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2011年3月 4日 (金)

平成20年12月号 号外

「反日」を正当化する政府、マスコミ支配が続く日本

 十一月一日、次のようなニュースが飛び込んできました。

浜田防衛相、田母神空幕長を更迭=論文で「侵略国家はぬれぎぬ」―政府見解に異論十一月一日

航空自衛隊トップの田母神俊雄航空幕僚長(六十)が「日本が侵略国家だったとはぬれぎぬだ」などと主張する論文を民間企業の懸賞論文で発表したことが三一日、分かった。日中戦争での日本の侵略や植民地支配を正当化する内容で、浜田靖一防衛相は同日夜、「政府見解と異なり不適切だ。職にとどまるべきではない」と述べ、同空幕長を同日付で解任した。
 言動をめぐり、自衛隊のトップが更迭されるのは、「現地部隊が超法規的行動を取ることはあり得る」などと発言し、一九七八年に解任された栗栖弘臣統合幕僚会議議長(故人)以来。田母神空幕長は三一日付で航空幕僚監部付となり、後任は未定。
 論文は「日本は侵略国家であったのか」という題で、全国にホテルを展開する「アパグループ」が、第一回「真の近現代史観」懸賞論文として募集。賞金三百万円の最優秀賞を受賞した。同社はホームページのほか、十一月五日発売の自社発行の雑誌にも掲載、英訳も含めた論文集も出版するという。
 空幕長は論文で、「わが国は蒋介石により日中戦争に引き込まれた被害者」と強調。「穏健な植民地統治をした」「多くのアジア諸国が肯定的に評していることを認識しておく必要がある」などと続け、「わが国が侵略国家だったなどというのはまさにぬれぎぬである」と主張している。(Yahoo!ニュース)

 

このことについて、十一月三日、ネット上の産経ニュースで客員編集委員の花岡信昭氏が次のように述べています。

【政論探求】田母神氏の重い問いかけ

「日本は侵略国家であったのか」という問いかけはきわめて重い。近現代史の一面的な見方を見直そうという動きが各方面から起きていたが、その象徴的論文といえた。

 だが、田母神俊雄氏は空幕長を更迭された。これまでの政府見解に沿わない内容であることは確かで、麻生首相としても「立場上、不適切」と言わざるを得なかった。

 「村山談話」「河野談話」がいかに手かせ足かせになっているか、改めて思い知らされる事態だった。

 アパグループの元谷外志雄代表が社会還元活動の一環として論文を募集、実は筆者も渡部昇一氏ら四人の審査委員の一員だった。二三五点の応募作品から社内審査で二十数点がまず選ばれ、CDで送られてきた。すべての論文は筆者名が削除されていた。

 これを読み込み、二回の審査委員会で絞り込んでいった。最終段階で初めて氏名が明らかにされた。高得点となっていたのが、田母神氏の論文だった。

 実はその瞬間に、今日の事態を予感した。内容が正論であっても、現職の自衛隊トップの論文となればただではすまない。政治記者時代の直感が働いた。

 元谷氏が田母神氏に確認するという手順を経て、最優秀賞に決まった。田母神氏はそれなりの覚悟と信念を持って書いたのだった。

 もう大騒ぎしなくてもすむ時代になったのかもしれない、というかすかな期待感はあった。だが、やはりだめだった。

 朝日新聞の社説は「ぞっとする自衛官の暴走」とあった。その見出しにこちらがぞっとした。「自虐史観」「東京裁判史観」にがんじがらめになっているメディアの実態がそこにあった。

 解散時期をめぐる与野党攻防で、野党側は格好の攻撃材料を手中にした。「日本人よ、誇りを取り戻そう」という田母神氏の訴えは、政局の渦に飲み込まれることになる。

 ほとんどの政治家、マスコミは連日、田母神氏を徹底的に批判、攻撃しています。田母神氏が論文で述べておられるように、まさに「日本は侵略国家以外の何ものでもない」と自らの国を辱める事に何の躊躇も無い様子です。改革クラブの西村眞吾議員は田母神氏を擁護しています。

西村議員は自身のHPで次のように書いています。

「強い国」とは歴史の真実を堂々と明言できる国・さらば村山富市

本日十一月一日の朝刊は、歴史認識に関する二つの事件を報道している。一つは、沖縄の集団自決訴訟の控訴審判決であり、もう一つは田母神俊雄氏の航空幕僚長更迭である。
 この二つとも、我が国が未だにいわゆる自虐史観・日本悪玉論に縛られていることを示している。前者は司法が、後者は政界が、自虐史観のうんざりするほどの呪縛下にあることを示している。
 沖縄の集団自決訴訟とは、大江健三郎氏の書いた「沖縄ノート」(岩波書店)が、沖縄戦における住民の集団自決が梅沢裕陸軍少佐と赤松嘉次陸軍大尉の命令によって住民に強制されたとして両氏を厳しく非難しているのを受けて、両氏が住民に自決命令を発していないとして名誉の回復を求めた訴訟である。
 また、田母神航空幕僚長の更迭は、同氏が「日本は侵略国家ではない」旨の論文を公表したのを受けて、その歴史認識は「日本は侵略国家である」旨の歴史認識を示した村山富市談話を受け継いだ麻生内閣の歴史認識と異なる故に為されたものである。

では、歴史の真実は何か。(中略)

 次に、田母神航空幕僚長の論文であるが、産経新聞に報道されていた論文要旨を読んだが、当たり前のことを述べておられる。同感である。
 もちろん、田母神氏の論文要旨は、村山富市氏の「談話」とは内容も歴史観も異なる。しかし、そもそも、航空幕僚長たる者、村山富市氏と同じ認識であることこそ更迭に値するのである。何しろ、村山富市とは総理大臣になっても暫くの間は、「自衛隊は憲法違反」と認識していた社会党の御仁であるからだ。
 しかるに、この村山富市氏の歴史認識と反することを書いたという理由で航空幕僚長を更迭したのが現内閣である。逆ではないか。その理由は、野党が国会で幕僚長と内閣の歴史認識の違いを内閣攻撃の武器にするからであろう。
 何とも情けないではないか。そこまでしても、自虐史観の社会党的歴史認識に閉じこもらなければ国政が運営できないと思い込んでいるとは。また、自国を悪い国だという前提で内閣を攻撃しようとする野党質問の低次元さも目に見えるようだ。
 自虐史観で内閣を攻撃しようとする野党と自虐史観に閉じこもって攻撃をかわそうとする政府の閣僚。ともに、祖国への愛をもっているのであろうか。
 以上、本日の朝刊が報ずる二つの事件から、「強い日本」、「明るい日本」そして「誇りある日本」への改革とは何かが具体的に明らかになったではないか。
 その第一は、歴史の回復、即ち、自虐史観からの脱却である。であるのに、「強い日本」、「明るい日本」を所信表明で語った総理の率いる内閣が自虐史観に閉じこもってどうする。
 もっとも、現在の政治情勢の中では、航空幕僚長たる者、軽々しく、野党に武器を与えるような論文を発表するとは何事かと、苦々しく思う内閣の気持ちもよく分かる。
 しかし、それを発表してしまったのだから苦々しく思っても仕方がない。
 私は、逃げるなと言っているのだ。犬と一本道で出くわしたことがある人なら分かるだろう。逃げれば弱い犬に限って追いかけてくる。何ともないと前進すれば道をあける。
 最後に、航空幕僚長は「軍人」の最高位であるとすれば、本件も、「政治と軍事」の関係と捉えておくことも必要である。
 政治は問題解決を外交の領域から軍事の領域に移すか否かを決める。これが、シビリアンコントロールの本質である。そして、政治から目的を与えられた軍は、その目的達成の為に指揮官の命令により行動を起こすことになる。
(日本海軍の真珠湾攻撃に際して、ルーズベルト大統領は軍の最高指揮官を顧みて「君たちの領域に移す」といったといわれる。これがシビリアンコントロール発動の典型的情況である。)
 この時、その軍事目的の達成のために部下将兵のもつべき歴史観はこれだと指揮官が確信するならば、指揮官は堂々とそれを部隊に示して周知徹底しなければならない。
 仮に指揮官が、内閣のもつ歴史観によれば、部下が任務を全うできないと思えば、内閣の歴史観に迎合してはならない。迎合するのは官僚であって軍人ではない。迎合すれば軍事目的が達成できず国家の存立を危うくするからである。
 本件更迭に即して言えば、航空幕僚長が、村山富市歴史観では部下は日本人としての誇りをもつことができず軍人としての任務を全うできないと確信すれば、それが内閣の歴史観であっても従う必要はない。従えば、任務を全うできず何のために日々訓練をしているのか分からなくなるからである。
 「日本は侵略戦争を続けて悪いことをした悪い国であった。従って日本に軍隊をもたせてはならない。だから自衛隊は軍隊ではない」
 この社会党的歴史観で部下に祖国を防衛させようと思っている指揮官こそ更迭に値する。何故なら、そもそもこの歴史観では祖国のために命を投げ出して戦えないからである。
 この度の更迭であるが、航空幕僚長の思想傾向をチェックして内閣が決めた。ここで、ふと連想するのは、かつてのソビエト軍のなかの「政治将校」と言われる存在である。
 政治将校とは、部隊の指揮官達がスターリンの満足する思想を持っているか否かを監視するために政治から送り込まれる官僚のことである。部隊の指揮官達は、軍人としての能力ではなく、この政治将校のお眼鏡にかなうか否かで地位を得るか失うかがきまる。つまり、ごますりでなければ高級将校になれない。実に陰惨な組織を政治将校の思想チェックが作りあげていたのだ。
 そこで、スターリンの政治将校と同様に、我が国では村山富市の政治将校が健在で、そのお眼鏡にかなうごますりでなければ高級自衛官を続けることができないとすれば、実に馬鹿馬鹿しい。これほどの国益喪失があろうか。我が国の「村山富市の政治将校」とは政党、マスコミ、文化人そしてむちゃくちゃな判決をする裁判官である。
 航空幕僚長更迭のニュースに接し、この通り憂慮する。

 

十一月十一日、田母神俊雄・前航空幕僚長が参院外交防衛委員会で参考人招致されました。田母神論文に対する国民の関心は非常に高かったにも拘らず、この委員会はテレビ中継されることはありませんでした。唯一ネットで中継されたようですが、あまりに回線が混み合って、つながりにくくなっていたようです。また、質疑応答では田母神氏の発言は制限され、ほとんど話をする事が出来ないように仕組まれていたようです。

十一月十二日の産経新聞に『民主党の北沢俊美委員長は委員会冒頭、「決して本委員会は参考人の個人的見解を表明する場ではない。簡潔な答弁をお願いする」と語り、田母神氏にクギを刺した。これに先立つ理事会では、田母神氏が制止を聞かずに持説を展開した場合、衛視により退場させる可能性にまで言及、審議中に田母神氏の発言を制する場面もたびたびあった。』と言う記事がありました。

このような中、『自民党は十一日午前、国防関係合同部会を開き、歴史認識に関し政府見解を否定する論文を発表して更迭された田母神俊雄・前航空幕僚長を擁護する意見が相次いだ。防衛省側が歴史教育の在り方を見直す考えを示すと、衛藤晟一参院議員は「歴史認識を教育するなんてことを言ってもらったら困る」と批判。岩永浩美参院議員は「田母神氏の持論がなぜ悪いのか分からない」、土屋正忠衆院議員は「(防衛省が)歴史観を対象に懲戒処分しようとしたのは問題」と反発した。』と言う記事が産経新聞と地方新聞のみに掲載されたようです。

大手新聞社やテレビ局の大半が田母神氏を否定する中、インターネット上では、田母神氏を擁護する声が非常に高まっています。田母神氏も質疑応答の中で発言していましたが、ヤフーの意識調査では、「田母神氏の論文を問題視しない」と言う人が全体の六割を占めていました。またこれを機会に正しい歴史認識がなされるべきだ、という意見が数多く見受けられます。

これらのことから見えてくるのは、政府やマスコミは日本国民が過去の歴史的事実を正しく判断することを恐れ、巧みに自虐史観を持ち続けるように仕組んでいるということです。

現役の自衛隊幕僚長の地位を投げ打ってまで持論を主張するということは、信念がなければできないことと思います。そこまでしなければならないという田母神氏の強い思いが伝わってきます。

多くの日本国民はマスコミによる偏った情報からしか世の中のことを知る術がありません。田母神氏のように国防を預かる立場の自衛隊の方々が、「日本は侵略国家であったのだ」という罪悪感を抱きながら、武器を持って国を守る事ができるでしょうか。田母神氏は自衛官が自国に誇りを持って仕事をするためには、正しい歴史認識が必要であると言うことも述べています。

田母神氏の論文は全て事実であることは確かです。

大東亜戦争は侵略戦争ではありません。戦前の地図を見れば欧米諸国が侵略国であることは一目瞭然でありながら、それを棚に上げて、日本に勝利した事によって逆に日本が侵略国家であるとして、自らの罪を日本になすりつけてきたのです。

朝鮮は併合であり、台湾は日清戦争の賠償品、南樺太、関東州、南満鉄の経営権も全て日露戦役の賠償品です。その外、南洋群島は第一次世界大戦の委任統治であり、何一つ欧米のような手段で得たものではありません。

東京裁判において十一人の判事の中で唯一、被告人全員の無罪を主張した意見書(通称「パール判決書」)を作成したパール判事(インドの法学者、裁判官)はその判決書の中で次のように述べています。

「戦勝国は敗戦国に対して憐憫から復讐まで、どんなものでも施し得る。しかし勝者が敗者に与える事ができない唯一のものは正義である」また、日本国民に次のような金言を贈りました。

「欧米諸国は、日本が侵略戦争を行ったと言う事を歴史にとどめることによって、自分等のアジアの侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の十七年間の経緯を、罪悪と烙印する事が目的であったに違いない。

・・・私は一九二八年から四十五年までの十七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。この中には恐らく日本人の知らない問題もある。それを私は判決文の中に綴った。この私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかる筈だ。

 それなのにあなた方は、自分等の子弟に『日本は犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争に至る真実の歴史を、どうか私の判決文を通じて充分研究して頂きたい。

 日本人の子弟が歪められた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流れて行くのを私は平然と見過ごすわけにはいかない。誤られた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない。」

 パール博士の言うように、また田母神氏の勇気ある発言をきっかけにして、今こそ日本国民は欧米や中国、朝鮮の日本誹謗の宣伝を払拭して、歴史の真実を探求し、歴史の真実に目覚めなければ、明日の日本は亡国へと歩を進めることになるのではないでしょうか。

 

「日本は正しい」と言う小冊子の中で、鄭春河(ていしゅんか)さん(大正九年生まれ、台湾人)が大東亜戦争において、日本は民族解放に世界的貢献を果たしたと言う事で次のように書いています。

 

 大東亜戦争の真の勝利者は日本で、敗戦者は戦勝国の欧米諸国であると彼らは自認している。正しくその通りだ。戦勝国は果たして何を得たか、目的を達成したか、日本は敗れても目的と理想は完全に達成している。即ち欧米諸国の東洋制覇の野望を覆し、植民地政策を崩壊させ、弱小民族の独立と今日の繁栄をもたらした事実は、何人と言えども否定できない。

 詳しく述べれば戦後わずか五年で、インド・パキスタン・セイロンを含む東亜の諸民族はことごとく独立した。地殻変動というか、その民族解放のマグマはアラブ、アフリカに及び、さらに中南米に波及して、今や国連加盟国は発足当時の五十二ヵ国から三倍以上になっている。世界三十億人の有色民族が独立開放を果たした。即ち大東亜戦争は、民族解放に世界的貢献をしたのである。さらにこれを詳しく説明せんがために、高千穂大学教授名越二荒之助先生のお許しを得て、先生の御高論を、以下に引用させていただくことにした。

イギリス・タイ・韓国の識者の評価(「植民地解放への貢献」『真世界』より)

 

 その他歴史的意義としてよく語られる事に、植民地の解放をもたらした事実が挙げられます。イギリスの歴史学者H・G・ウェルズは戦後早くも「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種のとの平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた」と述べております。

 またククリッド・プラモードというタイ国の元首相は、現地の新聞「サイヤム・ラット紙」に「十二月八日」と題して、もっと端的に感動的な一文を発表しております。「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話しができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁を為した日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない」

 もう一人、韓国の朴鐵柱氏(平成二年一月逝去、六十八歳)を紹介したいと思います。氏は戦前日本の教育を受け、戦後はソウルで「韓日文化研究所」を設立しました。昭和四十二年十月、私は学生を連れて研究所を訪ねたことがあります。反日感情渦巻く韓国にあって、氏は「親日派」というよりも、「崇日派」というべき人物でした。氏は日本の学生を前に二時間、熱誠溢れる懸河の弁を奮いました。

「ソウルから日本をながめていると、日本が【心】と言う字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心と言う字に並んでいるのではないか。日本は万世一系の御皇室を戴き、歴史に断絶が無い。それに対して韓国は、断絶に次ぐ断絶の歴史で涙なくしては見ることは出来ない」と前置きして、日本の歴史伝統の素晴らしさを総括し、大東亜戦争に移りました。「現在の日本人の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまでの日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それをのむ事は屈辱を意味した。【事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし】と言うのが開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争と大東亜戦争――この二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸民族の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎる事はない」

 このように、戦後教育でしきりに植えつけられた「第二次世界大戦は日本のアジアへの侵略戦争であった」という思想は、真実と真反対の事であり、真実は「大東亜戦争とは欧米のアジア植民地支配からの開放の戦い」に他ならなかったのです。

 永野修身命(開戦時、軍令部総長)は一九四一年九月六日の御前会議において、次のように述べました。

 

「戦わざれば亡国必至、戦うもまた亡国を免れぬとすれば、戦わずして亡国にゆだねるは身も心も民族永遠の亡国であるが、戦って護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも祖国護持の精神が残り、われらの子孫はかならず再起三起するであろう」

 

 また、A級戦犯で受刑中病死した当時外相であった東郷茂徳命は獄中で次のような歌を詠みました。

 

「いざ児等よ 戦う勿れ、戦わば 勝つべきものぞ。ゆめな忘れそ」これは、勝てない戦いは絶対にやってはいけない、もし負けたならば、謂われなき罪まできせられる、と述べたものです。

 現在、日本人を腐らせているのは、劣等感であり、この劣等感は精神も麻痺させているのです。

 私達は今一度考えなければなりません。

今日の日本、繁栄日本の礎となってくれた英霊たちへの感謝と祈りを!

そして、先人の築いた文化と誇りを!

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