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2011年3月 4日 (金)

平成20年3月号

二月の陰陽會の祭典および行事

二月三日     追儺式・節分祭 執行

二月十一日    紀元祭 斎行

二月十七日    祈年祭 斎行

2月11日、紀元祭を斎行致しました

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紀元祭とは神武天皇建国の大業を仰ぎ、日本民族の自覚を深め、愛国の意義を新たにし、皇室の隆昌と国家の安泰を祈念する祭祀です。 

2月17日、祈年祭を斎行致しました

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祈年祭とは「としごいのまつり」とも言われ、その年の五穀豊穣、産業の発展、国家・国民の繁栄を祈る祭祀です。

三月の陰陽會の祭典及び行事予定

三月二十日   春季皇靈祭 執行

雛祭り(上巳の節句)

旧暦では桃の花が咲く季節になるため桃の節句となりました。

男雛と女雛を中心とする人形を飾り、桃の花を飾って、白酒などの飲食を楽しむ節句祭りです。関東雛と京雛では男雛と女雛の並ぶ位置は逆です。本来「内裏雛」とは雛人形の男雛と女雛の一対を指しますが、男雛を「お内裏様」、女雛を「お雛様」と呼ぶ誤りは「うれしいひなまつり」の歌詞から一般化しています。日本の雛祭りはいつ頃から始まったのか判然としていませんが、その起源はいくつか存在しています。日本での起源は、平安時代に既に貴族の子女の雅びな「遊びごと」として行われていた記録が現存しています。その当時においても、やはり小さな御所風の御殿「屋形」をしつらえ飾ったものと考えられています。しかし、それはどこまでも「遊びごと」であり、決して儀式的なものではなく、そこに雛あそびの名称の由来があります。これが江戸時代に女の子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり飾られるようになりました。この「雛あそび」が「雛祭り」へと変わったのは天正年間以降のことであり、この時代から三月の節句の祓に雛祭りを行うようになったと推測されています。もっとも、この時代には飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味あいが強くなり、武家子女など身分の高い女性の嫁入り道具の重要な家財のひとつに数えられていました。

 陰陽道的な観点からしても、雛人形が娘の穢れや災厄を身代わりとなって受けてくれていることは明らかです。女の子がいらっしゃるご家庭は、必ずひとりに一セットの雛人形を揃えましょう。雛人形はその女の子のためのものなので、決して人に譲ったり貸したりすることはできません。年に一度は必ず親王雛だけでも構いませんので飾りましょう。そしてお嫁入りの時には必ず嫁入り道具として持って行き、嫁ぎ先でも毎年飾って下さい。

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