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2013年8月

2013年8月16日 (金)

戦後68年目  平成25年8月15日

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本年の終戦の日は、例年同様に靖国神社に於ける

畏れ多くも天皇陛下のご親拝並びに首相の参拝も無いまま過ぎ去りました。

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一方、千鳥が淵に於ける戦没者墓苑に於ける戦没者の方々を追悼する式典には

畏れ多くも天皇皇后両陛下並びに総理以下閣僚、ご遺族の方々の参列が為されたのであります。

現在毎年815日に挙行されている「全国戦没者追悼式」は、全国戦没者追悼式の実施に関する件として、昭和2748日に閣議決定されたことが始まりです。

その閣議決定されたことの中に、次の様にあります。

 

二 本式典の戦没者の範囲は、支那事変以降の戦争に因る死没者(戦災死者等を含み、軍人軍属に限らない。)とする。
 

三 本式典は、宗教的儀式を伴わないものとする。

 

「戦没者」の範囲を曖昧にすることで昭和殉難者が含まれているかどうかをわざと曖昧にすることで、苦肉の策で昭和殉難者の方々をも慰霊してきたのではないかと考えますが、

いずれにしても宗教的儀式を伴わない慰霊祭など、全く無意味であります。

つまり、この式典に於ける「全国戦没者之霊」と墨書された白木の柱には何の意味も無いのです。

政府主催の式典にケチを付けるつもりはありませんが、招魂も何もされていない無機質な只の柱に過ぎません。

此処に戦後日本の抱える象徴があると思えてなりません。

只の象徴的存在に過ぎない白木の柱に何の意味があるのでしょうか。

恐らく、この白木の柱は厚生労働省の役人による製作物であり、式典後には、何の敬意も払われずにゴミとして処分される柱であります。

斯様な柱に、畏れ多くも天皇陛下がご親拝あそばされるのであります。

畏れ多くも天皇陛下がご親拝になられた、白木の柱と言う「戦没者の象徴」が、只の焼却処分になると言う現状を、ドウ受け止めるべきか、一国民として憂慮する次第であります。

昭和27年から続く、無機質で無意味な式典は、現在でこそ場所の特定が為されていませんが、かつての自民党が与党時代に超党派で議連が立ち上げあられ、民主党政権下で特に声高に設立が叫ばれた、特定の宗教によらない全国戦没者追悼式の常設版である国立追悼施設設立に向けての布石に外なりません。

東京大学名誉教授の小堀桂一郎氏は「靖國神社と日本人(PHP新書)」の中で次のように述べています。

「・・・それが招魂の祠であって、〈元の天〉に帰った霊魂は子孫の招きによってここに降りて祭を受ける。〈もし偽りを以て祭らば神(かみ)是(これ)を請(う)けんや〉であって、この祭り方は神祭の礼式に則った正しいものでなくてはならない。〈神は非礼を享けたまはず〉である。」

 

つまり、御霊をお祀りする時には神式の作法に則った恭しいものでなければならないと言うことです。

我が国には明治天皇の思し召しによって創建された、国の為に散華された英霊をお祀りする為の靖国神社がすぐ隣にあるにも拘らず、占領基本法である日本国憲法で定められた「政教分離原則」によって、英霊に対する顕彰さえままならない状況に置かれているのです。

 

日本が真に独立する第一歩は、畏れ多くも天皇陛下におかせられましては、このような無機質・無意味な慰霊祭ではなく、真に英霊が鎮まります靖国神社に御親拝頂くことであり、首相はじめ閣僚、全国会議員が参拝する事が当たり前になることでありましょう。

無宗教の慰霊祭など止めて、真に戦没者の御霊を慰霊する事が出来る、靖國神社の慰霊祭を国で行う祭祀にするべきなのです。

 

そして天皇皇后両陛下のご親拝を仰ぎ、首相はじめ全ての閣僚が公式参拝し、国民挙げて慰霊することが、真の戦没者慰霊祭となるのです。

 

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ところでほとんど知られていませんが、靖國神社の境内には「鎮霊社」と言うお社があります。

鎮霊舎は靖国神社の境内、元宮の隣にあります。

昭和407月にご創建され、毎年713日に例祭が執り行われています。

この御社には幕末の嘉永6年以降、戦争・事変にかかわって戦没したものの、本殿にお祀りされていない日本人の御霊と、同時期以降の世界の戦争・事変にかかわって戦没した全世界各国すべての戦没者の御霊をお祀りしています。

この中には、慶応4年の戊辰の役で官軍に敗れ、会津若松の飯盛山で自決した会津藩白虎隊の少年隊員や、明治10年の西南の役で自決した西郷隆盛ら、所謂朝敵とされた方々も含まれています。

諸外国の人々では湾岸戦争や最近のヨーロッパ・ユーゴのコソボ自治州での紛争の犠牲者など全戦没者が含まれます。

つまり先の大戦で亡くなった非戦闘員の方々も、また明治と云う時代を迎える際に、朝敵となってしまわれた方々もすべて招魂されて、靖國神社にお祀りされているということなのです。

ところで、陰陽道では人間は魂(こん)と魄(はく)との二つから成ると観念しています。

そして魂は陽の気で精神を司るもの、魄は陰の気で肉体と五感を司るものとされ、人が死ぬと魂は天に帰り、魄(肉体、骨)は地に帰るのです。

ですから神社でお祀りするのは魂であり、お墓でお祭りするのは魄と言う事になります。

靖國神社をお墓のように考えている人が希にいますが、そこにお祀りしているのは「英霊」と言う魂であり、魄の方はご遺族がそれぞれの先祖代々のお墓でお祭りされています。

そして魂は天に帰るのですから、「神」としてお祀りすることができるのです。

また魂は招魂と言う祭儀を行う事でお祀り出来るので、魄の部分は不要なのです。

逆に魄は地に帰るものであり、「死」の穢れそのものなので、魂と一緒にすることは出来ません。

ちなみに神社で葬儀を行わないのは穢れを持ち込むことが出来ないからです。

さらに魄を祭るお墓は、子孫が絶えてしまえば消えてなくなってしまう可能性がありますが、神社によって魂をお祀りすることで、地域の共同体などによって永遠にお祀りし続けることが可能になります。

日本人は古来から、英雄でも不遇の死を遂げた人でも、その御霊を神社を創建して神式でお祀りすることで、永遠に国の守りとしてお働き頂ける様にしてきたのです。

靖国神社の英霊は『醜の御楯』(しこのみたて・天皇の楯となって 外敵を防ぐ者)となり、散華されても尚、諸外国から日本を護り続けて下さっている事を、子孫である私達は決して忘れてはならないのです。

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