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2014年6月

2014年6月17日 (火)

桔梗だより 平成26年6月号 (平成26年6月1日頒布)

5月の陰陽會の祭典および行事

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5月5日 端午祭

6月の陰陽會の祭典及び行事予定

62日 疫病封じ祈願祭

630日 名越大祓祭

 

急を要する自衛隊の再軍備

 515日、沖縄復帰記念日に、安倍首相は集団的自衛権に関しての憲法解釈変更に関する会見を行いました。その内容は「集団的自衛権の限定的な行使容認を視野に、与党協議を進めていく」と云うものです。

 具体的には「日本が攻撃を受けていない場合では、日本人が乗っているアメリカの船を、日本の自衛隊は守ることができない。医療活動に従事する人や、近くでPKO活動についている人が突然武装集団に襲われたとしても、この地で活動している日本の自衛隊は、彼らを救うことができない」という、現在の憲法解釈を「出来る」とするように解釈を変更すると云うものです。

 更に「武力攻撃に至らない侵害。漁民を装った武装集団がわが国の離島に上陸してくるかもしれない」所謂グレーゾーン事態への対処を「これまでの憲法解釈でも可能な立法措置」で一層強化するという内容でした。

 「集団的自衛権」は本来、独立国であるならば国際法上認められているにも拘らず、我が国は「憲法九条」の縛りによって、原則行使する事が出来ないと云う憲法解釈がなされています。

 今回の安倍首相の会見は、海外で活躍する日本人の安全を確保する意味に於いても、また昨今の支那の漁船による尖閣問題等を考慮して、現状の憲法解釈では自衛隊の活動に制限があり過ぎて身動きが取れない状態を改善しようと云うものです。僅かながらですが、自衛隊の縛りを解く為に前進しようとしたことは評価できるものではあります。

 しかしながら安倍首相は会見中、何度も「国民の生命財産を守る為」と言いましたが、「國體(こくたい・国柄)を護る為」とは一言も発しませんでした。本来国民の生命財産を守るのは警察の職責であり、軍隊と云える自衛隊の職責は國體を護る事であります。先ず、この点が安倍首相の念頭には全く無かったことが伺えます。

 つまり警察法では、第二条で「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持を責務とする」とあります。一方自衛隊法は、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」となっています。
 
 主に警察は国内の公共の秩序の維持が目的であり、自衛隊(軍)は国防を主体として必要ならば公共の秩序の維持をするかの違いです。

 集団的自衛権行使に向けては、「國體・国柄を護る」と云う事に言及することなしに、単に日本人の人命と財産を守る為を主とした行使容認とは如何なものでしょうか。

 更に「集団的自衛権の行使」にのみ言及されていて、自衛隊が軍隊として認識されるのであれば、統帥権の問題・天皇大権の復権・軍人勅諭・軍法会議の復活等の議論が為されなければならない筈でありますが、その点についても全く触れられていませんでした。

 つまり集団的自衛権の行使をたとえ一部であろうとも可能にすると云う事は、軍隊としての位置付けになるわけですから、現在の軍隊ではないと云う位置付けの自衛隊のままでは、「有事」が起きた際には様々な不都合が生じることは明らかです。

 例えば脱走者や敵前逃亡者が出た時、軍隊であれば軍法会議にかけられ刑罰を受けますが、現状では単なる一公務員に過ぎない為、一般の裁判所で裁かれますが、実際にはどのような処罰になるのでしょうか。また自衛隊員は一公務員に過ぎない為、情報漏洩が生じた場合、守秘義務違反若しくは特定秘密法違反(これについては今後議論が必要になると思いますが)と云った刑罰しか該当しません。簡単に言えば、「銃殺刑」が無い、と云う事になります。また、万一自衛隊員が相手国の捕虜になった場合、軍人としての捕虜待遇を受けることは出来ません。つまり現在では捕虜待遇を与えられるための資格要件は戦時国際法により「紛争当事国の軍隊の構成員及びその軍隊の一部をなす民兵隊又は義勇隊の構成員」等定められているからです。

 集団的自衛権行使を一部可能にしても、国内では軍隊にすらなっていない、斯様な自衛隊を何処の国が信用し、信頼するのでしょう。更に言えば、単なる憲法解釈の変更だけでは、自衛隊員は軍人としての名誉も与えられず、命令だけが与えられ、万一の時には犬死せざるをえないかもしれないと云う悲惨な事になりかねません。

 今回の会見は、軍隊たるは如何なるものかをご存じ無い首相が、官僚の書いた原稿をそのまま棒読みによる会見をしたに等しい内容だったのではないでしょうか。凡そ國體を護る決意も無く、国民の決意も無く、国民の生命財産にのみ重点を置いた、まるで極左、共産党ばりの会見だったと誹りを受けるべき内容であったと思います。
 
 

 一体首相は如何にして國體の護持を為さんとするかがまるで見えてきません。
 
 次々と打ち出される新自由主義に基づく政策(移民・外国人材活用・TPP等)によって國體を変質させることに関しては積極的ですが、國體の護持に関してはまるで消極的です。安倍政権誕生の時には「日本を取り戻す」と提唱していましたが、一年余りを過ぎた現在、日本を取り壊しているようにしか見えません。
 
 

 今般の安倍首相による集団的自衛権云々については、大方亜米利加にせっつかれて焦った挙句にあの会見に至ったのだろうと推測されます。亜米利加は自国が次々と世界から軍隊を撤退させる中、同盟関係にある日本に対して応分の軍事力を負担させたい意向が強くあります。しかしながら日本の自主独立を促しているわけでは決してなく、軍事力だけは亜米利加の先兵としての働きをさせる為に増大させ、あくまでも亜米利加の属国としての位置付けの儘で自衛隊を使いたいとの意向が伝わってきます。
 
 

 もしも集団的自衛権の行使を本格化するのであれば、統帥権の問題・天皇大権の復権、更には軍人勅諭の復活・軍法会議の復活等、真剣に議論し改憲せねばならない課題があります。これらの議論なくして、憲法解釈の変更を以て事足りるとするのは、偏に小手先の概念、言葉遊びに過ぎず、有事が起こらないと云う前提に於ける、凡そお花畑の会見に過ぎなかったと真の保守であれば気が付かねばなりません。
 
 

 このままでは詰まる所、永久にアメリカの庇護を受け、その属国としての日本から抜け出るつもりは無いと言わざるを得ません。
 
 

 現在、尖閣諸島をはじめ南支那海、中越国境に於ける支那の人民解放軍による不穏な動き、更には露西亜のクリミア併合など、世界情勢は一触即発の緊張の度合いを増しています。今回の憲法解釈変更を足掛かりに、我が国の國體を護らんが為に、何としても自衛隊の再軍備に向けて、早急に且つ確実に歩を進める最後のチャンスが到来していると言っても過言では無かろうと考える次第です。

建築にまつわる話(4

 今回は地鎮祭の際に土地の神々を鎮め和め、工事の安全と家の繁栄を祈る為に地面に埋納する「鎮物(しずめもの)」についてです。鎮物には「人像・楯・鉾・刀・長刀・鏡・水玉」の七種が入っています。鎮物のランクは並品から上等品まであります。土地や建物の大きさ等で選ぶことが可能です。

 当会並びに神道式での地鎮祭の場合は右の内容の鎮物を埋納致しますが、近年は霊能者と称する人が、書籍などの付録で水晶を鎮物として用いるように勧めているケースもあるようです。

 実際にご相談頂いた件で、新築の際に地鎮祭を執り行う代わりに、このような水晶を土地に埋めた方が、お子様に精神的な障害が出るなど、家庭に不都合な事が起きている事がありました。

 また仏式で地鎮祭をされた方は、家の引き渡しの際に既に家が傾き、その後ご家族に次々と生死をも危ぶまれるようなご病気に見舞われるなど、不幸が続いたと云う事もありました。

 土地にまつわる神霊は丁寧にお祀りすればその家の繁栄につながりますが、安易に処すれば祟りを引き起こすと云う大変怖い神々です。(続く)

2014年6月 9日 (月)

桔梗だより 平成26年5月号

4月の陰陽會の祭典および行事

43日 神武天皇遥拝式

 

429日 昭和祭

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5月の陰陽會の祭典及び行事予定

55日   端午祭 斎行

 

 

伊勢神宮の変遷 (最終)

 明治二十二年に行われた式年遷宮は、明治国家形成と云う歴史的大事業の中心的な位置付けとされ、神話の時代から続く、万世一系の天皇を戴く皇室と近代化を成し遂げた西欧の仲間入りを果たすべく、文明国家としての日本を、車の両輪の如くバランスよく国の内外に知らしめる必要がありました。

 神宮としても皇祖の神威が一段と高まる式年遷宮を通して、同年発布された万世一系を謳う「大日本帝国憲法」を根拠付け、強力に支えました。神宮と憲法は一体となって明治国家を形成していったと言えます。

 更に翌二十三年には国会が開設され、明治国家は名実共に西欧列強に肩を並べる近代国家の第一歩を踏み出しました。

 その後、日清戦争(明治二十七年八月~二十八年三月)、日露戦争(明治三十七年二月~三十八年九月)の両大戦に勝利し、明治四十二年に明治になってから二回目、第五十七回式年遷宮が行われることになりました。

 この第五十七回式年遷宮の準備段階で、社殿造営に関する変更案が内務大臣から天皇に上奏されました。その内容は、昔ながらの掘立柱を止めてコンクリートの基礎の上に礎石を据え付け、その上に柱を立てると云う合理的な工法でした。この工法にすることで腐食を避け、二十年毎に建て替える必要が無くなり、用材の確保に奔走しなくても済むと云う事からでした。このような合理的な案が出された背景には、神宮の御用材として約一万二千本もの檜が必要であり、御用材の確保が困難を極めた事にありました。

 しかしながら明治天皇はこの案を却下され、従来通り掘立柱による工法とする、とされたのでした。あくまでも式年遷宮の慣行を遵守する事を選択されました。これを機に、式年遷宮を永続的に行えるよう、御用材確保を目的とした木曾御料林(きそごりょうりん)が確保され、現在に至っています。

 第五十七回式年遷宮が斎行された際、明治天皇は次のような御製を詠まれました。

いにしへの 姿のまヽに あらためぬ

      神のやしろぞ たふとかりける

 現在、我が国は「グローバル時代」と称して、構造改革・規制緩和・女性の社会進出・家事や介護に外国人材活用・移民受け入れ・小学校からの英語教育・社内の公用語の英語化など、今迄長く続けてきた慣習や伝統・或いは文化などを「発展を妨げる悪しきもの」として破壊しつつあります。

 しかしながら古くから続いてきた慣習には、外国人にとっては面倒で邪魔な事であっても、日本人を日本人たらしめる為にはなくてはならない重要なものであることが大半です。

 「古い考えや慣習は進歩の妨げである」と云った誤った考え方により、次々と打ち壊されてしまえば、そこには最早日本も日本人も存在しなくなる事を一刻も早く理解せねばなりません。

 我が国が失われつつあるとは言いながら、僅かながらでも「日本」の伝統文化と日本人らしさを保ち続ける事が出来ているのは、先人が伝統・文化を受け継ぎ続け、現代にまで残して来てくれたからこそであります。

 明治天皇の御製には、日本人が「合理的」と云う理由で安易に伝統を捨て去り、新しきものに飛び付く事の軽挙妄動を戒め、伝統を守り伝える事の大切さを詠まれたと拝察する次第です。

 其の二十年後の昭和四年の式年遷宮は、空前の盛大さ、豪華さを誇るものであり、御社殿を最高級に仕上げ、宝物や設えも復古のレベルを超えたものになりました。東亜細亜に於ける緊迫した軍事情勢の下、ナショナリズムの高揚が皇祖をお祀りする神宮の式年遷宮に空前の盛儀をもたらしたと言えます。

 11年後の昭和十五年には神武創業から二千六百年目にあたる、「紀元二千六百年」を迎え、国を挙げての盛大な祝賀の年となりました。この年、昭和天皇は神宮に御親拝なさいました。

 昭和十七年十二月八日、大東亜戦争が勃発。昭和二十年八月十五日、終戦。同年十二月、昭和二十四年に予定されていた第五十九回の式年遷宮の準備中止が決定されました。GHQから「神道指令」が出る三日前の事でした。

 昭和二十七年四月二十八日、サンフランシスコ講和条約の発効によって日本の独立が為され、翌年の昭和二十八年には、昭和二十四年に予定されていた式年遷宮が繰り延べられ、戦後初めて行われることになりました。

 前回の昭和二十四年の式年遷宮に於いては、空前の豪華さを誇りましたが、昭和二十八年の式年遷宮では、過剰な装飾が減じられ、豪華な飾り金物は影をひそめ、現在に至っています。

 今から約千三百年年前、第四十代天武天皇がお定めになり、次の第四十一代持統天皇の四年(六九〇)に第一回目の御遷宮が行われて以来、長い歴史の間には一時の中断(戦国時代)はありましたが、二十年に一度繰り返されて、平成二十五年に第六十二回目の御遷宮が行われました。この間、平安初期に定められた延喜式の詳細な規定の下、凡て古代と寸分違わぬ形と風合いで刷新され、生まれ変わり、蘇り続けて今日に至っているとされています。只内実は、今迄書いてきたように、遷宮の歴史には実際は様々な変更や中断も有り、また内宮と外宮の争いにより血塗られた歴史的事件もありました。

 しかしながら、長い長い時間の試練を経ながらも、今尚、清々しく厳かで高貴さを保って、内宮・外宮共に御神体が鎮まっておられることは間違いありません。

歴史を持たぬ米国に敗戦し、蹂躙された事によって、戦後、日本人のアイデンティティが失われていく一方です。政治家もまた、日本人をアメリカ化させることが恰も日本の進むべき道であるかの如く誘導している昨今です。

 伊勢神宮の式年遷宮を通じて、我が国の歴史と伝統の重みを再認識し、我が国の未来は過去の歴史を引き継いでいく先にあるものであり、断絶した先に有るものではない事を深く理解する必要があると考える次第です。(終り)

参考文献「伊勢神宮と天皇の謎」武澤秀一著

「建築にまつわる話」はお休みです。

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