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2011年5月11日 (水)

平成22年12月号

十一月の陰陽會の祭典および行事

十一月三日   明治祭を斎行致しました。

十一月廿三日  新嘗祭・日本景気復興祈願祭を斎行致しました。

     

十二月の陰陽會の祭典及び行事予定

十二月廿三日  天皇御誕辰奉祝祭・天長祭

十二月廿四日  大正天皇多摩陵遥拝式

十二月卅一日  師走大祓式・除夜祭

没後四十年 三島由紀夫氏追悼会 憂国忌

平成廿二年十一月廿五日、九段会館大ホールに於いて、三島由紀夫烈士、森田必勝烈士の追悼会が盛大に行われました。没後四十年と言う節目の年であった為か、会場は立ち見も出るほどで、約千二百名が参列しました。

三島由紀夫氏は文学作品に於いて大変有名な作家であり、その名は世界にも認められたほどですが、四十年前の十一月二十五日、自衛隊市ヶ谷駐屯地に於いて、自衛隊員に決起を促す檄を飛ばした後、森田必勝烈士と共に割腹自殺をしてこの世を去りました。多くの日本人の記憶に衝撃を与えたこの事件を覚えておられる方も少なくないことと思います。

三島烈士の絶筆となった「激」に、憂国の思いが綴られていますが、その内容はあたかも現代にタイムスリップして見てきたかのように、克明に今の日本の危機を記しており、四十年経った今読み返しても、古さを感じるどころか益々危機を感じる文章です。

三島烈士の小説をご存知の方も、この最後の「激」についてはさほどご興味の無い方、あるいは忘れてしまった方もおられるかもしれません。けれども今我が国を亡国の寸前まで追いやっている日本の国防の在り方を、三島烈士は四十年前に既に見極めていることがこの檄文から読み取れます。

三島烈士が危惧したことはもはや取り返しのつかないところまで来てしまいましたが、今一度、三島烈士が日本再生のために我が身を犠牲にして訴えたことを、後世の我々日本人が思いを馳せることも必要ではないかと考えます。

「檄」  盾の会隊長 三島由紀夫

 

 われわれ盾の会は自衛隊によって育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父であり、兄である。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。かえりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官として待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここで夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかつた男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことは一点の疑いもない。

 われわれにとって自衛隊は故郷であり、生温い現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力慾、偽善にのみ捧げられ、国家百年の体計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であるのは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頒廃の根本原因をなして来ているにを見た。もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目覚める時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることはなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。(中略)

日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

没後四十年 三島由紀夫氏追悼会「憂国忌」プログラム

午後四時開場 BGM ワグナー「トリスタンとイゾルデ」

三島由紀夫の演説(事件当日)

午後五時 開会の辞

第一部  鎮魂祭(斎主 高山亨・乃木神社宮司 祭員 乃木神社神職 伶人 乃木雅楽会)

第二部 シンポジウム「あれから四十年、日本はどこまで堕落するのか」

パネリスト 井尻千男・遠藤浩一・桶谷秀昭・西尾幹二 

(司会)宮崎正弘

閉会の辞 三輪和雄

「海ゆかば」合唱

三島由紀夫辞世     

益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐へて今日の初霜

散るをいとふ世にも人にも先駆けて 散るこそ花と吹く小夜嵐

森田必勝辞世

今日にかけてかねて誓ひし我が胸の 思ひを知るは野分のみかは

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