原道真公をお祀りする天満宮です。
道真公は陰謀によって大臣の地位を追われ大宰府へ左遷され、失意の内に亡くなりました。
彼の死後、疫病の蔓延や日照りなどが続き、天皇の皇子が相次いで病死したり、清涼殿が落雷を受けて多くの死傷者が出たりしました。
これらの出来事は道真の祟りだと恐れた朝廷は北野天満宮や太宰府天満宮を建立し、手厚くお祀りすることで祟りを鎮めました。
けれどもその後は、道真公が生前優れた学者、歌人であったことから学問の神として信仰されるようになりました。
つまり道真公の無念や祟りと言うマイナスのエネルギーを学問の神様としてお祀りすることで私達にご加護を授けて下さる神様へと変化させたわけです。
このことは失意の内に亡くなった人の魂を神として手厚くお祀りすることで、その強い無念の想いを良きエネルギーに変換させ、私達を守護して頂けるようにすることが出来るという、陰陽道による考え方からきています。
また魂は招魂と言う神事を行う事でお祀りできるので、魄の部分は不要なのです。逆に魄は地に帰るものであり、「死」の穢れそのものなので、魂と一緒にすることは出来ません。
ちなみに神社で葬儀を行わないのは、穢れを持ち込むことが出来ないからです。
さらに魄を祭るお墓は、子孫が絶えてしまえば消えてなくなってしまう可能性がありますが、神社によって魂をお祀りすることで、地域の共同体などによって永遠にお祀りし続ける事が可能になります。
日本人は古来から英雄でも不遇の死を遂げた人でも、大きなエネルギーを持っていた方たちの魂を、神社を建てて神式でお祀りすることで、永遠に国の守りとしてお働きいただける様にしてきたのです。

③昭和殉難者の方々をお祀りする神社を建立し、国の護りとする
「昭和殉難者」とは大東亜戦争において「極東軍事裁判でABC級戦犯とされ処刑された方々」「(拷問や病気などで)収容所で亡くなった日本側兵士・軍人」
「抗議自決した方々」を指します。
昭和殉難者の方々は1953(昭和28)年8月3日に衆議院本会議にて「戦犯」の名誉回復、ならびに「法務死」扱いとされ、国が殉国者としたことを受けて、1967(昭和42)年10月18日に昭和殉難者として靖國神社に合祀されました。
合祀された当時はどこの国からも抗議などされてはいませんでした。
ところが昭和60年、当時の中曽根康弘首相が支那・朝鮮の内政干渉を受けて、終戦記念日の8月15日に首相として靖國神社への公式参拝を中止し、以来平成18年8月15日に小泉純一郎首相が参拝するまでの21年間、A級戦犯が合祀されているとの見解で、支那・朝鮮の圧力によって首相の公式参拝がなされませんでした。
そして現在においても尚、靖國神社への天皇陛下の御親拝をはじめ首相や閣僚の公式参拝の問題は一向に解決の目途がたっていません。
ところで昭和殉難者の中でA級戦犯として処刑された7名の方々の御遺骨は、現在愛知県三ヶ根山の殉国七士廟でお祭りされています。
「殉国七士」とは東条英機(元首相・陸軍大将)、土肥原賢二(元陸軍大将)、広田弘毅(元首相)、板垣征四郎((元陸軍大将)、木村兵太郎(元陸軍大将)、松井石根(元陸軍大将)、武藤章(元陸軍中将)の七士のことです。
七士は昭和23年12月23日未明、A級戦犯として巣鴨で絞首刑を執行されました。
マッカーサー司令部が七士の遺体も遺骨も家族に渡すつもりが無い事が判明し、何とか遺骨だけは手に入れたいと考えた、小磯国昭大将の弁護人だった三文字正平氏の決死の覚悟で七士の方々の遺骨が収拾され、遺骨はその後、万一を考え戦死された三文字氏の甥の名前で熱海の興亜観音に安置されていましたが、昭和35年に愛知県の三ヶ根山山頂に廟と墓碑が建立されました。
昭和35年8月16日、三ヶ根山殉国七士廟にて関係者と遺族が列席して初の慰霊祭が行われ、以来毎年4月29日「昭和天皇御誕生日」に慰霊祭が執り行われ、殉国七士廟の存在は多くの人々に知られるところとなりました。
今日では七士廟の周辺に大東亜戦争での戦没者を祀る各部隊の慰霊碑が並んでいます。
マッカーサー司令部は、たとえ敵国とは言え、一国の長を遺骨に対してまでこのような非人道的で卑劣な手段を講じました。
ドイツでは処刑された戦犯の骨は粉砕されて飛行機上から空中散布されたと言います。
一方日本軍人は、世界が称賛する武士道精神によって敵将も讃えてきました。
日清戦争時、日本の連合艦隊司令長官伊藤祐亨は、敵国である清国艦隊司令長官丁汝昌(ていじょしょう)に最大の礼を持って接し、武士道精神を世界に知らしめました。伊藤長官は連合艦隊の包囲網の中にあった丁提督を無駄死にさせることを惜しみ、降伏させてから日本に亡命させる考えで、丁提督に降伏勧告文書を送りましたが、丁提督はそれを鄭重に断り服毒自殺をしました。
伊藤長官は丁提督の棺がジャンクで送られると聞き及び、運送船「康済号」を戦利品とはせずに清国に提供し、丁提督の棺を乗せて帰国するように告げ、多数の日本海軍軍艦に見送られて帰国する事になりました。
米タイムス紙は「丁汝昌提督は祖国よりも却って敵によってその戦功を認められた」と報じ、伊藤提督の措置を世界海軍礼節の最高峰と褒めたたえました。
また日露戦争において、乃木大将とロシアの名将ステッセルの水師営の会見は、敵将と言えども戦いが終ればお互いにその功を讃え合ったとして有名です。
乃木大将はステッセルらロシア軍幕僚にも帯剣を許し、従軍記者たちの再三の要求にも拘わらずロシア軍との会見風景は一枚しか撮影させず、彼らの武人としての名誉を重んじました。
さらに日本海海戦において、明治37年8月14日、司令長官上村彦之丞率いる上村艦隊は、ウラジオ艦隊3隻と遭遇し、旗艦「リューリック」を撃沈しましたが、
「リューリック」は沈没する最後の最後まで後部の砲門で撃ち続けるのを止めようとはしませんでした。
艦橋でそれを見ていた上村長官は「敵ながらあっぱれだ」と全体集合を命じ、溺れるロシア将兵627名を救助し、武士道精神を世界に知らしめたのです。
また東郷平八郎は日露戦争の勝利の後、傷を負った敵将ロジェストウェンスキーを、面会謝絶が解けたその日に佐世保病院に見舞い、次のような挨拶でねぎらいました。
「生命を取り留められて何よりです。日本では勝敗は兵家の常と申します。ただ祖国の為に立派に戦って義務を尽くせば、軍人の名誉は傷付きません。
日本海海戦において、閣下と麾下の将兵は実に勇敢に戦って十分に義務を尽くされた事をこの目で見て感激しました。
粗末かもしれませんが、閣下の為に病院船を一隻準備させておきます。少しく回復されてご帰国を欲せられるようになったら、いつでもご用命下さい。
閣下の部下将兵の待遇は東郷がお引き受けしますから、どうぞ安心してご加養下さい」
と。
以上のような日本軍人の武士道精神は、戦いの中にあっても海に投げ出され戦死喪失している敵兵は助け、戦いが終ればお互いの武勇を讃え合いました。
大東亜戦争においても、220名乗務の駆逐艦の日本軍が、溺れる敵の英兵450人を救助し、貴重な水やガソリンで汚泥にまみれた英兵を洗い、自らの衣服までも与えたと言う信じられないような美談が残っています。
しかしながらこのような素晴らしい国民性は日本人のみなのか、アメリカ軍は大東亜戦争において戦艦大和を撃沈させた時も、すでに海に投げ出され、戦意喪失している日本の兵隊を爆撃し続けたのです。
このような卑劣なアメリカ人によって「ABC級戦犯」などと言う汚名を着せられた昭和殉難者の方々に対して、戦後GHQによって洗脳されてきた日本人は、彼らといっしょになって戦犯に仕立て、捏造された軍部の責任をなすり続けているのです。
以前大手メディアによって富田メモなるものが大きく取り上げられ、昭和天皇が靖國神社へご親拝なさらない理由をA級戦犯が祀られているからだ、と報じました。
しかしながら決してそのようなことではなく、宮内庁侍従らによる妨害工作によってご親拝が叶わなかったのだという事は明らかです。
戦後皇室は反日官僚(侍従)によって支配されており、天皇陛下のご希望がそのまま通るような状況にはありません。
そのことを逆手にとって、反日左翼メディアは自分達の都合の良いように天皇陛下や皇室の方々の想いを捏造、歪曲報道し、国民は騙され続けているのです。
けれどもいつまでもメディアに騙され続けるのではなく、真実を学ぶ事が、私達日本人の義務ではないでしょうか。
昭和殉難者の方々は、祖国の為に戦われたにも拘らず、無念の想いを残されて、さらにA級戦犯の方々は亡くなられた後も、GHQによって無残な仕打ちをされたのですから、その無念の思いはいかばかりでしょうか。
けれども無念の思いを抱かれて亡くなられた昭和殉難者の方々の魂を、我が国の守り神として鄭重にお祀りすれば、必ずや日本の為に大きなエネルギーとなってお働き頂けることでしょう。
その為には、昭和殉難者の方々を感謝と慰霊の気持ちを持ってお祀りする神社を建立すべきであると考えます。
この昭和殉難者をお祀りする神社とは、反日左翼の人たちが提案する靖國神社の「A級戦犯分祀論」とは全く異なるものです。
靖國神社に加えて更に昭和殉難者の方々をお祀りする神社を建立するというものです。

④昭和天皇の御聖徳を仰ぐ昭和神宮のご創建
現在私達日本人が飢える事なく平和に暮らす事が出来るのは、まさに昭和天皇の御聖徳によるものと言って良いでしょう。
戦後GHQによって日本国家の解体と言う占領政策を仕組まれたとは言え、何とか焼け跡から復興し、世界有数の経済大国になるまで登りつめることが出来たのは、昭和天皇のひたすら「国安かれ、民安かれ」と無私の御心で御心で国民の為にと祈り続けてこられた事に尽きると言えます。
占領政策を開始するに当たって、マッカーサー元帥が昭和天皇と会談し、それ以降昭和天皇を敬愛する事になった、と言う事が伝えられています。
戦後昭和天皇の「人間宣言」とか「開かれた皇室」などとメディアや反日左翼の学者などによって天皇の権威を著しく貶められてきた事で、あたかも天皇陛下が一般人と同じ人間であるかと言うような錯覚をして、日本人の多くは天皇陛下に対して不敬な事もあからさまに行ってきました。
けれども「天皇」は紛れも無く「現人神」であることに間違いはないのです。
何故なら、天皇は大嘗祭と言う儀式によって天照大御神の御神霊と一体となられるからです。
昭和天皇の侍従であった卜部亮吾氏は、昭和天皇が崩御された時のことを日記に次のように記しています。
「たんかにて御尊骸を御寝室からお居間にお移しする あまりに重いのに驚く」
昭和天皇が崩御された時、大変痩せられていた事から、卜部侍従は軽々とたんかを持てると思っていたところ、「あまりに重いのに驚く」と記しているのです。
この質量は肉体以外の重さであり、天照大御神の御分霊と一体となられた「現人神」の御姿なのです。
東条英機も「人間はどこまでいっても人格だが、お上は神格である」と、昭和天皇に神としての畏敬の念を抱いていました。
日本に対して東京裁判という徹底的な復讐をやってのけたマッカーサーでさえ、昭和天皇に畏敬の念を抱かずにはいられないと言う事を、私達日本人は再認識するべきではないでしょうか。
このような昭和天皇の御聖徳を記念する為に、昭和記念館が国営昭和記念公園の「花みどり文化センター」内に設置されています。
ここには緑を愛された昭和天皇の生物学御研究や昭和天皇、香淳皇后のご遺品・写真等の昭和天皇ゆかりの資料が展示されています。
しかしながらひたすら国民の為を思われた昭和天皇を仰ぐ神宮は今だに創建されておりません。
ところが昭和神宮のご創建どころか、昭和天皇を穢れさせ、封印しようとする巨大な事業が国家規模で進められようとしています。
2008年2月、昭島市長が現在利用されていない昭和記念公園の西側一帯にある広大な国有地(米軍立川基地跡)に、大規模刑務所を建設することを正式に了承したと言う記事が朝日新聞に掲載されました。
関東や神奈川の医療少年院ほか八王子少年鑑別所、八王子医療刑務所などいくつかの刑務所を一つに集約した施設で、①アジア極東犯罪防止研修所、②矯正研修所、③矯正研修所東京支所、④公安調査庁研修所、⑤八王子医療刑務所、⑥関東医療少年院、⑦神奈川医療少年院、⑧八王子少年鑑別所、⑨東京婦人補導院の9つの各機関を集めると言うのです。
これはまさに陰謀としか言いようがありません。
もし昭和記念館の隣にこのような穢れを持ち込めば、日本は再び霊的に封印され、今まで以上に支那・朝鮮、欧米に蹂躙され、日本の滅亡に拍車をかけてしまうことになりかねません。
何としてもこの大型刑務所の建設を阻止し、その跡地には昭和神宮をご創建できるように国民の声を上げる必要があります。
それも出来れば今上陛下御在位の間に叶うよう、何とか運動を起こす必要があります。
昭和天皇の御聖徳を仰ぐ昭和神宮のご創建は、日本国が再び戦禍に巻き込まれる事なく、國體を護持できるよう御守護いただくための神宮となるのです。

⑥簡略化された天皇の宮中祭祀の復活
斎藤吉久氏の「天皇の祈りはなぜ簡略化されたか」(並木書房)の中に、「祭祀嫌いの入江侍従長の工作」として、昭和天皇に対して次々と祭祀の簡略化を無理矢理推し進めていった経緯が詳しく書かれています。
「入江は、歳旦祭の御代拝はまだしも、四方拝の装束を洋装とし、しかも神嘉殿ではなく御所のテラスで行い、さらに第一の重儀である新嘗祭をおとりやめにする、と言うように、
人間の都合に合わせて神事を簡単に変更すると言う、不敬きわまる祭祀の改変・破壊をやってのけたのです。」

祭祀には決まった形式があり、装束にもそれぞれ意味があります。
それを変えてしまっては祭祀としての意味が半減、もしくは無意味となってしまいます。
また『皇室のすべて』(学研)には「宮中側近には何故かクリスチャンが多い」として、
「元駐フランス大使で戦後侍従長として皇室外交の緒を開いた三谷隆信氏が、クリスチャンだし、初代宮内庁長官として昭和天皇を補佐した田島道治氏もそうだ。
今上天皇の弟宮である常陸宮は、高校時代からクリスチャンで、昭和天皇に強く諌められたにもかかわらず棄教はしないと抵抗したと言われるが、
常陸宮を信仰に導いたのは、無教会派のクリスチャンである村井長正侍従だと言われている。
また父子二代に亘って宮中に奉仕し、昭和天皇の側近中の側近として活躍した『皇室の語り部』、入江相政侍従長も、敬虔なクリスチャンだった。
今上天皇の周辺にも、クリスチャンは多い。
たとえば、皇太子時代の恩師であり、美智子皇后を皇太子妃に推薦した事でも知られる小泉信三博士(東宮職参与)がそうだし、
美智子皇后がカトリック系の聖心女子大学出だと言うことは有名だ。
また長く今上天皇に仕えてきた元東宮侍従の浜尾実氏は、二十歳の時に洗礼を受けているし、ヴァチカン在住の弟の浜尾文郎氏は、
ローマ法王選出の投票権を持つ枢機卿に任命されている」
と書かれています。
いくら信教の自由が認められているとは言え、神道の総元締めである天皇家を補佐する人々が総じてキリスト教信者であると言うのは如何なものでしょうか。
少なくとも神道に精通した人物でなければ、天皇の祭祀の重要性を理解できないまま、単に形式的であるとしてしてしまう危険性は大であり、実際入江侍従長以後、祭祀の簡略化は益々進んでいると言う指摘がなされているのは事実です。
このような中にあっても、今上陛下は祭祀を厳修されておられます。
『皇室のすべて』(学研)によると、「祭儀に当たっては今上天皇は何度も御習礼(稽古)をし、万全を期して臨まれておられ、例えば大嘗祭の時は、六度も習礼し、昭和天皇のご学友で侍従もされた永積元掌典長を側におかれて『先帝(昭和天皇)と少しでも違っているところがあったら言うように』と仰せられて御習礼に臨まれた」と書かれています。
祭祀は宮中三殿で行なわれますが、冷暖房の設備は無く、夏暑く、冬寒い中で装束をお召しになっての長時間に亘る祭祀は、一般人には想像も出来ない大変さです。
このように昭和天皇も今上陛下も「国安かれ、民安かれ」と無私の祈りを捧げておられますが、戦後天皇家を支えている人々の内、宮中祭祀を担う人(掌典と内掌典)、内廷職員と呼ばれる天皇家が私的に雇う雇用人以外は、侍従職なども含めてすべて国家公務員であり、彼らは宮中祭祀に関わる事は政教分離の憲法の原則から言って違憲である、と言う態度をとり続けています。
この政教分離の考え方はGHQによる占領政策によって国家神道の解体を目的とし、皇室と国民を分断するための工作であったと考えられます。
政教分離の考え方から、戦後の侍従らは天皇の宮中祭祀に対して消極的であり、更には自らが祭祀に関わる事を嫌がって、次々と祭祀の簡略化を推し進めています。
しかしながら世界中を見回した時、おそらく全ての国で何らかの宗教を国教にしています。
特に我が国に政教分離を押し付けた張本人であるアメリカでさえ、大統領の就任式や裁判所において、キリスト教の聖書に手を置かせて宣誓などもさせています。
何故我が国のみが国教を持つことを否定し続ける必要があるのでしょうか。
また、そもそも神道は宗教と言えるのでしょうか。
神道には明確な教義や経典は存在せず、固有の神を頂点とし、様々な戒律や法などで人間を縛るような、いわゆる諸外国のような一神教の宗教とは明らかに異なるものです。
森羅万象に神が宿ると考え、天人地祇や祖霊を祀り、祭祀を重視し、浄明正直(浄く明るく正しく直く)を徳目としています。
「道」と言う言葉は「人の守るべき道理、宇宙の原理、教え」と言う意味であり、神の道とはまさに、自然そのものを規範とする教え、と言う事になります。

寛仁親王殿下は「日本人の歴史教科書」(自由社)の特別寄稿「天皇と日本」の中で次のように述べておられます。
「・・・天皇と言う御存在は、神道的に見れば祭祀王としての存在とも言えるでしょうし、家系的に見れば我が国で最も古い家系の主とも言えますし、
社会的には「2669年の日本の伝統文化の担い手とも言えるでしょう。
・・・外国は、古くより、合理主義を尊びます。然し乍我が国では、神道という、宗教で無い神の道を尊び、神秘的な現象を極く普通に受け入れて、今迄来ました。
自然界の全てを神たりうるものとして尊敬し、自然と共に生きる、共生するということを古代から真面目に守って来ました。
・・・外国人にこの事を話したとしても到底理解してくれないと思いますが、我々日本人は、自然界の中で様々な形で、あらゆる物を神々しいものとして受け入れ大事にして来ていると同時に、繰り返しますが、歴代の天子様の事も、知る知らない、見たことが有る無いに拘らず、日本国の象徴として、崇敬し敬愛して来たと言う、全く他国に見られない行いを神話の時代から連綿と続けてきました。・・・」

このように私達日本人は、神話の時代から自然を崇拝する天皇の祭祀と共にあり続けてきた民族なのですから、何としても、宮内庁長官をはじめ、侍従など側近には、反日左翼や異教徒ではなく、神道に精通した天皇の祭祀をお助けできるような人材を登用し、さらに今迄簡略化され続けた祭祀を完全に復活し、天皇陛下が祭祀に専念できるような体制を作ることが急務です。
天皇の祭祀を復活して頂く事が出来れば、日本のみならず、世界もまた天皇の稜威によって平和への道を歩む事が可能になるのです。

⑥憂国の士、三島由紀夫大人命をお祀りする神社の建立
昭和45年11月25日、作家・三島由紀夫氏が東京市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部の総監室において割腹自刃をしました。
その時の彼の檄文には次のように書かれていました。
「・・・われわれは戦後に日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、
自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、
日本人自ら日本の歴史と伝統を涜(けが)してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。・・・
法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、
軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。
もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。
自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本儀を与えられず、
警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。・・・
日本の軍隊の建軍の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。・・・
諸官は任務を与えられなければ何もできぬと言う。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。
シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。
日本のように人事権まで奪われて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。・・・
あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであろう。・・・
日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。
今こそ我々は生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。
われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。
もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。
われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇ることを熱望するあまり、この挙に出たのである。」(檄文の一部を抜粋)

今から約40年も前に、既に現在の日本の抱える問題点を端的に指摘され、そのことを深く憂い、日本の「真姿」を取り戻すべく、自らを犠牲にすることで日本人を目覚めさせようとしたのだと思います。
三島由紀夫大人命には抜け殻のように空虚な日本の未来が見えていたのでしょう。
彼の投じた一石を今、蘇らせる為に、是非市ヶ谷の地に三島由紀夫大人命の御霊をお祀りする神社を建立し、自衛隊の守護神として、また憲法改正の為にお力添えをいただける様に、日本の守護神として御守護いただくことを切望します。

5.明治政府の陰陽寮廃止による弊害
陰陽道とは「陰陽會五行説に基づいて森羅万象の背後にある秘められたる世界の意味と動きを解読し、吉凶禍福を判じて未来を占い、人事百般の指針を得る事を目的とした思想と技術の全体を指し」(「陰陽道の本」学研)ます。
そして陰陽寮とは陰陽師たちが方術・天文・時刻・暦の編纂を担当する部署でした。
歴代の陰陽師は天皇と国家を守るために、凶方の魔を封殺し、あらゆる方術を施してきました。
ところが明治政府による近代化政策の下、明治3年に非科学的であるとして、陰陽寮は廃止されました。
けれども明治以降、陰陽師のような霊的な守護を理解できる頭脳集団が無くなってしまったことで、天皇家衰退や国益を損ねる様々な事態を引き起こして現在に至っています。

☆明治以降の天皇家衰退の霊的な要因
大東亜戦争終結後、GHQによって天皇家滅亡の呪いがかけられたことは先に述べましたが、その呪詛が容易に解けない状況の一つの要因として、明治天皇の東京遷都が考えられます。
明治以前までの長い歴史の中で、天皇は陰陽道を駆使して築いた完璧な都、平安京の御所で霊的に守護されていました。
天皇は四神相応の完璧な都である平安京に住まう事で、日本は外国に侵略される事なく、特に江戸時代に至っては産業や交通などが発達し、新しい学問や様々な文化が興りました。
四神相応とは東に河があって青龍、南に大池があって朱雀、西に道があって白虎、北に山があって玄武とした陰陽五行思想から来る考え方であり、四禽が東西南北に正しく当てはまる四神相応の土地と言うのは、陰陽道で理想の土地を指すものです。
この四神相応に照らし合わせて都を築く事で、結界によって如何なる外敵をも侵入を許さず、天変地異をも防ぎ、都を繁栄させる事が可能になるとされています。
ところが明治新政府により、明治天皇が霊的に完璧に守護されていた京都御所を捨てて、江戸に遷る事になりました。
当初は京都の公家の反発が強かったため、とりあえず「明治天皇の行幸」と言うことで明治元(1868)年10月13日江戸城に入りました。
その後一度は京都に戻られましたが、明治2(1869)年3月に再び東京に入り、この年『東京城(江戸城)』が『皇城』と改称され、これ以後、天皇と政府は京都へ戻らず、『東京遷都』が行われたとされています。
ここで問題となるのは、江戸城を宮城とされたことです。
京都御所は天皇家を守護するために完璧な結界が張られていますが、江戸城は徳川家を守護し、発展させるために、天海僧正が陰陽道と密教を駆使して、平安京に勝るとも劣らない完璧な結界を張り巡らしたのです。
と言うことは、現在の天皇家は徳川幕府の結界の中に入り込んでしまっていると言う事になります。
天海は徳川家を守護した天台宗の僧です。彼は江戸城(現在の皇居)を中心に東北の鬼門に当たる位置に上野寛永寺を置き、その裏鬼門に当たる西南に赤坂の日枝神社を置きました。
この上野寛永寺は上野が江戸城に対して鬼門に当たる事から、三代将軍家光が江戸城鎮護の目的で祈願寺として建立し、天海を開基住職にしました。
さらに寛永寺や増上寺に歴代の徳川将軍や正室、側室らの遺骸を葬る(密教による方術)ことで、江戸城の強固な守りとしました。

江戸城の北には日光東照宮(徳川幕府にとっては家康を神と祀った最高の霊場)があり、南には芝・増上寺があり、ここから東海道に至ります。
また東には大手門、西には半蔵門があります。半蔵門は西に伸びると甲州街道に至ります。
さらに江戸の中心部から日光東照宮までの距離は、京都から伊勢神宮までの距離にほぼ等しい事から考えて、天海は伊勢神宮が国家鎮護の聖地としての役を担っている事を鑑み、日光東照宮にも意図的に徳川幕府の聖地の役を与えようと考えたようです。
これらの天海による江戸の呪術的結果図は京都御所の模倣であり、鬼門や裏鬼門を押さえた陰陽道と密教による「四神相応」の完璧な都市造りだったのです。
大東亜戦争終結後の疲弊した日本が、東京を中心に現代まで躍進的な発展を成す事が出来た一因として、約四百年前の天海の江戸の呪術的都市造りがあったとも言えます。
けれども江戸城を皇居とした事は、天皇家にとっては悲劇的な状況をもたらしました。
江戸城はあくまでも徳川家の繁栄をもたらすように結界を張り巡らしているのであり、その江戸城を天皇家が宮城としたことで、徳川家にとって外敵となる天皇家を衰退させる原因ともなっているのです。
つまり徳川家以外の人間が江戸城に入れば、滅亡するように霊的な仕掛けがなされているからです。
けれども何とかその悪影響を防ぐため、結界のひとつとして明治2年(1869年)には東京招魂社(現在の靖國神社)、そして明治13年(1880年)には日比谷大神宮(現在の東京大神宮が建立されました。
特に日比谷大神宮は東京に於ける伊勢神宮の遥拝殿と言う、非常に重要な意味を持っていました。
ところが大正12年(1923年)9月1日、関東大震災によって日比谷大神宮が倒壊してしまった事で、結界の一部が崩れてしまいました。
その結果、日比谷大神宮が倒壊した後の昭和2年(1927年)3月には昭和金融恐慌によって日本は大不況に陥りました。
さらに昭和3年(1928年)に日比谷大神宮は日比谷から現在の飯田橋に移され「飯田橋大神宮(戦後、東京大神宮に改称)」と称されましたが、日比谷という場所にあることに結界としての意味があるのであり、異なったばあ所に遷宮されてしまった事で、全く意味の無い只の建物となってしまったのです。
そして昭和4年(1929年)11月にはニューヨーク・ウォール街で起こった株価の大暴落によって日本はその影響をまともに受け、昭和5年(1930年)にいわゆる昭和恐慌を引き起こす事になったと言うわけです。
つまり明治から昭和にかけての日本の歴史を霊的な側面から見た場合、天皇家を守護する結界の一つである日比谷大神宮が、関東大震災によって倒壊した結果、日本の経済を揺るがす昭和金融恐慌が起こり、さらに飯田橋に遷宮した事でさらなる昭和恐慌が起こり、その後は大東亜戦争へと突入し、昭和20年には屈辱的なポツダム宣言の受諾、続いてGHQによる占領政策が始まり、その結果、現代のような自虐史観にさいなまれ、欧米や支那・朝鮮に小突かれ続ける国へと転落してしまいました。
近代化政策の下、明治政府は明治3年に陰陽寮を廃止してしまったことで、霊的な結界などについて専門化がいなくなり、様々な霊的な手段によって守護し続けてきた天皇家と日本国家を窮地に至らしめることになってしまったのです。
明治天皇は親王を6人もうけられましたが、その内5人が夭折され、日清、日露戦争には勝利したものの、61歳という若さで崩御されました。
大正天皇は4人の親王をもうけられましたが、ご病弱であられたことなどもあり、大正12年関東大震災によって首都が壊滅的な被害を受けた2年後、47歳の若さで崩御されました。
また昭和天皇には中々親王がお生まれにならなかったことから、側室制度の復活まで持ち上がりましたが、何とかお二人の親王をもうけられました。
しかしながら大東亜戦争により国土は焦土と化し、またGHQによって屈辱的な占領政策を強いられることになりました。
さらに今上陛下にはお二人の親王がお生まれになりましたが、その後、悠仁親王殿下の御誕生は秋篠宮文仁親王殿下以来41年ぶりとなるなど、現在の皇室には親王の御出生が極めて少ないのです。
戦後は宮内庁に入り込んだ反日左翼思想の官僚によって、次々と天皇の宮中祭祀が簡素化されていったことで、益々国家鎮護の霊的な守護が危うくなってきています。
また天皇の祭祀の衰退と共に、日本民族にかけられた呪縛は益々説き難くなり、天皇家と日本民族は滅亡の道を辿っています。
それを解決するためには、天皇家が直ちに京都へ遷都なさるか、東京の皇居にお住まいになり続けるならば、早急に日比谷の地に新たな結界として神社をご創建する必要があります。
新たにご創建する神社は、東京大神宮を日比谷の地へ遷宮するか、天皇家にまつわる御祭神をお祀りする神社として改めて結界の役割を果たすものとしなければ、
天皇家の安泰と国家の守護は大変難しいものと言えます。

☆治世の乱れは天変地異を招く
古来から治世が乱れると天変地異が起こると言われています。
明治以降、急速に諸外国の思想が我が国に入ってきたことで、新しい価値観を消化しきれず、政治、教育、経済その他様々な分野で混乱が生じていました。
特に第一次世界大戦後(大正7年)、民主主義、マルクス主義、社会主義、共産主義、無政府主義などの西欧の革新思想(革命思想)が一挙に日本に流れ込み、これらの思想は、国家否定、民族主義否定、愛国主義を否定する性格のもので、いわゆる今の左翼はこの時から始まりました。
我が国では大正11,2年ごろ、左翼思想は全大学を風靡するほどの勢いになりました。その時起こったのが関東大震災です。
また社会党の村山富一氏が首相だった時には阪神淡路大震災、小泉純一郎氏が首相の時には中越地震をはじめ、日本中にあらゆる災害が起きました。
天変地異とは「自然災害による穢れの浄化作用」と言えます。天変地異が頻発すると言う事は、治世に誤りがあると言うことを政治家は知るべきでしょう。
戦後の歴代総理大臣の中でも、特に小泉首相の時には異常な数の天変地異が起きています。
度重なる台風、ゲリラ豪雨、地震、夏季の酷暑、冬季の異常寒波による甚大な被害や、浅間山の噴火による降灰による農作物への被害もありました。
特に記憶に残るのは平成15年9月3日、晴天から突然猛烈な雷雨となり、国会議事堂に落雷した事です。
また平成17年7月23日、東京直下で震度5の内陸地震が発生し、エレベーターが数万件停止しました。
如何に小泉元総理の政策が、我が国の国益を損ねたものであったかをうかがい知る事が出来ます。
また、皇太子徳仁親王殿下が小和田雅子さんとご成婚された平成5年から6年にかけては、天候不順による未曾有の米不足となり、米余りと言われて減反政策を採り続けてきた我が国が、外米を食べなければならないと言う事態に陥りました。
米は我が国にとっては最も重要な食物であり、神話の時代から我が国民は米を主食とするようにと言う、天照大御神による「斎庭の稲穂の神勅」にもある通りですが、その米が我が国で賄えなくなるとは、余程天意に適わない事があったと言うことではないでしょうか。
皇太子殿下と小和田雅子さんとのご成婚を、昭和天皇が最後まで危惧され、反対なさっておられました。
昭和天皇の崩御を待って、ご成婚への段取りを進めていたとの風評もあります。
近年、皇太子ご夫妻に対して様々な事が取り沙汰されていますが、特に目を引くのは西尾幹二氏の「皇太子さまへの御忠言」で、その中で「皇太子殿下が妃殿下によってコントロールされているのではないか」と言う危惧について書かれています。
皇太子妃の父親である小和田恆氏は外務省で実権を握っていた人物であり、自虐史観を肯定する「村山談話」とは、その小和田氏の国会での答弁を基に作ったものです。
昭和60年11月8日衆議院外務委員会における、当時の外務省条約局長小和田氏の見解とは、日本国はポツダム宣言を受諾する際に「一切の戦争犯罪人を処罰すること」に同意したという事でした。
このような自虐史観を肯定するような人物の娘を皇室に入れ、皇室を穢す行為が天神地祇の怒りに触れたと考えても良いと思います。
もし、今後も国益を損ない続けるような政治判断が続くような事態になれば、また皇室を解体するような勢力をこのまま放置しておけば、想像もつかないような天災を招く事になるかもしれません。
このような事態にならないようにする為にも、真に国益を考えて行動することが出来る政治家を選ぶ事が重要です。
もしこのまま「生活第一」と言う目先の利益ばかりをちらつかせるような政治家を選び続けるなら、私達日本人は間違いなく国を失う事態になりかねないのです。

6.五大神勅を踏襲し、神政復古へ
我が国は大東亜戦争終結後、GHQによる占領政策によって自虐史観を洗脳され、日本は悪い国であり、日本人は悪人であるとされてきました。
この国を真の姿に戻すためには、神政復古以外ありえません。
神政復古とは「神代に帰る」ことを指し、つまり天照大御神と高御産巣日神がお示しになられた五つのご神勅に基づいて生きていく事にほかなりません。
成すべきことは、五大神勅の踏襲です。

第一、「天壌無窮の神勅」
つまりこの日本の国は天照大御神の直系の子孫たる万世一系の天皇が統治されるべき国であると言うことをお示しになられました。
その為には「天皇に主権を奉還する」必要があります。
日本は神代の時代からご神勅に基づいて天皇によって統治されてきたのであり、国民の代表が統治すべき国ではありません。
戦後GHQの画策により、我が国は天皇による統治が不可能となってしまったことで、このご神勅を踏襲できなくなってしまいました。
その為、今日、日本は滅亡の危機を迎えていると言えるのです。
さらに戦後の宮家の断絶や皇室に男子のご出生が極めて少ないと言う事から、皇統断絶の危機も迫っています。
男系男子の皇位継承を確実にして、天皇を支えるべき皇室の藩屏の再建を図るための解決策として、早急に旧皇族の皇籍復帰による皇統の安定を計る必要に迫られています。

第二、「宝鏡奉斎・同床共殿の神勅」
八咫鏡を天皇と共にし、お祀りしなさいとお示しになられました。
八咫鏡は第10代崇神天皇の時代、天照大御神の神威の強さを畏れて宮中の外に祀ることにし、代わりに新たに形代が作られ、それを宮中でお祀りするようになりました。
そして第11代垂仁天皇の時、高天原からもたらされた八咫鏡は現在の伊勢神宮に御奉斎されて現在に至っています。
つまり崇神天皇以来、八咫鏡の御分霊を宮中で御奉斎している事になります。けれどもこれでは真にご神勅を踏襲しているとは言えません。
第10代崇神天皇の御代に形代をお祀りするようになった後、第30代用明天皇の御代には崇仏派の蘇我氏が排仏派の物部氏を破った事で、その後仏教勢力が台頭してきました。
それまで日本は独自の文字としてアヒルクサ文字やホツマ文字などの神代文字を使用していましたが、仏教の普及と共に急速に漢字を普及させ、全ての文化が支那から輸入されたものであるかのように日本の古代史を改竄されてしまったのです。
このように天皇家の根幹である神道が、外来の仏教によって退けられる事態になったことは、まさに同床共殿のご神勅の踏襲がなされていなかった事によるものと言えます。
さらに現代に至っては、天皇家を取り巻く人々に悉くキリスト教に関わる人達が多く、彼らによって天皇の宮中祭祀を蔑ろにされていると言う、憂うべき状況から脱する為には、改めてご神勅を正しく踏襲して頂く必要があると考えます。
そこで現在伊勢神宮に祀られている、高天原からもたらされたとされる八咫鏡を宮中に御奉斎し、常に「同床共殿」にて天皇がお祀りされることで、天照大御神の真の御神徳をお示しになることが可能になります。
ですから現在、宮中で御奉斎されている八咫鏡の御分霊を伊勢神宮で御奉斎すると言う、本来のあるべき姿に戻す事が必要と考えます。

第三、「斎庭の稲穂の神勅」
つまり我が国民は米をもって主食とするようにとお示しになられました。
日本人の食生活は戦前までは米食が基本でしたが、戦後は世界中の料理が紹介され、あらゆる食材が輸入された事で、一般家庭においても世界中の料理が並ぶようになりました。
その結果、洋食中心の食生活になったことで、米離れ→米余り→減反→農家の減少→自給率低下→食料大量輸入、と言う悪循環が起きてしまいました。
戦後私達日本人が「米」を疎かにしてきた結果、自らの首を絞める事態を引き起こしてしまいました。
日本がこれからも飢える事なく生きていく為には、「米」は日本人にとって最も適した食であることを再認識し、この「斎庭の稲穂の神勅」をしっかりと踏襲するほかありません。
その為には農家に米作りを奨励し、日本人の主食は米であるということを国民に知らしめることが重要と考えます。

第四、「神籬磐境の神勅」
つまり我が国民は敬神崇祖を怠る事の無いようにとお示しになられました。
敬神崇祖を復活させる事で、万世一系の天皇の弥栄を祈念して君臣一体の国柄を取り戻し、祖先をお祭りすることで先祖から引き継いできた祖国を大切に守ろうとする心を培う事が出来るでしょう。

第五、「侍殿防護の神勅」
つまり国家の平和と国民の安全が危機に陥るような事があったら、それぞれの立場で覚悟を決めて力を尽くすようにとお示しになられました。
國體を護持するために、先ず日本国憲法第九条を破棄し、国難に遭遇した際、自衛隊が日本国軍として動けるようにし、国防を推進する必要があります。
正しい歴史認識を持ち、誤った自虐史観(従軍慰安婦、南京大虐殺など)を一掃して、我が国は誇りある国であると自信を持って思えるようになれば、必然的に祖国を守る必要性を認識する事は出来るようになるでしょう。

古来、顧みれば、我が民族は天照大御神より賜りたる五つのご神勅を有する者であり、また万世一系の天皇を戴いている比類なき民族であります。
この天照大御神と高御産巣日神の五大神勅を正しく踏襲するならば、間違いなく我が国は恒久的に平和な国となり、また世界をも変える原動力へとなって行くことでしょう。
そして日本国民が五大神勅に基づいて生きる為には、初等教育において肇国神話を学ぶ必要があります。
世界のあらゆる国でその国の成り立ちを教えているにも拘わらず、我が国の初等教育に於いてはほとんど日本の神話に触れる授業はありません。
このことは日本人と言うアイデンティティを失わせるための謀略であり、実際、戦後の日本人は祖国意識をほとんど持たない、ただの人種として日本人と言う意識しかありません。
また自国に対しての愛国心が薄れてしまっているせいで、諸外国から日本に対する非難を受けると、どこが悪いのかを検証することも無く、ただひたすら謝るばかりです。
我が国の肇国神話を初等教育でしっかりと学び、天皇と国民との関係、日本が神国である所以などを正しく理解する事で、日本人としての本分を全うする事が出来るものと考えます。

7.誇りある日本を再生するための、陰陽の国防
日本は神代の時代から神道の国であり、仏教、キリスト教、その他の宗教が支配する国ではありません。
かつて後醍醐天皇は倒幕、天皇親政を目指しましたが、その際利用したのが真言密教でした。
密教は仏教の中でも呪術性が強く、非常に危険な宗教ですが、密教を利用した事がその後、南北朝時代と言う天皇家を二分する非常事態を引き起こしたのです。
一方、同じように天皇親政を目指した明治天皇は、廃仏毀釈を奨励して仏教を徹底的に排除し、日本は神国であるから神道を重んじようとされたことが、天皇親政を成功へと導いたと言えます。
日本の使命は有史以来変わる事なく、天皇を中心とした神政政治のもと、神と人とが共に歩む「神人合一」の顕現であり、つまりこの神人合一の世界を地球上に示す事で、世界人類の幸運を司ると言うことなのです。
その為にも我が国は、世界に範を示す国家へと変革する必要があるのです。
以上のことから、真の国防とは陰陽の国防、つまり物質的な国防と霊的(精神的)国防の両面によって達成されるのであって、どちらか一方のみでは不完全であると言うことがご理解いただけたことと思います。

衛星放送局の日本文化チャンネル桜の水島聡社長が番組の中で、「国民とは今生きている人間だけを指すのではなく、過去の祖先から未来の子孫に至るまでの人々を指すのである」と仰っていましたが、まさにその通りであり、国防とは単に今生きている人間の生命・財産を守ることではなく、過去から受け継いできた國體、伝統、文化、国柄を未来の子孫の為に守ることなのです。

羊頭狗肉の民主主義

大東亜戦争(後に欧米列強によって太平洋戦争または第2次世界大戦と改められる)後、
アメリカによって押し付けれらた民主主義は、本当に日本民族を幸せにしてくれたのでしょうか?
少なくとも、現在の様々な社会現象を見る限り、人々の道徳心は失われたかのように見え、また民主主義と共に個人主義、自由主義といった弊害も出現し、「カネ、カネ、カネ」と人生の目的がお金目当ての成金主義に成り果ててしまい、少なくとも「大義名分」を掲げて生きると言った人々はほとんどいなくなってしまったかのように思えます。

民主主義と一口に言っても、様々な解釈があるようですが、少なくとも民主主義が適正に機能するには、高度な教育を国民全体が受けていて、身分の格差があまりないことが前提としてなければ、成り立たないと思われます。
また、民衆の意識やその国の環境、そして上に立つ人物に適正がなければ、民主主義は正当性の理由付けの道具でしか使われないでしょう。

民主主義によって、日本国民は皆、自由を得て平等になったと信じ込まされていますが、
その民主主義をもたらした、欧米列強(ユダヤ財閥)の新の目論みは全世界支配(非ユダヤ人の奴隷化)にあります。

偽書説もありますが、そのユダヤ財閥による支配について書かれたものが「シオン議定書」です。
その内容は大体次のようなものです。

『政治において暴力と恐怖こそが力である。
我々ユダヤ人は表向きは道徳的であらねばならないが、裏では策謀と偽善をもって事に当たらなければならない。
民衆の欠点,悪習、欲情を助長し、社会生活上の取り決めを複雑化することで、
彼等の心の中に不和の種を蒔き、我々に従おうとしない集団を攪乱せよ。
新聞とマスコミは我々の手中に落ちている。
此れを用いて民衆の盲目的な信仰を高め、彼等の不満を煽り立てるのだ。
また、経済生活で優越を得るための厳しい闘争と市場での絶えざる投機に民衆の関心を引き付けねばならない。
そこから得られる利益は、非ユダヤ人の手から投機家を通じ、全て我々の金庫に収まることになる。
自分の利益に没頭し、高尚な政治や宗教に嫌気が差していった非ユダヤ社会は、やがて瓦解してしまうだろう。
全くの自由の権利は、長い年月、人民を苦しめ、生活の道を奪い、自らの罪を知らぬペテン師どもの搾取を欲しいままにさせた。
我々が非ユダヤ人国家を覆すために幾度となく彼らをそそのかして起こした無意味な革命によって、うんざりしてしまった人民は、名目だけの自由の権利よりも、安楽に暮らせる奴隷の方がましだと思うようになる。
民衆を憎悪、闘争、欠乏、飢餓に晒し、最後には我々の金力とその支配下に入る以外に道が無い様に追い込むのだ。』


この内容は、まさにフリーメーソンの世界支配の目論見と一致しているのではないでしょうか。
現在の日本において、現実に起きている事柄、当たり前と思っている事柄などが、裏の支配者によって確実に支配されて行なわれていることなのだと思うと、恐ろしいことです。
特に最近は猫も杓子も「株」取引にはまってしまっているように思えますが、「シオン議定書」に書かれているように、投資家が「株」に費やしたお金は、全て裏のユダヤ(フリーメーソン)が掃除機のように吸い上げているのであり、決して投資家が儲けるようなシステムにはなっていません。
投資家はそこをしっかりと理解した上で投資すべきであり、「楽に儲けたい!」という安易な考えで、一生懸命稼いだお金を闇雲に投資すれば、ユダヤ勢力がいとも簡単に皆さんの全財産を掠め取るのですから。

「シオン議定書」の真偽の程は定かでないとしても、「ある」ということを前提にして世の中を見ることは重要であり、無防備に口を開けて、彼等の思うままに翻弄され続ければ、
最後は本当に彼等の奴隷になるしかないのだという、危機感を持って世の中の出来事を客観的に眺める必要があるでしょう。

無防備でいるのと、危機感を持っているのとでは洗脳の度合いは全く違ってきます。
つまり、「無知ほど怖いものは無い」のです。

16世紀、日本に宣教師として入り込んだフランシスコ・ザビエルの目的は、キリスト教の布教という羊頭を掲げ、日本の植民地化という狗肉を売ることでした。
けれどもそれは彼一代で終わる話ではなく、まさに現在に至るまで、400年以上に渡る長期計画をもって、少しずつ、けれども確実に乗っ取ることが彼等の狙いでした。

幕末の儒学者、大橋訥庵は、その著書『闢邪小言』で、西洋人を鋭い眼力で洞察して次のように書いています。

「西洋の野蛮人は、その主たる要望は利益であって、その貪り、欲張る心は飽く事無く、常に人の国を観察・調査して簒奪(さんだつ)する事を考えている者達である。
だから人の国が衰弱すれば、兵力をもって呑み込んでしまい、すぐに自分のものにしてしまうし、その国が強く手を下すことが難しいと見れば、敢えてすぐには争わないで、ウソの邪説を浸透させ、先ずは人心を惑わして、少しずつ自分を頼らせて、国の力を弱らせていき、攻撃のチャンスを待っているなどは、妖怪のように巧みで老狐などの比ではない。」(吉野作造編『明治文化全集』第15巻「思想編」67頁)


ところで、このユダヤ人による世界支配の目的の為にフリーメーソンと言う結社が出来たわけですが、これはまさに悪魔の象徴でもある「蛇」の二枚舌と同じであり、「羊頭を掲げて狗肉を売る」ことをしているのです。
つまり、彼等には表と裏があり、表では自由・平等・友愛を掲げる慈善団体であり、裏では世界支配を目論むサタン崇拝の秘密結社と言えるでしょう。
フリーメーソンの入会案内の内容は、誰もが素晴らしいと共感出来る内容であり、慈善事業に興味のある人であれば入会を希望する人も多いでしょう。
ところが、世間では秘密結社だのサタン崇拝だの、フリーメーソンの恐ろしさを訴える人々が後を絶ちません。
入会案内の内容と全く反対のことが言われているのですから、一般人はどちらを信じたらいいのか解らなくなってしまうでしょう。


けれどもフリーメーソンは黒魔術集団であることは間違いないでしょう。

アメリカの1ドル札に印刷されたピラミッドの中にある「目」とフリーメーソンのロッジしの正面玄関のステンドグラスに描かれている三角形の中にある「目」は同一のものであり、これはサタンの目とも言われています。

「シオン議定書」に書かれた内容は、悪魔にとって都合のいい、弱肉強食、悪徳、性悪説といった考えに基づいて、非ユダヤ人を奴隷化、支配する方法です。
そして一方では隠れ蓑のフリーメーソンを使って、表向き友愛団体として振る舞い、一般人のフリーメーソンやユダヤ財閥についての猜疑心を払拭する役目を担っているのです。
特に日本人は性善説に基づいた考え方をしてしまうので、まさか「シオン議定書」に書かれたようなことが実際にあるはずがない、と真実を知ろうと努力する前に打ち消してしまうのです。

けれどもこのまま彼等のシナリオ通りに洗脳され続ければ、悪魔の西洋文明に振り回され、人類は破滅に向かうでしょう。
西洋文明はこの醜い姿を隠すために、「自由・平等・友愛・資本主義・民主主義・男女同権・労働者のための共産主義」など様々なベールや方便を不可欠としてきたのです。
悪魔の魔法の核は、人間に対する悪徳な利己主義、個人主義や物質主義、科学万能主義などの洗脳です。
品性の無い、我欲の強い、物質主義に人類を縛り付けて、様々なマインドコントロールや教育、標語(悪魔の言葉)、象徴的(黒魔術を象徴するような)な記号などによって、利己主義というガン細胞を植え付け、増殖させ続けているのです。

悪魔の死と破壊、暴力による恐怖や虚栄、快楽と利害打算の悪徳、自己中心的拝金主義によって物質主義の檻に閉じ込められた人間は、悪魔に自由自在、簡単に操縦され続けてきたのであり、そして肉体が滅びた後、魂の存在となってからも操縦され続けるのです。

では、この悪魔の仕掛けたワナ、檻から自由になるにはどうしたら良いのでしょう。
それは、人間の存在意義をもう一度考え直すことから始まります。


「人間は食べるためや快楽を追求、享受するために生まれてきたのではありません。
各々の魂が目的を持って、志を全うするために生まれてきたのです。」


人間は皆、この地球に生まれる前に目的を持って生まれてきます。
けれども現代の西洋的学問はこの人間としての本当の目的を、絶対に思い出せないようにワナを仕組んでいるために、ほとんどの人が目先の快楽追求に人生を投じて無駄に過ごしています。
人間は金儲けをし、得をして、美味しいものを食べ、贅沢をするために生まれてきたのではありません。
この世に出てくる前に、自分が自己の志を全うする道を選んできたのです。
多くの人間は、この世で自己中心的、利害打算、欲得の物質主義に振り回されているために、自己の生まれてきた真の目的を忘れてしまっているのです。

志とは、大義名分であり、自分が立派になり、天下国家、社会に貢献しようとする強い意志のことです。
つまり「滅私御奉公」の精神です。
自らが選んだ職業(道、また女性ならば)家事、子育ても立派な職業です)を通して天下、国家、社会や人の役に立とうとする工夫と飽くなき努力をすることです。
人間はもし自らを幸福に導きたいのなら、自らが報われたいのなら、
他人や社会、森羅万象の役に立つことを率先して行い、悪魔集団のような害虫や寄生虫(他人や他国を利用して安易な金儲けを企んだり、騙し取ったりするような行為)に成り下がってはならないのです。
自分以外への利徳を積まなければ、決して自らが真の幸福になることは絶対に出来ません。
自分以外の他に対して徳を積むことを惜しんではなりません。
徳は魂の栄養剤です。

志とは徳を積む気構えであり、自分流の道(天職)を極める原動力です。
徳を積むことに決して見返りを求めてはいけません。
見返りを求めた時点で、それは単に偽善となり、徳を打ち崩すことになるからです。

この道が極まれば志が確固不動となり、宇宙・森羅万象と調和するのです。
その時初めて真の幸せな気持ちに満たされるでしょう。
私心が無く、大義のために生きていくことで、ポジティブなエネルギーが原動力となり、その一部の果実が富や安定であり、安心立命となるのです。
そして素直と感謝の気持ちが、悪魔の仕掛けた檻から出る唯一の「鍵」となるのです。
この人間としての道はまさに神道の生き方でもあります
。それは「敬神生活の綱領」に記されている通りです。

神道は天地悠久(てんちゆうきゅう)の大道であって、崇高なる精神を培(つちか)ひ、太平を開くの基(もとい)である。
神慮(しんりょ)を畏(かしこ)み、祖訓(そくん)をつぎ、いよいよ道の精華(せいか)を発揮し、人類の福祉を増進するは、使命を達成する所以(ゆえん)である。
ここにこの綱領を掲げて、向ふところを明らかにし、実践につとめて以て大道を宣揚(せんよう)することを期する。
一、神の恵みと祖先の恩とに感謝し、明(あか)き清きまことを以て祭祀にいそしむこと
一、世の為人の為に奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと

一、大御心(おおみこころ)をいただきてむつび和(やわ)らぎ、国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること

このような素直と感謝と他への奉仕の気持ちを持って日常生活を送り、また生業を通して社会に貢献する高い志を持って人生を歩むならば、波長共鳴の法則により、家庭、職場、社会が調和のある世界へと変化し、更に世界へと広がれば、羊頭狗肉の民主主義の脅威から解き放たれ、萬族協和の王道楽土(真の世界平和)が現実化していくのです。

2010年11月12日 (金)

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2010年11月11日 (木)

陰陽道 陰陽會

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2010年11月11日 (木)

陰陽道 陰陽會 設立の趣旨

当会のご祭神である安倍晴明公は、我が国の国風(くにぶり)文化が最も栄えた平安時代中期に活躍した陰陽師でした。

 晴明公は天文道に傑出し、その他様々な方術などの陰陽道の技術に関して卓越した知識を持ち、平安貴族たちの信頼を受けた大陰陽師で、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生んでいきました。

 本会の陰陽頭(おんみょうのかみ)舊事希軍(くじまれとき)は、前世に於いて晴明公の一番弟子としてその全ての知識、秘術を会得し、今世にはその記憶を全て持って生まれてきました。

 我が国が露西亜・支那・朝鮮に併呑されようとしている有史以来の危機に瀕している現状を鑑み、

 國家存亡の國難にあたり、萬難を排し、國體の明徴と國威の発揚に邁進せよ

 御祭神であられる安倍晴明公の御神託を頂いて、本会は発足致しました。

 この未曾有の国難に際して、皆様が陰陽道の秘術によって心身共に罪や穢れを祓い、禍を遠ざけて希望に満ちた人生を送れるように、更に国民一人一人が浄明正直な精神で皇室をお護りする藩屏(はんぺい)となり、この国の国土と伝統文化を護る防人として尽忠報国することが出来るように全面的に支えて参ります。

 本来の神国日本に生きる臣民としての誇りを堅持しつつ、個人の幸せを通して人類の真の平和、繁栄(萬族協和の王道楽土)の為に務めることが本会の使命です。

 

 

 

ご祈願

陰陽道で最も重要なことは、祭祀つまり祓ひ御祈願です。

陰陽道による祭祀とは、禍によって生じた穢れを祓い、怨霊、物の怪などの祟りを鎮める事です。

誰もが人生を楽しく有意義に生きていきたいと望んでいる事と思いますが、人生には思い通りにいかない事が多々生じます。

出来うる限りトラブルが無い事が望ましいのは当然ですが、人はトラブルや困難に遭遇することで初めて気が付くこともあるものです。

困難に遭遇すると云う事は、今までの自分の考え方に何らかの軌道修正が必要であると云うことを知る為にとても重要な事ですが、余りに大きな困難に遭遇してしまうと押しつぶされてしまい、人生を活き活きと生きていくことが難しくなっていきます。

大難を小難に、小難を無難にすることが出来れば、禍を福に転じて、より一層人生を充実させながら生きていくことが出来るでしょう。

陰陽道とは、先ず禍の原因となった穢れを祓って心身を清浄にし、次に自らの様々な人生における望みを願意としてご祭神に祈願して、「ご利益を得る」のではなく「ご加護を頂く」ことで、無理なく楽しく人生を生きていくと云う「祓いとご祈願」が基本です。

当会では以下の御祈願の他にもご相談内容によって様々な御祈願を申し受けます。

皇室弥栄神恩感謝

人生儀礼にまつわる御祈願

安産初宮七五三十三参り成人奉告良縁結婚式・寿祭

人生を切り開いていく御祈願

学業成就合格心願成就立身出世開運

仕事にまつわる御祈願

商売繁昌事業繁栄選挙当選必勝・大漁

安全にまつわる御祈願

交通安全家内安全旅行安全安全

禍を除ける御祈願

盗難除方除(まがごと)消除厄除縁切

身体にまつわる御祈願

身体健康病気平癒鹿算加持(ろくさんかじ)

自動車にまつわる御祈願

自動車の清祓

家にまつわる御祈願

地鎮祭上棟祭宅神祭・家屋清祓入居前清祓

改装改築前後の清祓家毀(こぼ)井戸清祓樹木伐採奉告

神棚にまつわる御祈願

神棚奉斎(ほうさい)神棚毀(こぼ)

事務所にまつわる御祈願

開所式・起工式・竣工式

土地・建物にまつわる御祈願

土地・建物・店舗・倉庫の清祓

天災にまつわる御祈願

神風除神鳴除地震(なゐ)之禍除火難水難除

その他特殊祈願

物之清祓呪詛解除新生児選名・命名企業・団体の名称選定自祓ひ

葬儀・御霊祭(みたままつり)にまつわる祭祀

神葬祭

年祭(式年祭・年忌)

御霊祭・新御霊祭

春秋祖霊祭

招魂続魂祭

神葬祭と祖霊の祭祀

 

神葬祭の流れ

 

祖霊の祭祀祖霊舎の祀り

戦地慰霊祭

その他ご相談の内容により、特殊祈願も承ります。

※出張祭典は極力1ヶ月以上前、御参拝および遠隔ご祈願は2週間以上前に、ご予約願います。

※出張祭典の場合、場所によっては別途神祭具の送料・燃油代又は交通費等がかかる場合がございます。

※初穂料・祭祀料はケースにより異なる場合がありますので、予めご了承下さい。

※詳細はお問合せ下さい。

ご参拝・ご祈願をなさる方へ

昇殿参拝

出張祭典でご用意いただくご神饌等について

物之清祓

「物」には穢れが付着する場合が多々あります。

特に宝石類(特に水晶)、人形、中古品、骨董品、喪服、数珠などは様々人の思いや穢れが付着することで、禍を招く恐れがあります。

これらの物を穢れが付着した状態で所有していると、更なる穢れが付着する事から、禍を招き、事故・怪我・病気・家庭の不和・経済的損失などの様々な良からぬことが生じます。

物の清祓をすることで穢れを祓い、禍を遠ざけて下さい。

穢れは一度祓えば終わりと云う事ではありません。

手元に置かれる場合は、定期的に穢れを祓い、常に清浄な状態に保って下さい。

特に宝石類は定期的な清祓をお勧め致します。

1件につき初穂料・・・5千円

・宝石類は毎月清祓されることをお勧め致します。
・喪服、数珠はご使用の都度、清祓をお勧め致します。

場合によっては対応が異なる場合がありますので、御相談下さい。

遠隔での清祓、もしくは持込が困難な場合は、
当会から形代(かたしろ)をお送り致しますので、
お申し込みの際、必要枚数をお申し出下さい。

地震之禍除(なゐのわざわひよけ)

近年、地球規模で様々な天の禍(わざわひ)が起きております。

古来から我が国では、天の禍は天譴災異(てんけんさいい)と呼び、
治世の乱れから天の荒びとなり、枉津日(まがつひ)が生じ、禍が起きるとされてきました。

一度大地震が起きれば、大災害にもつながります。

穢れを祓う事によって禍を遠ざけ、災難を除けるように祈願致します。

初穂料・・・5千円

授与品・・・御神札

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火難除・水難除

近年、地球規模で様々な天の禍(わざわひ)が起きております。

古来から我が国では、天の禍は天譴災異(てんけんさいい)と呼び、
治世の乱れから天の荒びとなり、枉津日(まがつひ)が生じ、禍が起きるとされてきました。

火難・水難は天の禍によるものだけでなく、人為的な禍によってももたらされるものですが、
穢れを祓う事によって禍を遠ざけ、災難を除けるように祈願致します。

初穂料・・・5千円

授与品・・・御神札

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地鎮祭

地鎮祭とは

地鎮祭は「とこしずめのまつり」とも言います。
建築物を建てる際に、最初に行う儀礼です。
土地の神々の霊を鎮め、敷地の穢れを清祓し、弥栄を願い、工事の安全を祈願するものです。

主な地鎮行事
刈初之儀 地鎮之儀の最初の儀式です。
設計者が忌砂に向かって、三度忌鎌で草を刈る所作をします。
穿初之儀 建築主が忌砂に向かって、三度忌鋤を入れる所作をします。
鍬入之儀 施工者が忌砂に向かって、三度忌鍬を入れる所作をします。
鎮物埋納之儀 斎主が地鎮之儀の際に、鎮物を埋納する儀式です。

初穂料・・・3万円(鎮物含む)

鎮物とは
鎮物は、土地の神霊を和め鎮めるために捧げるお供え物として、地鎮の儀である米・塩・お神酒・切麻による散供、忌鎌・忌鋤により起工の所作を行う刈初・穿初の儀に引き続き行われる鎮物埋納の儀の際に用いられます。

鎮物は忌物(斎物)とも称して、鉄板によって作られた人形や刀・盾・矛鏡など数々の物が
あてられ、その土地に埋納されます。
以上のように、地鎮祭に欠かせない呪物としての鎮物です。

鎮物について・・・建物の大きさ、用途および施主の希望により上等の鎮物をご用意しています。
詳細はお問合せ下さい。

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上棟祭

棟祭は、棟上とも言われる祭式です。
建築にまつわる祭式の中で、最も重んじられる儀式です。
建物の守護神と工匠の神さまにこれまでの工事が無事に進んだ事を感謝すると共に、
竣工に至るまでの安全と建物の永遠堅固をご祈願する儀式です。

主な上棟行事
①曳綱の儀または棟木祓の儀
②槌打の儀
③散餅・散銭の儀または棟札奉祀の儀

上棟飾りと棟札は、上棟後棟木に掲げられ建物の完成時には、末永く、家内安全、災難厄除を願い、建物が建っている限り、永遠に屋根裏にお祀りされます。

初穂料・・・5万円  上棟飾り・棟木のセット込み

上棟飾り、棟札は上等品もございます。お問合せ下さい。

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Munafuda

宅神祭・竣工祭

地鎮祭から始まった工事が上棟祭を経て無事に終了し、建物の無事完成をを神々に奉告し、建物の堅固長久と施主の弥栄を祈願する儀式です。

近年では竣工祭や宅神祭を執り行う施主が少なくなってしまっていますが、建築にまつわる大変重要な祭典の一つです。

宅神祭は一般家屋や事務所などの完成の際に執り行います。

この際に神棚の奉斎なども併せて執行する例が多く見られます。

竣工祭はビル・公の建物の完成の際に執り行います。

宅神祭 初穂料・・・3万円

竣工祭 初穂料・・・30万円

Takushinsai

土地・建物・店舗・倉庫の清祓

土地・建物・店舗・倉庫等の清祓によってその場所の穢れを祓い清めます。

建売住宅の場合、地鎮祭が行われていない場合があります。

中古住宅の場合は前の持ち主の念によって、
賃貸の場合は何人もの借主の念や穢れによって、
持ち家でもマンションなど上下左右に隣近所が接している場合、
上下左右の住人の念や穢れによって禍を引き起こす場合が多々あります。

これらの穢れが原因となって、様々な禍が生じて、
本来安らぎを必要とする場所が居心地の悪い場所になる事が多々あります。

土地や建物には常に様々な穢れが生じますので
定期的な清祓によって清々しくお過ごしになって下さい。

※場合によって対応が異なる場合がありますので、御相談下さい。

※遠隔にてご祈願申し受けます。

授与品・・・御神札をお頒かち申し上げます。

初穂料・・・1万円

出張祭典・・・3万円

厄除

厄年とは災難や障害を被り易い年齢と言うことで、一般的に知られております。
当会では厄年であるからと言って特に災いがあるということは考えませんが、世間では当然のように言われていることから、少なからず気になさる方もいらっしゃることと思います。

全ては想念によって引き起こされるわけですが、何か気になることがある度に、厄年の所為ではないかと思っていると、ネガティブになり、益々良くないことが現実化していきます。
そこで、厄年が気になる方に、当会の厄除の御祈願をお勧め申し上げます。
陰陽大神の御加護を頂くことで、災厄が身に降りかからないよう御守護申し上げることが出来ます。

また、男女とも13歳49歳59歳61歳69歳79歳は大事な年齢ですので、厄祓いの御祈祷をお勧め致します。

自動車の清祓

自動車による様々な事故の禍を防ぐよう、ご祈願申し上げます。

清祓された後は、交通規則を遵守して安全運転を心掛けて下さい。

年に1度は清祓されることをお勧め致します。

遠隔にて清祓をご希望の際は、当会から車形代をお送りいたしますので、お申し込みの際、必要枚数をお申し出下さい

車の清祓   1台    初穂料・・・5千円

授与品・・・御神札・御守

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結婚式

結婚式は、数ある人生儀礼の中でも最も晴れやかな人生の節目です。
新郎新婦のお二人の新しい生活を神様に奉告し、またご神前にてこれからの人生の苦楽を共にして明るく楽しい家庭を築き、子孫の繁栄を誓い合います。

当会ではご新郎さま、ご新婦さまのお好きな場所(ご自宅や会場)での出張祭典にて
神前結婚式を厳かに執り行います。

神前結婚式 式次第(一例)
新郎新婦参進 新郎新婦がご神前に進みます。
斎主参進 斎主がご神前に進みます。
修  祓 神さまをお招きする前に、祭壇や参列者様をお祓いして清めます。
斎主一拝 祭典の開始をご祭神にお告げ致します。斎主に合わせて一拝して下さい。
降神之儀 神籬に大神様をお迎え致します。
献饌之儀 ご神前に神饌を御供え致します。
忌火之儀 ご神前に灯りを点します。
祝詞奏上 お二人の嫁ぎの旨を御神前にお申し立て致します。
三献之儀 三三九度の盃をお受け頂きます。

一献目 新郎様より新婦様、再び新郎様の順にお受け頂きます。

二献目 新婦様より新郎様、再び新婦様の順にお受け頂きます。

三献目 新郎様より新婦様、最後新郎様の順にお受け頂きます。

誓詞奏上 ご神前にお二人の絆をお誓い頂きます。
指輪之儀 お二人の指輪を交換して頂きます。
玉串奉奠 最初に斎主が玉串を奉りて拝礼致します。
次に新郎新婦がご神前に玉串を奉りて拝礼頂きます。
次に媒酌人(御親族)の方に御両家を代表されまして玉串を奉りて拝礼頂きます。
御両家御親族の皆様は合わせて拝礼頂きます。
親族盃之儀 新郎新婦様、御両家の皆様でお神酒を拝戴していただきます。
鎮魂之儀 斎主が磐笛を吹奏致します。
徹饌之儀 ご神前にお供えした神饌を徹します。
昇神之儀 お迎えした大神様にお帰りいただきます。
斎主一拝 祭典の終了をご祭神にお告げ致します。斎主に合わせて一拝して下さい。

詳細はお問合せ下さい。

安産祈願

出産の無事を願い、安産を御祈願申し上げます。

木花開耶姫命(このはなのさくやみめのみこと)は地祇(くにつかみ)である大山祇命(おおやまつみのみこと)の御女(おんむすめ)で、高天原から降臨された天神(あまつかみ)の御子である皇孫ニニギノミコトと結婚なさいました。
姫は一夜にして妊娠され、無事安産。

御産みになった三人の御子を立派に御育てになりました。
結婚・安産・子育ては、正に「女の大役」であり、誰しも木花開耶姫命の御神徳を仰ぎたくなろうと言うものです。

特に出産は困難を伴い、生まれ出る子も未知であります。
そこで、人知の及ばないところに神の御加護を願うための御祈願です。

当会にて安産の御祈願をなさった方には、下記の授与品をお頒かち申し上げます。

初穂料・・・1万円

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初宮

私達日本人は、遠い祖先の昔から、様々な良い伝統を受け継いできました。
人生の節目節目に行われてきた「人生儀礼」もその一つです。
世の中は時代と共に変わっていますが、
昔から伝わり守られてきた人生の英知を大切にすることで、赤ちゃんの人生を明るくすることになるでしょう。

お七夜の祝い
普通、生後七日目までに赤ちゃんの名前を付けます。
この日、誕生の証に名前を書いて神棚などに掲げて神様に奉告し、親戚や縁者一同にお披露目をします。


初宮詣
普通男児は生後31日目に、女児は33日目に祝い着(紋付)を着せて神社に参拝し、家族揃って成長御加護を祈願します。
(生後1ヶ月後のお子様の体調の良い時に御参り下さい。)

初穂料・・・1万円

Hatsumiya

陰陽道による神葬祭

神葬祭とは我が国固有の神道の形式によって行われる葬儀のことを指します。
記紀の記述によりますと、仏教渡来以前から、我が国固有の葬法が存在した事が知られています。
葦原中国平定のために、高天原から降ろされたもののその使命を果たさぬままに「還矢」にて死亡した天若日古の葬儀に際して、
是(ここ)に天在(あめな)る天若日古(あめのわかひこ)が父、天津國玉神(あまつくにたまのかみ)、及其(またそ)の妻子(めこ)ども聞きて、降(くだ)り来て哭(な)き悲みて、乃(すなは)ち其処(そこ)に喪屋(もや)を作りて、河雁を岐佐理持(きさりもち:葬儀の際に死者への捧げ物を持ち従う者)とし、鷺を掃持(ははきもち:葬儀の際に穢れを祓い、墓所の掃除のために箒を持ち従う者)とし、翠鳥(そに:かわせみ)を御食人(みけびと:死者に供える御食を調理する者)とし、雀を碓女(うすめ:米をつく女)とし、雉(きざし)を哭女(なきめ:葬儀の時に哀れを添えるために雇われて泣く役をする女)とし、如此(かく)行ひ定めて、日八日夜八夜(ひやかよやよ)を遊びたりき

と言う様な葬儀を行った事がうかがえます。

仏教の伝来以来、僧侶が「死」と言う「穢れ」に関わることが普遍的となり、奈良時代以降急速に神道を取り入れた仏教形式による葬儀が貴族から庶民にまで広く普及していきました。
さらに江戸時代に入ってからは「寺請制度」が施行されたことから、庶民の葬儀はほとんどと言っていいほど仏教一辺倒となっていきました。

明治維新以降、「寺請制度」が廃止され、神職も氏子から依頼があれば葬儀を執り行ってよいことになりましたが、神職は国家の宗祀(国が尊び祀るもの)である神社奉仕に専念するために、官幣社の神職は葬儀に関わる事が禁止されました。
ただ、府県社以下神社の神官は例外とされました。
戦後は神葬祭に関わる法的な規定も無くなり、自由に行う事が出来るようになったものの、過去の経緯もあり、仏教による葬儀が絶対的多数を占めていると言えるでしょう。

(参考図書:家庭の祭祀事典 西牟田祟生著)

仏教による葬儀では位牌を作りますが、あれは象徴に過ぎません。
位牌に故人の御霊を遷す行事(遷靈祭)を行いませんから、位牌には御霊が入る事が無く、ただの物でしかないのです。

また私の知っている限り、肉体と魂を結び付けている靈子線(臍の緒のようなもの)が、通常24時間以内に切れるのですが、切れてもなお肉体に固執した魂は肉体に残ろうとして、現代の場合そのまま荼毘にふされてしまいます。
そうすると、本来霊魂の状態では傷を追うことはありませんが、肉体への固執のため大火傷を負ってしまい、火葬場でいつまでもただれた状態でさまよっている方が多く見受けられます。

また死後、どこに行けばよいのか分らない方々は、近年のテレビや雑誌、多くの霊能者と称される人達の誤りによって、子孫を守るという名目(守護霊・先祖靈など)で憑依を繰り返しています。本来、人が亡くなれば、死後の世界、罪・咎の無い人は常世の国へ、罪・咎のある人は黄泉の国へ還りますが、自らが亡くなった事すら気が付かない、もしくは死後、どこに行ったら良いかわからないといった人たちが、浮遊霊や自縛霊、憑依霊となってしまいます。
 
当会では陰陽道による神葬祭によって、御霊をこの世に彷徨わせる事なく、必ず「常世の国」または「黄泉の国」にお送りしております。

帰幽されて長い年月を経た後でも、御霊を幽界にお送りすることは可能ですが、その間、御霊は彷徨い続ける事になりますので、出来る事なら帰幽されて50日以内に神葬祭をされることが望ましいでしょう。

御霊祭

御霊祭(みたままつり)は、葬儀の翌日に葬儀が無事にすんだ事を霊前・墓前に報告する翌日祭から、亡くなった日から十日目に行う十日祭、以後十日目ごとに二十日祭、三十日祭、四十日祭五十日祭と続きます。

そして五十日祭以降は、百日祭、一年祭と続き、あとは、二年祭、三年祭、五年祭、十年祭となります。

以後五十年祭までは十年ごとに行われ、その後は百年祭、二百年祭・・・と式年祭は続きます。

当会ではお好きな場所(御自宅や会場)での出張祭典にて御霊祭を御奉仕申し上げます。

詳細等は、お問合せ下さい。

Shinsousai

2010年11月10日 (水)

ご祭神とご由来

【ご祭神】

天神七代乃大神(てんじんななだいのおおかみ)

皇祖皇宗(こうそこうそう)

陰陽大乃命(おんみょうおおのみこと)

 

【ご由来】

 

 

陰陽道陰陽會は宇宙開闢の神皇(じんのう)、天地身一王大神(あめつちみひとつおおのおおかみ)つまり(天之御中主之神あめのみなかぬしのかみ)から伊清凪、伊清浪之尊までの天神七代(てんじんななだい)、安倍晴明を代表とする歴代陰陽師の総称である陰陽大乃命(おんみょうおおのみこと)、天照大御神から261,168代、そして神武朝から今上天皇皇后両陛下までの総称である皇祖皇宗を合祀した会であります。

 

我が民族は、古来顧みれば、天照大御神より賜りたる五つのご神勅を有するものであり、また万世一系の天皇を戴いている比類なき民族であります。
 
我が皇室は神話にその起源を持ち、その系譜は神々の世界に遡るという諸外国に類例の無い特色を持っています。様々な伝統行事の儀式を通して、我が国の歴史、伝統、文化の連続性を実感し、同じ日本人としての一体感を育んできました。
 
また歴代天皇は、国民の福祉増進と世界平和の実現を願い、常に神々に深い祈りを捧げてこられました。
 
日本の使命は、有史以来変わる事なく、天皇を中心とした政のもと、神と人とがともに歩む「神人合一」の顕現であり、この神人合一の世界を世界に示す事で世界人類の幸運を導くことであると考えます。
 
本会は明浄正直の惟神(かむながら)の道に基づき、陰陽道の方術によって皇室の弥栄と世界の平和、萬族協和の王道楽土、つまり世界中のすべての民族が手を取り合い、世界の平和、繁栄を実現させる事を本分としております。

 

陰陽頭 舊事希軍

陰陽頭(おんみょうのかみ)、舊事希軍(くじまれとき)は、
安倍晴明公同様に生まれながらにして比類なき才能の頭角を顕し、
自分のみならず人々の過去を視たり、
百鬼夜行(憑依霊等)の姿を察知して即座にその災いを防ぐ呪(しゅ)を施し、
人々に降りかかる様々な災いを退けて参りました。

また、天の怪しき兆しを視ては、
人々に降り懸かるであろう悪しき気配を逸早く見抜き、
それを封じ安泰に過ごせるよう呪を施して参りました。

何故ならば、舊事希軍は多くの前世の中で、
平安時代に陰陽師安倍晴明公の一番弟子として、
晴明公の陰陽道の秘術、方術を全て体得していたからです。

そして現代に、全ての記憶を持って生まれ変わり、その方術を蘇えらせたのです。

舊事希軍はいわゆる『修行』といったものは一切したことはありません。

また、かつて晴明公が京都の一条戻り橋に式神を隠していたという記述がありますが、
舊事希軍もまた、同様に式神を駆使して方術を行っております。

更に、過去を視るという能力のみならず、
一般的には目に見えない事象、
つまり四次元界以上をも視る事も可能であり、
陰陽道の方術により状況を変化させることも可能です。

陰陽道の方術に不可能はありません。

何故なら、この方術は人々のポジティブな想念に働きかけるからです。
例えば、病気を治したいとか、結婚したいとか、運命を好転させたいとか、人々には様々な想いがあると思いますが、
その想い、想念を強烈に増幅させることで、
想い描いたことを実現し、全てを解決に導いていくことが可能になるからです。

また、想念の実現の最も障害物である「穢れ(ネガティブ)」を「ポジティブ」に変容させることが可能であるからこそ、
実現時間が短縮されるのです。

今まで、様々な奇跡とも言える現象は、数え切れない程起きています。
そしてこれからも、皆様の想念の数だけ次々と奇跡は起きていくことでしょう。

けれども、この奇跡を起こすのは誰でもない自分自身なのです。
これからも、舊事希軍の方術によって、
より多くの方が心身共に健康で、光に満ち溢れた、幸せな人生を歩まれることを祈念し
ております。

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陰陽道

陰陽道は、6~7世紀に支那から朝鮮を経て日本に入ってきたと言われていますが、支那にも朝鮮にも陰陽道という言葉は存在しません。
陰陽道は日本にもともとあった古神道と、支那から伝来した陰陽五行思想とが融合し、
より高度に発展させ醇化することで日本の文化に溶け込み現代の人生儀礼や季節の行事として民間にまで幅広く浸透しているものです。

陰陽道が発祥の現代に残る人生儀礼や季節の行事には次のようなものがあります。

人生儀礼としては帯祝い(安産祈願)、出産祝い、お七夜(命名式)、初宮参り、お食い初め、初節句(雛祭り・端午の節句)、七五三(三歳:髪置きの祝い、五歳:袴着の祝い、七歳:帯解きの祝い)、髪上祝い(十三参り)、元服(成人式)、厄年(厄祓い)、賛賀(還暦・古稀・喜寿・傘寿・半寿・米寿・卒寿・白寿・上寿・茶寿・皇寿)などがあります。

季節の行事としては、正月の屠蘇、七草粥、どんど焼き、追儺(節分)、雛祭り、端午の節句、名越の大祓(茅の輪行事)、七夕、八朔(中元の元)、重陽(菊の節句)、亥の子餅、七五三、師走の大祓などです。
 
民間には上記のような人生儀礼や季節の行事がありますが、宮中においても同じように陰陽道を起源とした行事が多々あります。
 
1月1日四方拝・歳旦祭、1月3日元始祭、1月4日奏事祭、2月17日祈年祭、6月30日節折(よおり)、大祓、10月17日神嘗祭、11月23日新嘗祭、12月31日節折、大祓などです。

このように陰陽道を起源とする我が国の伝統文化は数多く存在し、また仏教やキリスト教などの影響を受け、現代でも形を変えつつ、日本の伝統文化に溶け込んでいっています。
陰陽道が無ければ、日本の伝統文化は何も存在し無いと言っても過言ではないでしょう。
 
これらの陰陽道を起源とした様々な行事は、すべて罪や穢れを祓うための行事なのです。
神道の根本である禊祓いは神道の専売特許のように思われていますが、これは陰陽道の方術による祓いの形が原型にあるものです。

陰陽寮は明治3年に明治天皇の意向により廃止されてしまったことで、元々陰陽師の仕事であった出張祭典やご祈願が神社の神職や寺の僧侶などに移行してしまいました。

そもそも神社の神職の仕事は、神社に鎮座している祭神を鄭重にお祀り申し上げ、ご奉仕することが仕事でありました。
祭神に願い事を取り次いだりする御祈願や、場所を移動して神籬に神霊を招魂し、願い事を取り次いだりする、所謂地鎮祭や上棟祭などに代表される出張祭典の類は出来ませんでした。

ましてや基本的に葬儀を執り行うと言う「死」の「穢れ」にまみれた寺の僧侶が神事を執り行うなど、有り得ない事なのです。
現代に於いては時代の流れで神職が神葬祭などを執行することもありますが、そもそも神道に於いて、「死」は最大の「穢れ」であり、祭神にご奉仕する立場の神職が「死」を扱う葬儀を執行するなどと言うことはあってはならないことだったので、「穢れ」という葬儀はすべて寺の僧侶が請け負っていたのです。

このことから考えても、「死」の「穢れ」を祓うことが出来るのは陰陽師だけであると言えるでしょう。
陰陽道の祭祀によって死後の世界も動かす事ができるのであって、神職や僧侶などによって死後の世界に踏み込む事はできないのです。
彼らはそのような能力や方術を持ち合わせていないのです。
 
当会では陰陽頭・舊事希軍によって、平安時代に隆盛を誇った陰陽道を現代に蘇らせ、様々な方術を執り行っています。

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