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2015年8月 6日 (木)

桔梗だより 平成27年8月号(8月1日頒布)

8月の陰陽會の祭典及び行事予定

815日 戦没者慰霊と世界平和祈願祭

大東亜戦争停戦七十周年

 今年八月十五日に、大東亜戦争停戦七十周年を迎えます。何故「終戦」ではなく「停戦」七十周年かと言う事を説明致します。

 先ず戦争は「宣戦布告」によって開始され、講和条約の発効によって終わります。大東亜戦争に於いて日本は、昭和十六年十二月八日に米英両国に対して宣戦布告し、昭和二十六年九月八日にサンフランシスコで対連合国講和条約を締結し、翌昭和二十七年四月二十八日に発効しましたので、「終戦」とは昭和二十七年四月二十八日と云う事になります。

 それでは昭和二十年八月十五日は一体如何なる日であるのかと言えば、ポツダム宣言の受諾を公表した日であり、「停戦宣言をした日」と云う事になります。そして正式に停戦を調印したのは昭和二十年九月二日でした。(『憲政史研究者 倉山満の砦』参照)

 このことから、一般的には昭和天皇の玉音放送が放送された日を以て「終戦」としていますが、本来であれば八月十五日は「停戦の日」であると云う事です。

ところで今年は大東亜戦争停戦七十周年を迎える年として、様々な分野で先の大戦を検証する催しが行われるようです。

 八月一日には昭和天皇による玉音放送の音声を記録したレコード盤、「玉音盤」の原盤が、音声と共に初めて公開されます。宮内庁が原盤の音声の再生に成功し、戦後七十年を経て「玉音放送」そのものが蘇りました。

今迄に私達国民がテレビなどで耳にしてきた玉音放送の音声は、戦後GHQ司令部の命令で作られた玉音盤のコピーの音声だと云う事で、原盤は皇室の所蔵品として保管され、これまで一度も公開された事はありませんでした。

 公開のきっかけは、今年の戦後七十年にあたり、宮内庁が先の大戦の関係資料の公表を検討した過程で、天皇皇后両陛下、皇太子殿下、秋篠宮文仁親王殿下から「玉音盤」の再生も検討してはどうかと言うお考えがお示しになられた事によるものだそうです。

 原盤が収められた缶の蓋を開けるとレコード盤が六枚あり、その内五枚は終戦の玉音放送の原盤、残り一枚は昭和二十一年五月、戦後の食糧難に際して、昭和天皇がラジオを通じて国民に助け合うようにと呼びかけておられる「御言葉」が録音されていました。

 六月三十日、御所で原盤を再生し、両陛下、皇太子殿下、秋篠宮文仁親王殿下がお聞きになられたとの事です。(NHK NEWSWEB 戦後70 よみがえる玉音放送 参照)

 また、八月八日には「日本のいちばん長い日」と云う映画が公開されます。

 映画の粗筋は、ポツダム宣言を受諾するか否かで閣僚による閣議が紛糾し、最早昭和天皇の御聖断を仰ぐしかなくなった時、御前会議に於いて昭和天皇の御言葉によって降伏を決定した昭和二十年八月十四日の正午から、宮城事件(八月十四日の深夜から十五日にかけて一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件)、そして国民に対して日本放送協会のラジオによる玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる八月十五日正午までの長い長い二十四時間を描いたものです。

 映画「日本のいちばん長い日」は最初、昭和四十二年に公開されました。今回は四十八年振りのリメイク版と云う事になります。

 平成二十六年九月に公表された「昭和天皇実録」で、昭和天皇がご一家と共にこの映画を公開年の十二月二十九日にご鑑賞されていた事が明らかにされました。(ウィキペディア参照)

 この映画で描かれている停戦間際の陸軍によるクーデター、所謂「宮城事件」を未然に防いだ阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大将の胸像が、郷里の大分県竹田市の廣瀬神社で初めて建立されることになりました。

 広瀬神社とは、大分県竹田市出身で、明治三十七年三月二十七日に日露戦争の旅順港閉塞作戦で戦死した軍神第一号の海軍中佐、広瀬武夫命を主祭神とする神社です。

 阿南陸相は、本土決戦を主張する陸軍を代表して停戦には反対し続けましたが、最後は昭和天皇の御聖断に従って賛成に転じ、玉音放送が放送される朝に自決されました。

 現在、同神社の境内には岸信介の書による阿南陸相の顕彰碑が建立されていますが、戦後七十年を機に、終戦か継戦かの瀬戸際で重大な役割を果たした阿南陸相を讃える胸像が建立される運びとなりました。八月二十二日、廣瀬神社で建立式典が行われるそうです。

 因みに昭和四十二年と今年に映画化された「日本のいちばん長い日」は、昭和四十年初版で文藝春秋社から出版された半藤一利のノンフィクションを基にしています。

 半藤一利が実際に旧軍人に取材をした上で書き上げたと云う事ですが、「近衛師団参謀終戦秘史 第五版 森下智 著」によれば、事実は半藤一利の本の内容とは全く異なるようです。

 本書は、昭和二十年八月に発生した「宮城事件(八・一五事件)」及び「水戸教導航空通信師団事件」等について、当時近衛第一師団参謀だった古賀秀正陸軍少佐(陸士五十二期)と石原貞吉陸軍少佐(陸士四十七期)の視点から新たに再検証したものであり、従来、『日本のいちばん長い日』等で広く流布されてきた定説 (古賀参謀・石原参謀首謀者説等)を覆す内容を含んでいます。(Amazon商品説明より)

 戦後七十年という節目の年に、国会に於いては集団的自衛権行使を認めるか否かという安全保障法制を巡って激論が交わされ、国民の側に於いても容認派と反対派に大きく分かれて各地でデモが行われています。与党サイドは集団的自衛権行使容認を「平和安全法制」と言い、共産党、民主党、社民党は「戦争法案」だとして、断固反対の声を上げています。

 然しながら国民の大半は、戦後の「平和教育」によってすっかり平和ボケしている上に、全体の事よりも個を優先する個人主義が蔓延し、「国防」という観点から物事を考える事は不可能に近い状況に陥っています。突然降って湧いたように「集団的自衛権」と言われても、その意味は殆ど理解出来ず、更にマスメディアが只管「イノチ・イノチ」と連呼して「死の恐怖」を煽り、「集団的自衛権=戦争=徴兵=死」と云うような連想をさせるように誘導しています。

 世界の軍事的なバランスが崩れてきている中にあっても、日本と云う国を守る為に必要な国防について国民が思考停止状態になっているのは、偏に国防について全く教育されてこなかったツケが回ってきていると言えます。

 今回の集団的自衛権行使をめぐる安保法制については、憲法違反であると言う観点とは別に、自衛隊が米軍の尖兵と化すこと、つまり対米隷属を強める為の解釈改憲ではないのかと云う観点からの反対意見も見受けられます。

 リーマンショック以来アメリカの国力は衰退の一途を辿り、国防費も削減せざるを得なくなってしまった現在、アメリカ一国で「世界の警察」の役割を担う事は最早困難になって来ています。

 米軍と自衛隊を一体化させることで、アメリカの負担を減らす事が出来る上に、亜細亜地域、特に軍事費を毎年驚異的に増大させ、軍事的な台頭をあからさまにしてきた中国共産党に対峙させるには、日本に集団的自衛権行使を容認させることで自衛隊を米軍の尖兵として使う事が望ましいのは明らかです。

 更には日本の軍事的存在価値を高めて日本と支那・朝鮮半島を対峙させることで、亜細亜地域に緊張を強いる事は、アメリカにとっては非常に好都合であり、亜細亜が結束する事は絶対に避けたいのは勿論の事です。

 集団的自衛権の行使は日本の国防の観点からも、本来国際法上認められていると言う観点からも、日本が「普通の国」になる為には必要な事ではなかろうかと考えますが、その一方で「自衛隊が米軍の尖兵と化す」可能性が高まると言う事実もあることを考えると、戦後七十年を経て、対米従属から独立国家へと自立するどころか、対米隷属と言う、実質的にはアメリカの植民地と化す可能性も否定できないと言う矛盾した状況である言うジレンマに陥る事も確かです。

 安倍首相は自らテレビのニュース番組に出演し、「火事の煙」を例にとって説明をし、国民の理解を得ようと致しましたが、例えを用いた話は却って分かり辛い内容でありました。

 そうではなく、端的に「自存自衛の為の集団的自衛権の行使」であると説明すれば良いだけの事ではないのでしょうか。

 昭和二十年八月十五日、日本がポツダム宣言を受諾し停戦した時、米内光政海相は昭和天皇に対して「日本民族は大変優秀な民族ですから、五十年後には必ず蘇ります。」と申し上げたところ、昭和天皇は「私はそうは思わない。三百年かかると思う。」と仰せになられたと言う話があります。

 昭和天皇は既に日本が白人国家に隷属すると言う暗澹たる未来を見据えられ、二千六百年の伝統と誇りを持った独立国日本を、そう簡単には取り戻す事が出来ないであろうと云う事を予見されておられたのかもしれません。大東亜戦争停戦七十周年を迎えた今、日本は大きな岐路に立たされているように見えます。

 皇室を戴く日本民族としての誇りを以て、真の日本の独立を成し遂げる方向へと向かうのか。それとも無国籍人としてアメリカに隷属し、アメリカの一州として経済的発展を良しとするだけの方向へと向かうのか。

昭 和二十年八月十五日の玉音放送に於いて、昭和天皇は最後に次の様に仰せになりました。日本人として為すべき事は既に昭和天皇の御言葉に示されているのではないでしょうか。

 ・・・ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の真髄を発揚し、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。
あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動せよ。

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