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2016年9月

2016年9月 4日 (日)

桔梗だより 平成28年9月号(9月1日頒布)

8月の陰陽會の祭典および行事

 

815日 戦没者慰霊・世界平和祈願祭を斎行。

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9月の陰陽會の祭典及び行事予定

99日  重陽の節句・重陽祭

919日 敬老祭

921日 秋季祖靈祭

922日 第十一回例祭・晴明桔梗まつり

「天皇と國體」「天皇と臣民」

八月八日、天皇陛下は「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をビデオメッセージという形で述べられました。

「天皇陛下のお気持ちの表明」が国の内外に一斉に報じられ、天皇陛下がご高齢であられながら、ご自身が「象徴としての天皇のお務め」を全身全霊で果たしてこられたことを国民は改めて認識し、感激を以てお言葉を拝聴すると共に、ご高齢故にその務めを果し得ない場合は譲位を強く望まれておられるとも受け取れるお言葉に衝撃を受け、多くの国民は一日も早く天皇の御位を譲られて、皇后陛下と共に心穏やかにお過ごしになられる事を願っている事と思います。

天皇陛下は、「個人としてのお考え」との前置きをされつつ、次の三点を述べられました。

一、日本国憲法の下で、天皇が高齢になった場合「象徴としての天皇の務め」を十分に果たす事が困難になる事も考えられ、その際は譲位・退位が望ましい。

二、現行憲法、皇室典範の下では、天皇がその務めを果す事が困難になった場合は、摂政を冊立するとしているが、天皇陛下は「天皇」が象徴としての務めを果たす事が出来ないまま、終焉を迎えるまでの間も天皇であり続けることは、国民にも負担をかける事になり、摂政を冊立する事はそぐわないとして否定された事。

三、天皇が崩御した時、新天皇に関わる様々な儀礼や行事と殯(もがり)をはじめとする喪儀の儀礼が約一年もの間続くことから、残されたご家族のご負担軽減の為にも予め譲位・退位する事が望ましい。

これらの事から、長い伝統と歴史を踏まえつつ、日本国憲法の下での「象徴天皇の務め」が常に途切れることなく安定的に続いていく為に、「譲位・退位」の強いご意向をお示しになられ、現行制度の改変に対して国民の理解を求められました。

また今上陛下は「天皇の務め」として、先ず「祭祀(国民の安寧と幸せを祈る事)」を挙げられ、次に「公務(人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと)」について述べられ、更に「象徴としての天皇」とは如何なるご存在であられるべきなのかを、国民に理解を求められると共に、ご自身が常にご自覚あそばされるよう努めて来られたことを明かされました。

天皇陛下はお言葉の中で「即位以来,私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。」と仰せになりましたが、日本国憲法に定める「象徴としての天皇」という言葉は、天皇のご存在がどのようなお立場であられるのか、人によって都合よく解釈が行われ、一体どういう意味であるのか曖昧模糊としています。

そもそも「象徴」という言葉は、「平和の象徴としての鳩」のように、辞典には「抽象的な何ものかを具体的な事物によって理解しやすい形で表わす事」とあり、「天皇」という唯一無二のご存在に対して用いられる言葉では絶対にあり得ない筈であります。

「象徴としての天皇」の意味が不確かなものである上に、「象徴天皇としての務め」とは一体如何なる事であるのか。

天皇陛下がご即位以来、日々模索されてこられたと吐露されました事は恐懼に堪えません。

GHQによる占領憲法である日本国憲法によって定められた「象徴天皇」とは、天皇のご存在を認めてはいるが、天皇がどの様なお立場であられるのかと云う事は全く定義されておらず、「日本国の象徴・国民統合の象徴」とすることで単に「象徴としての役割」を与え、天皇を唯一無二のご存在から「象徴と云う役割を果たす、職業としての天皇」に引き摺り下ろしたのだとも考えられます。

今上陛下は日本国憲法の下でご即位された初めての天皇であらせられますが、日本国憲法に定められた「象徴としての役割」について、天皇というご存在は常に国民の安寧を祈り、国民と共にある事、寄り添う事であるとお考えになられ、今日迄全身全霊で果たしてこられましたが、「象徴としての役割」を十分に果す為には、高齢の場合、問題が生じて来たと仰せになりました。

折しもこの八月十五日、アメリカのバイデン副大統領は、ペンシルベニア州で民主党大統領候補のヒラリー・クリントン前国務長官の応援演説をした際に、「我々が(日本を)核武装させないための日本国憲法を書いた」と発言し、日本国憲法をアメリカが起草したと明言しましたが、核武装させないと言うだけでなく、日本の國體破壊を目論み、天皇のご存在の意義を貶めた事も明らかです。

GHQ(アメリカ)が起草した日本国憲法に於いて、「天皇が日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である」とした憲法第一条は、天皇のお立場を国民に対して曖昧で意味不明にした上に、天皇に対して「象徴としての役割」を与えることで、天皇のご存在を職業として貶め、そのご存在の意義を大きく矮小化させたのだと云う事が理解出来ます。

大日本帝国憲法の第一章第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあり、「我が国は天照大神が皇孫ご降臨の際にお授けになった天壌無窮の神勅のまにまに、万世一系、天照大神の御子であられる天皇が、天津神の御心を大御心として天下をお治めになる国柄である。」と明確に天皇のご存在の意義が示されています。

帝国憲法の第一章第一条に示された天皇のお立場、ご存在の意義は、我が国の永遠に変わる事の無い「國體(国柄・国風)」そのものと言えます。

帝国憲法の下に於いては、天皇は「ご存在そのもの」に意義があるのであり、「何らかの役割」を果されるべきご存在ではなく、まして「天皇と云う職業」では絶対にありません。

そもそも、天皇は神話の時代から続いてきたご存在であり、日本国憲法が出来た後にご出現されて、憲法で規定されるようなご存在ではありません。

帝国憲法に於いても天皇のご存在を憲法で定めたのではなく、古来から続く天皇のご存在の意義と我が国の國體を示したに過ぎません。

戦前までは日本国民は天皇を「現人神」として仰いできましたが、戦後、所謂昭和天皇による「人間宣言」によって、「現人神」である事を否定されたとされました。けれども、天皇が「現人神」であられる事実に変わりはありません。

天皇が現人神であらされる理由は、「天皇」と云う称号が「神」と云う意味であり、天皇に即位される際の大嘗祭によって、天照大神の御霊と御一体になられるからです。

天皇は近年言われているような「祭祀王」などではなく、「北極星の化身=神」であり、「現人神」そのものであらせられます。

天武天皇以降、「大王(おおきみ)」と云う称号から「天皇」、つまり「天皇大帝(てんおうだいてい)=北極星(天帝)=神」と云う称号に改められたと伝えられています。

 天武天皇によって始められた「大嘗祭(新しく天皇の御位に就かれた時に行われる一代一度の祭儀)」は陰陽道による秘儀ですが、この秘儀によって天帝(現人神)となられるのです。

大嘗祭では北斗と南斗に対して祭祀が行われます。北斗は天帝と同一視される太一(すなわち北極星)の周囲を回る天帝の車であり、南斗は廟に見立てられ、祖先に供物を捧げる升と観念されています。

このことは天の祭祀と祖先への祭祀と云う形で成り立っていた支那の皇帝の即位儀礼と共通していますが、支那の皇帝は「太一=天帝=皇帝」として天下に君臨し支配する権威を天から与えられる「天子」であり、あくまで最高司祭者として祭る者に留まっていたのに対し、天皇は「太一(北極星)=天照大神=天皇」と捉えられ、 祀る者であると同時に祀られる対象であり、支那の皇帝よりも「格上」のご存在であらせられます。

天武天皇以降、記紀の編纂によって皇祖神と皇孫の関係から万世一系と云う皇統を明確にし、歴代遷宮から皇大神宮の式年遷宮に切り替え、天皇の称号と共に陰陽道による秘儀によって北極星の化身となられ、皇祖天照大神と御一体となられて、日本を統治されてこられたのが「天皇のご存在」と云う事になります。

晩年の昭和天皇と香淳皇后に仕えた卜部亮吾侍従は、昭和天皇の崩御の際の事を日記に次の様に記しています。

「たんかにて御尊骸(そんがい)を御寝室からお居間にお移しする あまりに重いのに驚く」

昭和天皇は崩御の際、かなりお痩せになられていたにも拘らず、御尊骸のあまりの重さに卜部侍従が驚いたとありますが、肉体だけではなく天照大神と御一体になられた御霊の重さであったと考えます。

以上の事から、天皇のご存在は我が国の國體そのものであり、天皇と云う役柄とか職業などに矮小化されたご存在ではありえません。

昨今、天皇には人権も職業選択の自由も定年も無くお可哀そうだなどと、天皇を自分達臣民と同列に見做す風潮が見受けられます。

然しながら天皇は我々と同じ人間のお姿をされておられますが、玉体には天照大神と御一体になられた御霊を宿しておられる「現人神」であらせられ、唯一無二のご存在であります。

ところで先日、早速自民党の二階俊博幹事長が「女性尊重の時代で、天皇陛下だけはそうならないというのはおかしい。時代遅れだ」などと、無知蒙昧な発言をしましたが、小泉政権以来、この問題はくすぶり続けています。

歴史的にも女性の天皇はご存在されておりますが、あくまでも中継ぎ役として即位されたのであり、断じて「女系」の天皇が即位された事はありません。

今後、皇室典範改正の動きが出てくることは否めませんが、国民が無知である事を利用して、「女性天皇」と「女系天皇」が混同されることが絶対に無きよう注視・牽制していく必要があります。

天皇の御位、そして臣民のありようについて、「國體の本義」には次の様に記しています。

「皇位は、万世一系の天皇の御位であり、ただ一すぢの天ツ日嗣である。皇位は、皇祖の神裔にましまし、皇祖皇宗の肇め給うた国を承け継ぎ、これを安国と平らけくしろしめすことを大御業とさせ給ふ『すめらぎ』の御位であり、皇祖と御一体となってその大御心を今に顕し、国を栄えしめ民を慈しみ給ふ天皇の御地位である。臣民は、現御神にまします天皇を仰ぐことに於て同時に皇祖皇宗を拝し、その御恵の下に我が国の臣民となるのである。かくの如く皇位は尊厳極まりなき高御座であり、永遠に揺ぎなき国の大本である。」

天照大神と御一体になられた現人神であられる天皇の大御心・大御業の中には、現在の天皇御一人の御心・御業ではなく、皇祖皇宗の御心が拝せられ、高天原の神々が統治される御姿そのままに我が国を統治される事が我が国の國體であり惟神の道です。

 そして惟神の道のまにまに臣民に御心を寄せて下さる天皇の大御心を心として、遵奉していくことが臣民としての道に適っているのであり、これによって君臣一体となり、愈々我が国は栄え行くと言う国柄である事を、今一度想起するべきでありましょう。

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