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2012年11月29日 (木)

桔梗だより 平成24年10月号

9月の陰陽會の祭典および行事

9月9日  重陽祭を斎行致しました。

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9月17日  敬老祭を斎行致しました。

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9月22 第六回晴明桔梗まつりを斎行致しました。

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9月30日  十五夜祭を執行致しました。

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10月の陰陽會の祭典及び行事予定

10月17日  神嘗祭遥拝式

10月20日  皇后陛下御誕辰祭

10月20日  恵比寿講

10月27日  十三夜祭

日本の年中行事と神まつり

12月13日

「正月事始め」とも言います。煤払いや餅つきなど、この日から本格的に正月を迎える準備をします。煤払いは単なる大掃除ではなく、歳神(としがみ)様を迎える為の行事として行います。

『天和長久四季あそび』

煤払いのなされる日は、江戸の場合は毎年12月13日の事納めの日と決まっており、上方などでは逆にその日を事始めと称し、正月準備を始める日とされてきました。

江戸の街に師走の寒風が吹きすさぶ頃、早くも新年を迎えるための一連の準備がいよいよ始まり、まず最初になすべきことは年末の大掃除であって、江戸ではこれを「煤払い」もしくは「煤掃き」・「煤取り」などと称しました。上の絵では人々は煤払いや餅つきにあわただしく立ち働いていて、門の外には正月用品を売る振り売りや、頭にウラジロの葉を挿して顔を隠した節季候(せきぞろ)と呼ばれる門付職たちの姿も見えます。

将軍家の煤払いは元は12月20日でしたが、三代将軍家光公の忌日(祥月は4月)なのでそれを避け、1640年(寛永17年)以降、この日に固定されたとも伝えられています。煤払いは単なる清掃作業ではなく、新年を間近に控えてのおめでたい祝事となっていて、さまざまな祝儀が振る舞われていました。
作業が終ると、狩野家より奉じられた恵比須・大黒・福禄寿の三幅のおめでたい表具が、将軍の御座所に掲げられることにもなっていました。

(参考サイト)日本の行事・暦、ドキュメント観賞☆自然信仰を取り戻せ!

衣替え

日本人は季節に応じて衣服を改める「衣替え」行ってきました。
6月1日に夏服に、10月1日に冬服に替えるのが一般的です。

以前は学校の制服も6月1日と10月1日を以て夏服、冬服に交換していました。しかしながら昨今は合服のようなものがあったり、特段衣替えに関係なく、自由に着替えられたり、運動用のジャージなどを年中着ていたりして、季節感をはっきりと感じられるような制服が無くなり、一年中だらだらとしたいい加減な印象があります。

衣替えの制度が出来たのは、平安時代以降で、宮廷で習慣化しました。陰暦4月1日に夏装束に、10月1日に冬装束に、調度品ともども改めるのがしきたりでした。

京都の古い家では服装のみならず、衾や障子などの建具や敷物を夏向き、冬向きに全て取り換える模様替えを行い、季節の変わり目を見た目にもはっきりとさせて、実際に夏には風の通りを良くしたり、冬には温かく過ごせるようにと工夫しているようです。また店先の暖簾も夏には麻を用いて涼しげに、冬は帆布(はんぷ)製で重厚な色合いのものに変える事で、お客さんにも季節感を感じてもらえるようにしています。

更には掛け軸などもそれぞれの季節感を表わした絵に掛け替えるなど、見た目の雰囲気を変える事で、涼しさや温かさを感じ取るという日本人ならではの感性を大切にしています。
衣替えの元は、物忌み(ものいみ)の日に行っていた祓への行事で、現在でも多くの神社では、神様の衣替えである更衣祭が行われています。

衣服とともに気分を一新して新しい季節を迎えるのは、開運に欠かせない一つの祓ひの形です。   

(次号に続く)

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