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2011年6月17日 (金)

難局打開の秋(とき)来る  日本国民としての自覚

我が国は戦後、GHQにより民主主義の名の下に、自由主義或いは個人主義がもたらされた。国利民福の精神が強く人々の心を支配してゐた間は、個人の積極的な経済活動は著しく国富の増進に寄与してゐた。

ところがその後、自由主義・個人主義なる思想の普及と共に、経済活動に於いて利己主義が公然と正当化されるようになった。この傾向は経済活動に留まらず、左翼思想と一体となって政治、道徳、教育その他百般の文化に影響を与え、國體破壊を以て理想的社会を実現し得ると考えると云う妄想を生ぜしめたのである。

元来、内閣総理大臣以下閣僚は二千六百有余年の歴史と文化を護り、後世に引き継ぐ責任と義務が課せられており、天皇陛下より陛下の赤子(せきし)である国民の生命と財産をお預かりしてゐる身である、と云う事を忘れてはならない。

そして国会議員及び地方の首長並びに地方議員にあっても、その役割は陛下の赤子をお預かりしてゐると云う事であり、その責任は重大なものであることを自覚せねばならない。

また国民一人一人にあっては、有史以来の祖先から引き継がれてきた遺風と歴史を、後世に引き継ぐ責務があるのである。

しかしながら近年の国会議員をはじめ地方議員、官僚、国民も含めて、天皇陛下の臣民であると云う自覚が無い為に公を忘れて私心に囚われてゐる。

今般発災した東日本大震災によって、幾万もの尊い国民の命が奪われ、家族或いは家屋を失い、更に誤った政治判断の結果、福島第一原発の甚大なる事故を招き、多くの同胞(はらから)の生活を奪った。

本来であれば被曝を避けるべく、迅速なる非難を以て対処せねばならぬところ、無能無策なる政策の下、多くの福島県民の家屋、財産、生業、犬猫などの愛玩動物並びに馬、牛、豚などの家畜の避難すらままならなかった。

更に福島第一原発周辺に於ける地震、津波による犠牲者のご遺体の収容も為されておらず、それらは腐敗、白骨化しており、身元の判明もつかぬまま今も尚、放置されたままである。

更に被災地では十分な支援物資が届かなかったことによって餓死者が出るなど、凡そ平成の近代国家とは思えない状(さま)を呈してゐる。

今、我が国に於ける政府の機能は全く果たされてゐないのである。

ところが内閣総理大臣以下全閣僚、そして国会議員、地方議員更には国民にあっても、この異常事態に終止符を打とうとする者は誰もおらないのである。

さらに今、我が国は支那・朝鮮・露西亜の三国より領土は侵され、将に侵略されむとしており、有史以来未曽有の国難にあると云う自覚を多くの国民は全く理解しておらないのである。

我が国は有史以来、二六七一年の伝統文化を有する世界最古の皇室を戴く民族であると云う自覚の下に、今こそ一億国民は総決起して、この国難突破に全力で当たらねばならないのである。

明治維新以来、近代国家を進めてきた我が国ではあるが、それは我々の祖先が、支那、露西亜、米、英を相手取り、幾万もの英霊の血を流した結果が、今現在の日本の礎となっておることを決して忘れてはならないのである。

総理及び全閣僚は靖國神社に参拝し、我が国を防衛する為に進んで散華された英霊方のお蔭で今の日本がある事を感謝すべきなのである。ヘラヘラしてゐる場合ではない。

そして内閣総理大臣は、祖先から受け継がれてきた国土、伝統文化、天皇陛下の赤子である国民を護る重大な責任があるのである。

更には大震災で犠牲になられた多くの国民の無念と地震、津波によって引き起こされた原発事故を乗り越えて、日本の未来に向けて勇気をもって進んでいく責任があるのである。

単に原発を廃止或いは推進すると云う論ではない。今般の事故を引き起こしたあらゆる原因を徹底的に究明することなく、次なるエネルギー政策と称して再生可能エネルギーを開発しようとも、所詮何らかの欠陥が生じ、別の問題が浮上してくることは明らかである。

しかしながら震災発災後、三か月を経た今でも、被災地の復興の目途も立たず、瓦礫の処理さえ滞っており、避難住民に十分な義捐金が届かない為、避難場所から出られず仮設住宅に入ることも出来ずにゐるのである。

国民は今の菅内閣を一体いつまで放置しておくのか。

このような無能極まる内閣の存在を許してゐる国民もまた同罪である。

内閣総理大臣は不祥事、天災が起きた時、自らの政(まつりごと)に誤りがあった事によって引き起こされたことであり、天皇陛下に対して申し訳が立たないと共に国民に対しても済まぬと云う自覚を持つべきである。

そして速やかに責任をとって職を辞すべきなのである。

また同様に国会議員全員にあっても、自らが至らないばかりに起きた事であると云う自覚を持つべきである。

議員は党利党略で政を行う事を即刻止めよ。

党利党略がある限り、国難突破は成されないのである。

議員が政に重大な責任を持つと同様に、国民もまた議員を選出する時には、真剣に選ぶ責任があるのである。

議員たちは先人たちの遺業に恥じることの無いよう自らの職責を全うせしめ、国民に範を示し、政に当たらねばならないのである。

国民は自らが選んだ議員が一体何をしてゐるのかを、よく監視すべきである。

そして国民もまた先人たちに恥じることの無きよう、自らの生業に励むべきなのである。

初代神武天皇より歴代天皇は、国民を元元(おほみたから・大御宝)と慈しまれて、常に民安かれ、国安かれと祈ってこられた。

国民は天皇を親のように慕い、天皇と国民は親子のような家族的な感情で結ばれ、日本国民は一大家族のような関係を築いてきたのである。

国民の身の上を案ずるのは天皇の職務であり、本来総理大臣以下閣僚は天皇を補佐して政を統括する役職である筈だ。

内閣総理大臣以下全閣僚、国会議員、地方議員は、天皇陛下及び皇祖皇宗そして国民に対して、今の国難を招いたことに申し訳が立たぬと云う自覚を持つべきである。

そしてあくまでも陛下の臣下の者として、国益の追求と国民を護るべく職務に当たるべきである。

その自覚が無いことによって公を忘れ、私心に走り、党利党略に明け暮れ、己の保身にのみ邁進しておるのである。

顧みれば我が国は万国広しと雖も、世界に比類なき使命国である。

使命とは即ち天から来るものであり、故に天に属さざる者は使命を有する事は無い。同時に使命無き民、使命無き国は亡民、亡国である。

世の中には人であれ国であれ畏れ無きままに、恰も自らに使命があるかの如きを口にする事があるが慎むべきことである。

使命国とは精神、教育、文化、政治、経済、凡てに於いて世界を牽引する使命を持った国であると云う事である。

しかしながら我が国は、戦後レジームの中でこの使命を放棄し、経済活動のみに邁進し、そのえげつなさを享受し続けたのである。

今こそ、戦後レジームの総括の秋(とき)である。

我が国本来の使命に立ち返り、凡てに於いて世界に貢献し、世界人類に範を示す責務があるのである。

一億国民もこの内外の未曽有の国難に断固立ち向かい、日本国民としての使命を自覚せねばならぬ秋が来たのである。

今般の災禍が起きた事は、偏に私の不徳の致すところであり、私の責任であること大なり。

私が至らぬばかりに支那・朝鮮の傀儡政党である民主党による政権交代が起き、鳩山・菅内閣が成立したことで未曽有の天譴災異を招き、一億国民同胞(はらから)に対して慙愧の念に耐えず、また支那・朝鮮・露西亜による我が国への領土侵略と云う有史以来の危機を迎えてゐることにあっては、皇祖皇宗と祖先に対し、この場を借りて深くお詫び申し上げる次第である。

嗚呼、この悲涙君知るや。

この国難を何としても突破せねば、皇祖皇宗に対しても国民に対しても、済まぬでは済まぬのである。

我々一億国民は三月十六日に渙発された、平成の玉音放送(平成の詔勅)によって、陛下の優渥なる大御心に応える様、万難を排し、この難局を打開せねばならないのである。

私はその自覚を新たにし、皇祖皇宗並びに有史以来の祖先に対して、国難突破に全力で当たる事をお誓い申し上げる次第である。

                                       陰陽頭 舊事希軍

2671年3月16日 東北地方太平洋沖地震発災を受けての天皇陛下の詔勅(全文)

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