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2010年11月13日 (土)

羊頭狗肉の民主主義

大東亜戦争(後に欧米列強によって太平洋戦争または第2次世界大戦と改められる)後、
アメリカによって押し付けれらた民主主義は、本当に日本民族を幸せにしてくれたのでしょうか?
少なくとも、現在の様々な社会現象を見る限り、人々の道徳心は失われたかのように見え、また民主主義と共に個人主義、自由主義といった弊害も出現し、「カネ、カネ、カネ」と人生の目的がお金目当ての成金主義に成り果ててしまい、少なくとも「大義名分」を掲げて生きると言った人々はほとんどいなくなってしまったかのように思えます。

民主主義と一口に言っても、様々な解釈があるようですが、少なくとも民主主義が適正に機能するには、高度な教育を国民全体が受けていて、身分の格差があまりないことが前提としてなければ、成り立たないと思われます。
また、民衆の意識やその国の環境、そして上に立つ人物に適正がなければ、民主主義は正当性の理由付けの道具でしか使われないでしょう。

民主主義によって、日本国民は皆、自由を得て平等になったと信じ込まされていますが、
その民主主義をもたらした、欧米列強(ユダヤ財閥)の新の目論みは全世界支配(非ユダヤ人の奴隷化)にあります。

偽書説もありますが、そのユダヤ財閥による支配について書かれたものが「シオン議定書」です。
その内容は大体次のようなものです。

『政治において暴力と恐怖こそが力である。
我々ユダヤ人は表向きは道徳的であらねばならないが、裏では策謀と偽善をもって事に当たらなければならない。
民衆の欠点,悪習、欲情を助長し、社会生活上の取り決めを複雑化することで、
彼等の心の中に不和の種を蒔き、我々に従おうとしない集団を攪乱せよ。
新聞とマスコミは我々の手中に落ちている。
此れを用いて民衆の盲目的な信仰を高め、彼等の不満を煽り立てるのだ。
また、経済生活で優越を得るための厳しい闘争と市場での絶えざる投機に民衆の関心を引き付けねばならない。
そこから得られる利益は、非ユダヤ人の手から投機家を通じ、全て我々の金庫に収まることになる。
自分の利益に没頭し、高尚な政治や宗教に嫌気が差していった非ユダヤ社会は、やがて瓦解してしまうだろう。
全くの自由の権利は、長い年月、人民を苦しめ、生活の道を奪い、自らの罪を知らぬペテン師どもの搾取を欲しいままにさせた。
我々が非ユダヤ人国家を覆すために幾度となく彼らをそそのかして起こした無意味な革命によって、うんざりしてしまった人民は、名目だけの自由の権利よりも、安楽に暮らせる奴隷の方がましだと思うようになる。
民衆を憎悪、闘争、欠乏、飢餓に晒し、最後には我々の金力とその支配下に入る以外に道が無い様に追い込むのだ。』


この内容は、まさにフリーメーソンの世界支配の目論見と一致しているのではないでしょうか。
現在の日本において、現実に起きている事柄、当たり前と思っている事柄などが、裏の支配者によって確実に支配されて行なわれていることなのだと思うと、恐ろしいことです。
特に最近は猫も杓子も「株」取引にはまってしまっているように思えますが、「シオン議定書」に書かれているように、投資家が「株」に費やしたお金は、全て裏のユダヤ(フリーメーソン)が掃除機のように吸い上げているのであり、決して投資家が儲けるようなシステムにはなっていません。
投資家はそこをしっかりと理解した上で投資すべきであり、「楽に儲けたい!」という安易な考えで、一生懸命稼いだお金を闇雲に投資すれば、ユダヤ勢力がいとも簡単に皆さんの全財産を掠め取るのですから。

「シオン議定書」の真偽の程は定かでないとしても、「ある」ということを前提にして世の中を見ることは重要であり、無防備に口を開けて、彼等の思うままに翻弄され続ければ、
最後は本当に彼等の奴隷になるしかないのだという、危機感を持って世の中の出来事を客観的に眺める必要があるでしょう。

無防備でいるのと、危機感を持っているのとでは洗脳の度合いは全く違ってきます。
つまり、「無知ほど怖いものは無い」のです。

16世紀、日本に宣教師として入り込んだフランシスコ・ザビエルの目的は、キリスト教の布教という羊頭を掲げ、日本の植民地化という狗肉を売ることでした。
けれどもそれは彼一代で終わる話ではなく、まさに現在に至るまで、400年以上に渡る長期計画をもって、少しずつ、けれども確実に乗っ取ることが彼等の狙いでした。

幕末の儒学者、大橋訥庵は、その著書『闢邪小言』で、西洋人を鋭い眼力で洞察して次のように書いています。

「西洋の野蛮人は、その主たる要望は利益であって、その貪り、欲張る心は飽く事無く、常に人の国を観察・調査して簒奪(さんだつ)する事を考えている者達である。
だから人の国が衰弱すれば、兵力をもって呑み込んでしまい、すぐに自分のものにしてしまうし、その国が強く手を下すことが難しいと見れば、敢えてすぐには争わないで、ウソの邪説を浸透させ、先ずは人心を惑わして、少しずつ自分を頼らせて、国の力を弱らせていき、攻撃のチャンスを待っているなどは、妖怪のように巧みで老狐などの比ではない。」(吉野作造編『明治文化全集』第15巻「思想編」67頁)


ところで、このユダヤ人による世界支配の目的の為にフリーメーソンと言う結社が出来たわけですが、これはまさに悪魔の象徴でもある「蛇」の二枚舌と同じであり、「羊頭を掲げて狗肉を売る」ことをしているのです。
つまり、彼等には表と裏があり、表では自由・平等・友愛を掲げる慈善団体であり、裏では世界支配を目論むサタン崇拝の秘密結社と言えるでしょう。
フリーメーソンの入会案内の内容は、誰もが素晴らしいと共感出来る内容であり、慈善事業に興味のある人であれば入会を希望する人も多いでしょう。
ところが、世間では秘密結社だのサタン崇拝だの、フリーメーソンの恐ろしさを訴える人々が後を絶ちません。
入会案内の内容と全く反対のことが言われているのですから、一般人はどちらを信じたらいいのか解らなくなってしまうでしょう。


けれどもフリーメーソンは黒魔術集団であることは間違いないでしょう。

アメリカの1ドル札に印刷されたピラミッドの中にある「目」とフリーメーソンのロッジしの正面玄関のステンドグラスに描かれている三角形の中にある「目」は同一のものであり、これはサタンの目とも言われています。

「シオン議定書」に書かれた内容は、悪魔にとって都合のいい、弱肉強食、悪徳、性悪説といった考えに基づいて、非ユダヤ人を奴隷化、支配する方法です。
そして一方では隠れ蓑のフリーメーソンを使って、表向き友愛団体として振る舞い、一般人のフリーメーソンやユダヤ財閥についての猜疑心を払拭する役目を担っているのです。
特に日本人は性善説に基づいた考え方をしてしまうので、まさか「シオン議定書」に書かれたようなことが実際にあるはずがない、と真実を知ろうと努力する前に打ち消してしまうのです。

けれどもこのまま彼等のシナリオ通りに洗脳され続ければ、悪魔の西洋文明に振り回され、人類は破滅に向かうでしょう。
西洋文明はこの醜い姿を隠すために、「自由・平等・友愛・資本主義・民主主義・男女同権・労働者のための共産主義」など様々なベールや方便を不可欠としてきたのです。
悪魔の魔法の核は、人間に対する悪徳な利己主義、個人主義や物質主義、科学万能主義などの洗脳です。
品性の無い、我欲の強い、物質主義に人類を縛り付けて、様々なマインドコントロールや教育、標語(悪魔の言葉)、象徴的(黒魔術を象徴するような)な記号などによって、利己主義というガン細胞を植え付け、増殖させ続けているのです。

悪魔の死と破壊、暴力による恐怖や虚栄、快楽と利害打算の悪徳、自己中心的拝金主義によって物質主義の檻に閉じ込められた人間は、悪魔に自由自在、簡単に操縦され続けてきたのであり、そして肉体が滅びた後、魂の存在となってからも操縦され続けるのです。

では、この悪魔の仕掛けたワナ、檻から自由になるにはどうしたら良いのでしょう。
それは、人間の存在意義をもう一度考え直すことから始まります。


「人間は食べるためや快楽を追求、享受するために生まれてきたのではありません。
各々の魂が目的を持って、志を全うするために生まれてきたのです。」


人間は皆、この地球に生まれる前に目的を持って生まれてきます。
けれども現代の西洋的学問はこの人間としての本当の目的を、絶対に思い出せないようにワナを仕組んでいるために、ほとんどの人が目先の快楽追求に人生を投じて無駄に過ごしています。
人間は金儲けをし、得をして、美味しいものを食べ、贅沢をするために生まれてきたのではありません。
この世に出てくる前に、自分が自己の志を全うする道を選んできたのです。
多くの人間は、この世で自己中心的、利害打算、欲得の物質主義に振り回されているために、自己の生まれてきた真の目的を忘れてしまっているのです。

志とは、大義名分であり、自分が立派になり、天下国家、社会に貢献しようとする強い意志のことです。
つまり「滅私御奉公」の精神です。
自らが選んだ職業(道、また女性ならば)家事、子育ても立派な職業です)を通して天下、国家、社会や人の役に立とうとする工夫と飽くなき努力をすることです。
人間はもし自らを幸福に導きたいのなら、自らが報われたいのなら、
他人や社会、森羅万象の役に立つことを率先して行い、悪魔集団のような害虫や寄生虫(他人や他国を利用して安易な金儲けを企んだり、騙し取ったりするような行為)に成り下がってはならないのです。
自分以外への利徳を積まなければ、決して自らが真の幸福になることは絶対に出来ません。
自分以外の他に対して徳を積むことを惜しんではなりません。
徳は魂の栄養剤です。

志とは徳を積む気構えであり、自分流の道(天職)を極める原動力です。
徳を積むことに決して見返りを求めてはいけません。
見返りを求めた時点で、それは単に偽善となり、徳を打ち崩すことになるからです。

この道が極まれば志が確固不動となり、宇宙・森羅万象と調和するのです。
その時初めて真の幸せな気持ちに満たされるでしょう。
私心が無く、大義のために生きていくことで、ポジティブなエネルギーが原動力となり、その一部の果実が富や安定であり、安心立命となるのです。
そして素直と感謝の気持ちが、悪魔の仕掛けた檻から出る唯一の「鍵」となるのです。
この人間としての道はまさに神道の生き方でもあります
。それは「敬神生活の綱領」に記されている通りです。

神道は天地悠久(てんちゆうきゅう)の大道であって、崇高なる精神を培(つちか)ひ、太平を開くの基(もとい)である。
神慮(しんりょ)を畏(かしこ)み、祖訓(そくん)をつぎ、いよいよ道の精華(せいか)を発揮し、人類の福祉を増進するは、使命を達成する所以(ゆえん)である。
ここにこの綱領を掲げて、向ふところを明らかにし、実践につとめて以て大道を宣揚(せんよう)することを期する。
一、神の恵みと祖先の恩とに感謝し、明(あか)き清きまことを以て祭祀にいそしむこと
一、世の為人の為に奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと

一、大御心(おおみこころ)をいただきてむつび和(やわ)らぎ、国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること

このような素直と感謝と他への奉仕の気持ちを持って日常生活を送り、また生業を通して社会に貢献する高い志を持って人生を歩むならば、波長共鳴の法則により、家庭、職場、社会が調和のある世界へと変化し、更に世界へと広がれば、羊頭狗肉の民主主義の脅威から解き放たれ、萬族協和の王道楽土(真の世界平和)が現実化していくのです。

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