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2012年9月30日 (日)

桔梗だより 平成23年9月号

八月の陰陽會の祭典および行事

八月十五日日 戦没者慰霊と世界平和祈願祭を斎行致しました。

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九月の陰陽會の祭典及び行事予定

九月九日  重陽の節句・重陽祭

九月十九日  敬老祭

九月廿三日  例大祭・晴明桔梗まつり

陰陽道と宮中祭祀(二)

星辰祭(せいしんさい)

星辰とは万物の恵みを司る星神のことを言います。陰陽道祭祀の多くは星辰を拝する祭祀で占められています。あらゆる星が不動の北極星を中心として巡る事から、この星こそが万物の中心、宇宙の根源に位置する最高神であり、ここから日月が生じ、五星が生じて陰陽と五行とになったと観念されました。

太一(たいいつ)、昊天(こうてん)上帝、天皇(てんこう)大帝、北辰(ほくしん)などは全て最高神としての北極星(及び北斗七星)の別名です。天皇(てんのう)の称号もここから来ています。

正確には天皇陛下と称しますが、この陛下とは天皇(てんこう)の陛(きざはし・下段)に控えているという意味で、天皇(てんこう・神)と人とを結ぶ神官を意味しています。また北極星の周囲を取り巻く星座は天帝の住居である中宮として拝されました。

星辰のお祭りは多いのですが、中でも現在でも行われている、毎年元旦の寅の刻(午前四時)に宮中で行われる四方拝(しほうはい)は重要です。天皇は先ず天皇自身のその年に於ける支配星の名を唱え、続いて北辰(北極星と北斗七星)を拝し、次に天を拝し、西北に向かって地を拝し、東西南北の四方、歴代天皇の王陵に向けて拝してから、その年の安寧を祈念します。そして呪言の最後には「急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」と言う陰陽道独特の呪文を唱えられます。

星辰祭には他に玄宮(げんぐう)北極祭、鎮宅霊府神祭、泰山府君祭、天曺地府祭などが挙げられます。

鬼神祭(きじんさい)

ここで言う鬼神とは、疫病や災厄をもたらす穢れ神を言います。これらは天皇に仇なす「諸々の順(まつろ)わぬ鬼神(かみ)」と言う概念です。鬼神は時には政敵であったり、征服した地方の長であったりしました。天皇によって滅ぼされた人霊は怨念を伴って無数の悪鬼となり、人知れず宮城内に入り込み、邪悪な穢れによって疫病や災害をもたらしていました。

鬼神祭とはまさにこうした悪鬼による災厄(ケガレ)を祓う事で宮城や都の中を清浄(ハレ)に保つことを目的としました。

四角四境(しかくしきょう)祭と呼ばれる祭りがその代表的なもので、四角は天皇の住まう宮城の四隅、四境は都の周囲、畿内十処にある境を指し、折に触れて実施されたこれらの呪祭によって都内の穢れは多くの場合、鴨川や桂川、淀川を通じて結界の外に排出されました。

追儺(ついな)

追儺とは天皇の私的な穢れ祓いの儀礼で毎年大晦日に宮城内で行われました。今日、二月に行われる節分行事がこの追儺を原型としたものです。

追儺儀礼では金面に四眼の仮面を就けた方相師(包装紙)が矛や楯を持ち、宮城内にいる悪鬼を祓う所作をしながら巡回します。

後世この異形の方相師が自ら穢れをまとい、祓われる側に変じたものが節分の鬼です。

こうした鬼神祭では先ず陰陽師による卜占(ぼくせん)が行われ、どの場所がどのような鬼神によって穢れているのか、それをどう祓うのか、といった一連の判断を行い、必要に応じて適切な呪祭を執行しました。

御霊会(ごりょうえ)

天皇が過去を悔やみ、姿なき亡霊に恐れおののく時、御霊は生まれます。度重なる天災や飢饉はかつて政争に敗れ憤死した政敵が、鬼神に変じてもたらしたものと信じられていました。国の最高祭祀者である天皇は、通常の鬼神祭では祓いきれない強大な災厄を除く為、ある時は遷都し、ある時は怨霊を神に祭り上げることでこれに対処しました。鎮めの為の祭祀は災厄が沈静化するまで幾度となく続けられました。京都の上・下御霊神社に祀られる十柱の御霊はその代表的な神々です。

そのご祭神は桓武天皇によって排斥され悲嘆の内に亡くなった早良(さわら)親王や廃后の後、皇子の他部(おさべ)親王と共に暗殺された井上(いがみ)内親王などの五柱に、讒言によって失脚した菅原道真公などの五柱の御霊を合祀したものです。京都では御霊神社、崇道(すどう)天皇社、北野天満宮などと共に御霊信仰の拠点となりました。

天皇が行った祭祀は、その怨念故に天災や疫病によって世に災厄や祟りをもたらす霊を鬼神として祓う事ではなく、怨霊となった御霊を鎮める事によって、災厄でなくご加護を頂くようにする為の呪祭であります。

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天皇をはじめ有力公家、また国家を安寧に導く為にも、このような陰陽道の方術による祭祀が必然だったと言えます。

「延喜式」には既に陰陽道祭祀が記録され、平安末期には八十八種もの陰陽道による祭祀が挙げられています。その後も陰陽道祭祀は増え続け最終的には百五十以上であったとされていますが、国家祭祀と云うよりも天皇御一人の信仰による祭祀であった事、また祭祀の多くは秘密裏に執行されたことから全貌は明らかではありません。

けれども明らかに言えることは、天武天皇によって陰陽寮が創設されて以来今日に至るまで、陰陽道祭祀は千五百年間もの間、脈々と宮中祭祀として引き継がれているのです。

明治三年に陰陽寮が廃止されたことで、宮中での多くの陰陽道祭祀は失われ、祭祀の多くは神社に引き継がれましたが形骸化しました。そして天皇家を護り続け、日本を形造ってきた陰陽道の方術は民間に流出したことで、本来の意義を失い、単なる占いや除霊に成り果ててしまいました。

しかしながら陰陽道とは世界にも類を見ない方術と科学の融合による国家統治の手法であり、陰陽道を操る陰陽師とは方術、科学それぞれの分野で最高峰の知識を有し、その知識を有効に行使し得た能力者だったのです。 

日本の天皇はこのような世界最強ともいえる陰陽師集団によって守られてきたとも言えます。

明治以降、陰陽寮は廃止され、陰陽道の知識は雲散霧消してしまいましたが、宮中祭祀として継承されている陰陽道祭祀をはじめ、人生儀礼、四神相応の都市造り、伝統行事などの中にその痕跡を留め、ほとんど形骸化してしまったとは言え、その形の中に薄まった形で辛うじて日本と日本人を形造っていると言えます。

当会の方術は、陰陽道が最も隆盛期であった平安時代に実在し、多くのエピソードを遺した当会ご祭神である安倍晴明公直伝の方術です。

また晴明公同様、陰陽道に精通した陰陽頭舊事希軍が、国家存亡の危機にある現在、陰ながら方術を駆使し、國體護持の為、日夜奮闘しております。

本来ならば、天皇のお傍近くでご守護申し上げることが陰陽師としての職務でありますが、陰陽寮無き今、如何ともしがたく在野にあって獅子奮迅している次第です。

陰陽道祭祀とは巷で言われるような人の吉凶を占う単なる占いではなく、天皇のご守護、国家安泰、國體護持の為の方術を伴った祭祀なのです。

(つづく)

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