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2012年9月30日 (日)

桔梗だより 平成23年11月号

十月の陰陽會の祭典および行事

十月九日 十三夜祭を斎行致しました。

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十月十七日 神嘗祭遥拝式を斎行致しました。

十月廿日 皇后陛下御誕辰祭を斎行致しました。

十月廿日 恵比寿祭を斎行致しました。

十一月の陰陽會の祭典及び行事予定

十一月三日  明治祭

十一月廿三日  新嘗祭・日本景気復興祈願祭

稀代の陰陽師、安倍晴明公(九二一~一〇〇五)

晴明公の卓越した能力にまつわるエピソードの内、前世を見通す眼力と式神を自在に操った事、未来を予知した事について紹介します。

花山天皇の前世を見抜いたこと

人間の魂は一貫して存在し、生まれた時には魂の入れ物として肉体を持ち、死ねば肉体は消滅しても魂は生まれ変わるまでの間、常世の国あるいは黄泉の国で、次に生まれ変わるまでを過ごします。

一生の罪や咎が来世にまで持ち越すことは無く、死をもって全て清算されてしまいますが、魂の記憶は持ち越されて個人の性格や身体の特徴の一端になる場合もあります。

晴明公はそのような人間の魂の記憶を読み解くことが出来たと云う伝承です。

《安倍晴明という者は、出家の身ではないながらも那智に千日篭(こも)った行人で、毎日二時間滝に打たれていました。前世は吉野山の聖地の行人であったともいわれています。

花山院が、まだ天皇の位にあったとき、頭痛の病気にかかってしまいました。雨がちなときなど、特に激しい頭痛に襲われ、どうにもならない苦しみでしたが、どんな治療も効果がなかったそうです。

晴明が申し上げるには、

「天皇の前世は尊い行者で吉野の某宿で入滅されました。前世の行徳で天子として生まれてまいりましたが、前世の身体の骸骨が岩のはざまに落ち挟まってしまいましたので、雨ともなると岩が水を含んで膨らみ、骸骨を圧迫し、現世の痛みとなっているのです。ですから病気として治療することは誰もできません。前世の首を取り出して、広い場所に置かれましたら必ずお治りになります。」

そしてこれこれしかじかの場所にある谷底ですと晴明が教えますので、天皇が人を遣わしてその場所を見ましたところ、晴明の言ったとおりでした。そして首を取り出されてからは、天皇の頭が痛むことは無くなったそうです》(『古事談』巻六の六四)

ところで晴明公は天皇の頭痛の原因を探る為に呼ばれましたが、天皇や貴族が病気になる度に晴明公は呼ばれていたことが記録に残っています。寛和元年(九八五年)には藤原実資の室のお産がうまくいかない、永延二年(九八八年)には実資の子供の病気、翌年には一条天皇の病気などです。
何故晴明公は病気の度に呼ばれていたのでしょうか。

これは当時は病気が疫神(えきじん)のせいだと考えられていたからです。疫神には神気・鬼気・霊気の三つがあり、病気になったらまずこれらのどの気によって病気になったのかその原因を占いで明らかにします。そしてそれぞれの対処法によって陰陽師が鬼を祓ったり、密教層が加持祈祷をするかを決めるのです。優れた陰陽師が召されるのは、占術によって病気の原因を明確にし、それに対する的確な処方を明らかにする為でした。

ここで重要なことは陰陽師が医療行為を行う事は無いという事です。医療行為はあくまでも医者の領域で、陰陽師の役割は、病気の原因を突き止め、その原因を明らかにして的確な祓いを行い、更に医薬の有効性や安全性を卜占や方術によって確保する事でした。

式神を自在に操ったこと

晴明公は式神と云う鬼神を自在に使う事が出来たと云うのは有名な話です。狂言師の野村萬斎氏主演の映画「陰陽師」では、式神が女官になって身の回りの世話をしている様子が描かれていました。

晴明公の使う式神には三種類あったとされています。

一つは陰陽道の十二神将や生物、植物の精霊の力を借りた式神。

もう一つは人形(ひとがた)の紙や木片、呪符に念を込めて作り出す式神。

今一つは那智の修行によって得た式神、護法童子(ごほうどうじ)。

晴明公の家にはあまたの式神がいて、来客にお茶を入れたり、酒の支度をしたり、掃除や洗濯までやっていたと云う話がありますが、これは後世の作り話でしょう。

ところがある時期から、式神を家の近くの一条戻り橋の下に隠すようになったとありますが、伝えるところによると、晴明公の妻が気味の悪い式神(恐らく様々な動物たち)が家にいるのを嫌がったからだと思われます。

晴明公は式神を使って呪詛をかけてきた時、相手の呪詛を破って式神を返したと云うエピソードがあります。現代に於いても呪詛は頻繁に行われているようですが、呪詛をかける事は比較的簡単な事です。けれどもかけられた呪詛を見破る事やまして呪詛を解くことは余程の能力の持ち主でなければ不可能で、かけた本人でも出来ない事なのです。非常に高度な秘術を要する事ですが、晴明公は簡単に呪詛を見破りまた解いたことが伺えます。

花山天皇の譲位を予知したこと

晴明公には前世を見抜くだけではなく、未来をも予知する力がありました。『大鏡』では次のように伝えています。

《このように土御門通りを東の方に道兼が花山天皇をお連れ出し申し上げた時、安倍晴明の家の前をお通りすぎになりました。

すると晴明の家から晴明自身の声で、手を何度も強く叩きながら、

「天皇がご退位されるようだ。天にはその兆候が現れているが、もはや事は決まってしまったようだ。すぐに内裏に参って奏上しよう。牛車と着替えの用意をしなさい」と云う声を天皇はお聞きになりました。》

これは花山天皇が自ら天皇位を退位することを決意し、藤原道兼に連れられて誰にも知られず、こっそりと内裏を抜け出し、出家する為に花山寺に向かう話です。そしてその途中で晴明の家の前を通りかかった時、安倍晴明の陰陽師としての卓越した能力を花山天皇が改めて感じたという事でした。この後出家した花山天皇が法皇になった後も、何かと晴明公を頼りにしたのは言うまでもありません。

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当会の陰陽頭、舊事希軍も晴明公同様に、陰陽師として卓越した様々な特殊な能力をもって、会員の皆様を全面的に支えております。

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