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目覚めよ、日本人

2012年8月14日 (火)

目覚めよ、日本人 -神国日本の使命ー 

(平成24年8月14日 修正版)

私達は今、明るい未来を想像する事が大変困難な時代を迎えております。日本のみならず、世界の至る所で不安定な状況が次々と起こり、その衝撃が日本にも押し寄せてきています。さらに猟奇殺人など心神喪失した人々が引き起こす痛ましい事件が頻発し、いつ事件に遭遇してもおかしくない状況が日常にあります。戦後の欧米列強から持ち込まれた民主主義・個人主義の蔓延により、家族制度が解体されて核家族化が進み、家族関係を含めた人間関係が次々と崩壊し、日本人の互助の精神が失われた結果、精神的に病んでいる人々が増加してきています。

本来、社会を安定させる役目を持っているはずの立法、行政、司法に携わる人々や子供たちの未来を育成する教育に携わる教師に求められる高邁な精神の著しい堕落、意識的に極端な反日・左翼的な方向へと誘導するマスコミの報道によって無抵抗に翻弄される国民、改革、グローバルなどの目新しい言葉に誤魔化されて次々と破壊される伝統や慣習、どこを見ても「輝かしい希望に満ちた明日」を想像できる情報はほとんどと言っていいほどありません。

何故我が国に於いて、これほどまでに社会不安が広がってきたのでしょうか。

これらの異常事態は、占領統治下で行われた日本の國體と云う観念の破壊と教育勅語や修身教育の廃止による精神性の著しい劣化から起きている現象であると考えます。

我が国の國體を支えていたのは古(いにしえ)から受け継がれてきた「敬神崇祖」の神まつりですが、戦後の核家族化や新興宗教あるいは唯物論の跋扈により、伝統的な神まつりが次第に失われ、神まつりを通して皇室を中心とした総合的な一大家族制度を形成していた我が国の国柄が破壊されつつあります。

更には明治政府によって確立された世界でも規範となった「修身教育」については、GHQが国史・地理と並んで軍国主義教育とみなして授業を停止する覚書きを出し、代わりに個人主義・自由主義思想の普及と共に極端な個人主義・利己主義が正当化される教育が為されてきたことで、日本人の高い道徳的な精神性を失わせてきました。

國體を支えてきた敬神崇祖

我が国は古来より「神国」あるいは「神州」とされています。

古事記にも記されているように我が日本国(豊葦原瑞穂国)は造化の神々によって造られた国であり、神々の後裔(子孫)である日の御子即ち歴代天皇によって、万世一系の連綿と続いてきた皇統によって統治されてきた国柄です。

その天皇によって統治される日本国民も、同じ祖神を持つと云う一体感によって、皇室を中心とした総合的な一大家族制度を形成した国家が我が日本国です。

つまり天孫降臨によって神々と日本国民は固く結びついており、我が日本国民が「神裔」であると云う認識も生じて来たのです。

この様に我が国に在っては国の統治者である天皇もその臣民である国民に至るまで、一様に神の子孫であるという観念があることから、子孫としてその祖先の神々を祀ることも古来より当然の如く行われてきました。

古(いにしえ)から我が国の国風(くにぶり)として「敬神崇祖」、つまり神々を敬い、祖先を崇めることを受け継いできたのです。

宮中に範を求めるならば、日本国民はこの神祇尊重の心構えを決して忘れてはなりません。

日本人は古来から各家庭にに於いて神棚をご奉斎して天照大御神をはじめ氏神様を敬い、祖霊舎(みたまや)や仏壇によって祖先を崇め、季節の年中行事を通してそれぞれの祭儀を執り行い、鄭重にお祭りしてきました。
 これは長い間の我が国民の伝統的な精神であります。

また人間の一生を節々に分け、母親のお腹に生命が宿った時の安産祈願に始まり誕生後の初宮など、幼い頃から敬神崇祖、共存共栄の精神を養うべく様々な人生儀礼を定めて其の都度神社にお参りし、健やかなる成長と感謝の念を氏神様に奉告してきました。

この敬神崇祖と云う神国の風儀の最大の実践者、厳修者こそが歴代の天皇ご自身であり、天皇のご日常は宮中祭祀を厳修すると云う敬神生活そのものの毎日であらせられるのです。

わが国は神のすゑなり神祀る 昔の手振り忘るなよゆめ

これは「神祇」と題してお詠みになられた明治天皇さまの御製です。

大意は「神々を祀る昔からの手振りを決して忘れてはならないし、神々の祭祀(まつり)は必ず斎み慎んで臨み、またそのことを怠ってはいけない」と言う事です。

手振りとは、風俗や習慣など外見的に視ることの出来る事柄(外に現れた形式)のことですが、神道に於ける祭祀と云うものはこの「形式」が大事な要素であり、その形式を誤ることなく違(たご)うことなく繰り返すことによって、その祭祀の内側に存在する最も大切な事柄である祭祀の根本的精神が次々に受け継がれ伝えられていくことになるのです。

皇室をはじめ日本国民が敬神崇祖の念をもって祭祀を欠くことなく務める事によって、過去から連綿と受け継がれてきた伝統を子孫へと間違いなく引き継いでいき、また折々の祭儀を奉仕する事でそこに新たな生命力をも加えて行く事によって、日本民族の益々の繁栄が約束されているのです。

この敬神崇祖の念がこれまでの日本人の心に絶えることなく存在してきたからこそ、幾多の国難に遭遇した際にもその場を見事に乗り越えてきたのであり、日本の歴史上最大の危機であった大東亜戦争後の我が国が、今日のような経済的に繁栄した社会を迎える事が出来たのです。

しかしながら昨今、この伝統的美風である我が国の敬神崇祖の観念が消滅しかけ、日本は国家存亡の危機に晒されています。

このような我が国の根幹に関わる日本人の精神面の未曽有の危機に際して、この国難を乗り越える為には、今一度原点に立ち返る以外に道は残されていません。

つまり私達日本民族は、民族の祖神である天照大御神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に発せられた国造りの理想を再認識し、その理想に基づく国造りをするの外ないと云う事です。

その理想とは、高天原で天照大御神を中心とした神々が協調する世界を地上で再現すると云う事であり、それは即ち、天照大御神と高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の二柱の神によって下された「三大神勅」あるいは「五大神勅」を踏襲すると云う事です。

これらのご神勅は宮中祭祀、神道、また日本国の根幹を為しているものです。

そして天皇と国民の双方が敬神崇祖を怠るべからず、ということが示されているのが三大神勅の一つである「宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)・同床共殿(どうしょうきょうでん)の神勅」と五大神勅の一つである「神籬磐境(ひもろぎいわさか)の神勅」です。

宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)・同床共殿(どうしょうきょうでん)の神勅

吾が児、この宝鏡を視まさむこと、(あがみこ、このたからのかがみをみまさんこと)
まさに吾を視るがごとくすべし。(まさにあれをみるがごとくすべし)
ともに床を同じくし、殿を共にして、(ともにみゆかをおなじくし、みあらかをひとつにして、)
斎鏡と為すべし。(いはひのかがみとすべし。)

意味:御神鏡は天照大神の崇高な御霊代(みたましろ)として皇孫に授けられました。

天皇は御鏡を斎祭(いつきまつ)り、常に大神と御一体となられることで、天照大神は御鏡と共に今に御座(おわ)されるのです。

このご神勅は天照大御神をお祀りする天皇による宮中祭祀の在り方をお示しになられています。

神籬磐境(ひもろぎいわさか)の神勅

吾は即ち天津神籠及(あれはすなはちあまつひもろぎまた)
天津磐境を起樹て(あまついはさかをたてて)
当に吾孫の為に斎い奉らん、(まさにすめみまのみためにいはひまつらむ)
汝天児屋根、布刀玉命、(いましあめのこやねのみこと【忌部氏氏神】、ふとたまのみこと【中臣氏氏神】)
宜しく天津神籠をもちて、(よろしくあまつひもろぎをもちて)

葦原中国に降りて亦吾孫の為に斎い奉れ。(あしはらのなかつくににくだりてまたあれみまのためにいわひまつれ)

意味:神籠(ひもろぎ)とは神々に降臨していただく依代(よりしろ)であり、磐境(いはさか)とは神域あるいは祭壇のことを云います。

瓊瓊杵尊が天降られるにあたって天照大神より天津神籬(あまつひもろぎ)・天津磐境(あまついわさか)を賜り、天児屋根命と布刀玉命は葦原中国に天津神籬を起こし樹てて、皇孫が天地共に極まりなく繁栄する様にお祀りしなさいと云うご神勅です。国民は敬神崇祖の神まつりを怠ることの無い様にということをお示しになりました。

この二つのご神勅の通り、天皇は宮中祭祀によって国と国民の為に安寧と弥栄を祈られ、国民は家庭祭祀によって天皇の安寧、国家の安泰を祈るという、天皇と国民が双方で祈り呼応し合う事で、日本と云う国、日本民族は天壌無窮(永遠)に栄え行くと言う事が示されているのです。

天皇陛下は宮中三殿にて宮中祭祀を執り行っておられます。

宮中三殿とは賢所(かしこどころ)・皇霊殿(こうれいでん)・神殿(しんでん)の総称です。

賢所に於いては皇祖天照大御神が、皇霊殿に於いては歴代天皇・皇族の御霊が祀られており、崩御・薨去の一年後に合祀され、神殿に於いては天神地祇(てんじんちぎ・国中の神々)が祀られています。

この形は国民が一般的にお祭りする三社宮と形を同じくしています。

三社宮の中心の扉の内には天照皇大神宮(神宮大麻)の御札、 向かって右に産土神(氏神様)の御札、左に崇敬する神社の御札をお祀りします。

つまり宮中三殿の内の賢所が家庭の三社宮の天照皇大神宮の御札に、皇霊殿が産土神(祖霊)の御札に、神殿が崇敬する神社の御札にそれぞれ呼応しているのです。

ご神勅にある通り、天皇と国民がそれぞれ呼応して天照大御神、祖先、天神地祇あるいは尊崇する神々をお祀りする事で、日本の国と国民は天壌無窮に栄え行くことをお示しになられているのです。

ところが近年、政教分離政策の下、宮内庁によって宮中祭祀は次々と簡略化、廃止されていき、国民の側にも敬神崇祖の観念が廃れてきたことから神棚を奉斎する家庭が次々と無くなってきています。

我が国の国難突破の為には、今一度原点に帰り、敬神崇祖をお示しになられたこの二つのご神勅を踏襲しなければなりません。

つまり天皇と国民が呼応する国柄であることから、宮中祭祀が次々と簡略化、廃止される状況にあるならば、国民の側が家庭祭祀を復活させ、しっかりと神まつりを行えば、自ずと宮中祭祀も復活の兆しを見せることでありましょうし、天皇陛下がしっかりと宮中祭祀を執り行って下さるならば、国民の神まつりも一層盛んになっていくことでしょう。

天皇、国民の双方が呼応した神まつりが為されることで、我が国は繁栄し続け、天孫降臨の時の高天原で天照大御神を中心とした神々が協調する世界を地上で再現するという国造りの理想が実現するのです。

以上のように天照大御神の御神勅によって我が国は神々の後裔(すゑ)である日の御子である天皇を戴き、このご神勅を踏襲し続けるならば、皇室と共に国家が繁栄し続ける事を約束されました。

このご神勅を守るために、神話時代から国民を代表する歴代天皇によって、二千年以上毎日連綿と行われ続けているのが宮中祭祀です。

その祭祀を支える精神を国民生活にまで広げ、日本人の生活規範の基盤となったのが「神道」なのです。

皇居に於いては多くの「祭祀」「祈念祭」が執り行われています。主な年中行事の祭祀だけでも、元日の「四方拝」から始まり、収穫期の「神嘗祭」「新嘗祭」を含め、大晦日の除夜祭まで二十以上はあります。

それらは、「天照大御神」をはじめとする天神地祇(てんじんちぎ、天津神・国津神)や、歴代の天皇の御霊をお祀りするものですが、その度に必ず祈願されるのが、「皇室と日本国の繁栄、世界の平和」「国家・国民への加護」「神恩・祖先の恩への感謝」の三事です。

この三つの事柄を、天皇・皇室は、過去から現在に至るまで、平均して「少なくとも二週間ごと」に欠かさず祈願され続けているのです。

この他にも、中小の同様の祭祀があり、国民の健康と幸福を祈られる祈願を毎日なさっておられます。これは、侍従長が代参という形で、皇居内の「神殿」「賢所」「皇霊殿」(宮中三殿)に毎朝お参りするものです。

つまり天皇・皇室は、一年を通じて「国家と国民の繁栄と幸せ」を神々に祈られ、休みなく祭祀を行われ、祭儀を欠かしてはおられません。それを、二千年以上に亘って継続してこられました。

また以前は多くの家庭にも当たり前の事として神棚や祖霊舎・仏壇があり、それぞれが天照大御神をはじめ氏神様などをご奉斎し、祖先をお祀りするなどして、今日のように只神々に御利益を求めるばかりではなく、日々の生活を神々や祖先に感謝すると云う神まつりを行っていました。

この間断ない天皇と国民による「神々と祖先への祈り」つまり敬神崇祖の神まつりこそが「神道」の根源であり、日本が幾多の国難から守られてきた無形の「力」なのです。

日本人の精神性を養う修身教育(教育勅語)

明治維新のさなか、明治天皇さまは「五箇条の御誓文」を発布され、年号を慶応から明治と改め、新生日本の進むべき目標を示されました。

明治天皇さまは教育に非常にご熱心で、また国家の基盤となるものとのお考えから、明治二十三年十月三十日に「教育勅語」を下賜されました。

これによって、わが国の道徳の基盤、教育の理念が明確にされましたが、大東亜戦争終結後、日本人の精神的武装解除を目的とする欧米列強は、国会で教育勅語を廃止するよう強行に申し入れ、政府は昭和二十二年三月三十一日の教育基本法の制定をして教育勅語を否定し、続いて昭和二十三年六月十九日には国会(衆参両議院)が、「根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基づいている事実は、基本的人権を損ない、国際信義に対して疑点を残すものとなる」として、「軍人勅諭」、「戊申詔書」、「青年学徒に賜わりたる勅語」とともに、教育勅語の「失効確認・排除の決議案」を可決しました。

教育勅語等排除に関する決議(昭和二十三年六月十九日衆議院決議)

民主平和国家として世界史的建設途上にあるわが国の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となっている教育勅語並びに陸海軍軍人に賜わりたる勅諭その他の教育に関する諸詔勅が、今日もなお国民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、従来の行政上の措置が不十分であったがためである。
思うに、これらの詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よって憲法第九十八の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。
右決議する。

教育勅語等の失効確認に関する決議(昭和二十三年六月十九日参議院決議)

われらは、さきに日本国憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが国家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に払拭し、真理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失っている。

しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失っている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔書の謄本をもれなく回収せしめる。

われらはここに、教育の真の権威の確立と国民道徳の振興のために、全国民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力を致すべきことを期する。
右決議する。

歴史学者のアーノルド・トインビーは古代ローマ帝国の興亡を研究して、明解に次のように言いました。「一つの国が滅びるのは、戦争によってではない。天変地異でもなければ、経済破綻によってでもない。国民の道徳心が失われた時にその国は滅びる」と。

日本の修身教育の素晴らしさを知っていた欧米列強はこれを狙ったのです。手強い日本を精神的に骨抜きにするために、修身や国史の授業停止を指令し、教育勅語を退けて、教育基本法を制定しました。

そして戦後、教育勅語を否定した我が国の精神性はまさに危機的状況に陥っているのです。

教育勅語を否定したという事は勅語にある「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己れを持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習い」という部分をすべて否定したことになります。つまり親不孝になり、兄弟喧嘩をし、夫婦は共に罵り合って離婚し、友達を裏切り、傲慢になり、すべてを自分の為だけに行ない、勉強をせず、仕事に就かず遊ぶ事ばかりして暮らしましょう、と国民に仕向けたのです。その結果が今我々が見ている多くの日本人の姿なのです。

日本人を精神的に骨抜きにするという占領政策は大成功し、今や愛国心=軍国主義となるまでに成功しました。愛国心を持つことが非常識というのはこの国だけの常識であることを私達は知るべきです。国を愛し、祖先を敬うことは万国共通のものであり、日本人が日本の歴史を誇りに思うことも同様なのです。

戦争を善悪だけでとらえ、負けた戦争=悪かった戦争として教えてきた現在の戦後教育がもたらしたものの結果は、六十年を経て、確実に社会の表面に表れてきています。日本の美しい神話と世界に類を見ない修身教育を否定した欧米列強と反日・左翼勢力による洗脳教育がもたらしたものは、私達日本人が自分自身や我が国の歴史を誇りに思うことすら罪と思うように刷り込み、日本人が自らの手で日本国を滅亡へと導くことだったのです。

以上のことから、わが国の現在の惨状は、まさに「敬神崇祖」と「修身教育(教育勅語)」を疎かにした事から生じてきた結果であります。

この国難を打破し、日本を「神州不滅」、「天壌無窮(永遠)に栄える」国にする為には、「敬神崇祖」と「修身教育(教育勅語)」を復活させることなのです。

第百十九代、光格天皇【明和八年(一七七一)~天保十一年(一八四〇)】は次のような御製を詠まれています。
神様の国に生れて神様の みちがいやなら外(と)つ国へ行け 

日本の伝統文化・民族の根源である天皇が祈りや祭りを通して、この国が成り立ってきたことは言うまでもありません。

日本独自の惟神(かむながら)・神道の道を歩む事が、日本人の人生そのものと言えます。神道を通して、日本らしさとは何かを発見し、それを心の柱とし、目に見えない恵、神に感謝することができるならば、真に生きる意味を見出せるのではないでしょうか。

「穢(けが)れを祓ふ」ことこそ惟神の道

「敬神崇祖」を日常としていた昔は、生活の規範は「かみまつり」にありました。

その「祭(祀)り」とは「祓ひ」であり、「祓ひ」とは「神道」「惟神(かむながら)の道」です。

神道の重んずるところは、「常に心身共に清浄を保つ」ことであり、常に穢れを祓う事によって、心身を清浄に保つことを心掛けることです。

神道は「祓ひに始まり、祓ひに終る」と言います。

「穢れ」とは、さまざまな物事が不浄・悪い状態であり、生命力が枯れてしまうこと、つまり「死」を表す概念であり、「気枯れ」とも言えます。

穢れとは「悪」と云う概念ではありませんが忌むべきものです。

国産み神話で伊弉冉尊(いざなみのみこと)が数多くの神を産んだ後、最後に火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)という火の神を産んだ際に、陰部を火傷しそれが原因で亡くなってしまいます。その後、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は妻恋しさに、黄泉の国まで伊弉冉尊に会いに行きますが、変わり果てた妻の姿を見て、恐ろしさのあまり、黄泉の国より逃げ帰ります。その時、黄泉の国での死の穢れを日向の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわぎはら)で禊ぎをして黄泉の国の穢れを祓いました。

穢れはウィルスのように次々と伝染し、穢れによって禍が生じ、生命力が枯れると云う観点から、最も穢れを遠ざけねばならない天皇には、常日頃から様々な祭儀によって穢れを祓う事を重要視しています。

毎年六月と十二月の晦日には、天皇、皇后、皇太子の身長を竹の枝で測り祓ひを行う節折(よおり)と云う大祓の祭儀が行われます。

国民は現在各地の神社で、六月晦日の名越の大祓、十二月晦日の大祓を受ける事ができます。

日本の伝統文化として今でも受け継がれている様々な行事は、そのほとんどが陰陽道による穢れを祓う祭儀が基になっています。安産祈願に始まり初宮、七五三などの人生儀礼や一月七日の人日の節供、三月三日の上巳の節供などの五節句は、すべて穢れを祓う祭儀です。日本人が常に心身ともに清浄でありたいと本能的に思っているのは、穢れを常に遠ざける宮中祭祀が我が国の伝統文化として民間にまで広まったことに由来していると考えられます。

宮中にあっては天皇の治世がより長く続く様に絶え間ない宮中祭祀を行うことによって、庶民にあっては生命力に満ちて禍を生じることが無い人生を送れる様に、季節の折々の行事や人生儀礼によって、常に穢れを祓い、清浄を保つことを心掛けてきたのです。

神政(テオクラシィ)復古

我が国は大東亜戦争終結後、GHQによる占領政策によって自虐史観を洗脳され、日本は悪い国であり、日本人は悪人であるとされてきました。

しかしながら我が国を真の姿に戻し、名実ともに神国と為すためには、神政の復古(原点に帰る)以外ありえません。

神政の復古とは「神代(かみよ)に帰る」ことを指し、つまり天照大御神と高御産巣日神がお示しになられたご神勅に基づいて政(まつりごと)を行っていく事に外なりません。

先ず為すべき事は、我が国の國體を明徴にすることです。

そもそも日本と云う国が本来どの様な国であるのかと云うことを明らかにしなければなりません。

その為には肇国神話を取り戻し、我が国のあるべき政の姿は天皇による神政であることを想起せしめる必要があります。

近年、我が国の肇国神話について語られる時、往々にして神武天皇の建国神話が肇国神話と混同されていて、肇国神話と建国神話の区別が曖昧になってしまっています。

つまり神武天皇による建国神話を主にしており、天照大御神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)にご神勅を授けられて天孫降臨されたと云う肇国神話についてはあまり言及されることがありません。

しかしながら天照大御神のご神勅と瓊瓊杵尊の天孫降臨こそが我が国の肇国神話なのであり、神武天皇による建国神話はあくまでも我が国建国の御創業なのであります。

そして肇国神話の根幹は三大神勅あるいは五大神勅です。

『日本書紀』の天孫降臨の段で、天照大神は瓊瓊杵尊らに三つのご神勅(三大神勅)を授けられました。

一、天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅
豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、(とよあしはらのちいほあきのみずほのくには)

是れ吾が子孫の王たるべき地なり。(これあがうみのこのきみたるべきくになり)

宜しく爾皇孫就きて治せ。(よろしくいましすめみまゆきてしらせ)

行矣、宝祚の隆へまさむこと(さきくませ、あまつひつぎのさかへまさむこと)

まさに天壌と窮無かるべし。(まさにあめつちときはまりなかるべし)

この日本の国は天照大神の直系の御子孫たる代々の天皇が統治されるべき国であり、この皇統を維持することで未来永劫の恒久的な発展することをお示しになっています。

天皇の御位が万世一系の皇統であることは肇国の大本であり、この天壌無窮の神勅に明示されています。

二、宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)・同床共殿(どうしょうきょうでん)の神勅
吾が児、この宝鏡を視まさむこと、(あがみこ、このたからのかがみをみまさんこと)
まさに吾を視るがごとくすべし。(まさにあれをみるがごとくすべし)
ともに床を同じくし、殿を共にして、(ともにみゆかをおなじくし、みあらかをひとつにして、)
斎鏡と為すべし。(いはひのかがみとすべし。)

御神鏡は天照大神の崇高な御霊代(みたましろ)として皇孫に授けられました。

天皇は御鏡を斎祭(いつきまつ)り、常に大神と御一体となられることで、天照大神は御鏡と共に今に御座(おわ)されるのです。そしてこれが我が国の敬神崇祖の根本となります。

三、斎庭(ゆには)の稲穂の神勅
吾が高天原に所御す斎庭の穂を以て、(あがたかまのはらにきこしめすゆにはのいなほをもて)

また吾が児に御せまつるべし。(またあがみこにまかせまつるべし)

高天原の聖地に植えた神聖な稲の種を持たせるので、それを地上にまいて育て、食糧としなさい、日本民族は、米を神々から戴いた食糧として大切に耕作し続けなさい、つまり天皇は国民が、一人の飢える者もないように私心邪心のない大御心をもって神に祈りなさい、とお示しになりました。その精神をもって行われる祭祀が大嘗祭であり、新嘗祭です。

そして日本人の主食は米であることをお示しになっています。

さらに臣下の天児屋命・布刀玉命に下した「神籬磐境の神勅」「侍殿防護の神勅」を併せて「五大神勅」といいます。

四、神籬磐境(ひもろぎいはさか)の神勅

吾は即ち天津神籠及天津磐境を起樹て(あれはしなはちあまつひもろぎまたあまついはさかをたてて)

当に吾孫の為に斎い奉らん、(まさにすめみまのためにいはいまつらん)

汝天児屋根、布刀玉命、(いましあめのこやねのみこと、ふとたまのみこと)

宜しく天津神籠をもちて、(よろしくあまつひもろぎをもちて)

葦原中国に降りて亦吾孫の為に斎い奉れ(あしはらのなかつくににくだりてまたあれみまのためにいはいまつれ)

神籠(ひもろぎ)とは神々に降臨していただく依代(よりしろ)であり、磐境(いはさか)とは神域あるいは祭壇のことを云います。

瓊瓊杵尊が天降られるにあたって天照大神より天津神籬・天津磐境を賜り、天児屋根と布刀玉命は葦原中国に天津神籬を起こし樹てて、皇孫が天地共に極まりなく繁栄する様にお祭りしなさいと云う神勅です。

戦前までは多くの家庭に神棚が設けられ、天照大神や氏神様をお祀りし、また祖霊崇拝を行うなどの敬神崇祖が定着していました。敬神崇祖の神祭りを怠ることの無い様にということをお示しになりました。

五、侍殿防護(じでんぼうご)の神勅

惟はくは爾二神、(ねがはくはいましふたはしらのかみ)

亦同じく殿の内に侍ひて、(またおなじくみあらかのうちにさぶらひて)

善く防ぎ護ることを為せ(よくほせぎまもることをなせ)

お前たち二神は、瓊瓊杵尊と同じ建物の中にいて侍って、よく御守りの役をせよと云う事であり、つまり国民は皇室への忠誠を怠ってはならないと云う事です。

我が国の肇国とは、皇祖天照大神が五つの神勅を皇孫瓊瓊杵尊に授けられて、豊葦原の瑞穂の国に降臨された時にあります。また我が国は五大神勅を奉じて天照大御神の皇孫であられる天皇が永遠に統治することこそが、我が国の永遠に変わらない國體であります。

我が国の國體を明徴にしてこそ、自ずと為すべき事が見えてくるのであり、また我が国が進むべき道も必ず拓けていくのであります。そして天照大御神が瓊瓊杵尊に授けられた五大神勅の通りに従うならば、間違いなく天壌無窮に平和な国となり、また世界をも変える原動力となって行くことでしょう。

しかしながら現在、この国の行く末を担うべき天皇の臣であるはずの政治家は、ポピュリズムに陥り、國體を無視して、己の利益ばかりを追求し、遂には国家の滅亡も招きかねない状況を作り出しています。

明治天皇さまの聖旨によると、「政治の大本は神祇の崇敬にあり」とありますが、大衆迎合政治家は「政治は経済なり」と言い放ち、金儲けに狂奔しています。

本来、大臣の使命は、五大神勅が間違いなく行われるべく、天皇を補佐して政務を統轄する役職であるはずです。国民の事を考えるのは天皇の職務であり、大臣や政を司る者はその天皇の補佐に過ぎないのです。

抑々大臣という職務は世襲で行われるべきものであり、国民の代表であるとか、選挙で選ばれるなどと言うような職務ではありません。皇室に対する尊厳も国家観も持たず、神祇を疎かにし、己の権利を主張するばかりの人間が、GHQによってもたらされた大衆迎合の不完全な民主主義による選挙で選ばれたと言うだけで、天皇を輔弼する大臣と言う職務に就くシステムは我が国柄には全く合わないのです。  

二千年前にアテネの哲人アリストテレスによって、「愚民政治・堕落政治・数による暴力政治」と酷評されていた政治システムである民主主義は、当然我が国に於いても行き詰まりの様相を呈しており、我が国の本来あるべき政の在り方、つまり神政復古の必要に迫られている事は確かです。

最早欧米列強から学ぶものは何も無く、我が国が一刻も早く神政を復古し、世界に向けて発信すべき秋(とき)が来たのです。その為には戦後レジームからの脱却を図り、五大神勅を踏襲して神代に帰る事で、世界に範を示す国家へと変革する必要があります。

古来、顧みれば、我が民族は天照大御神より賜りたる五つのご神勅を有するものであり、また万世一系の天皇を戴いている比類なき民族であります。我が皇室は神話にその起源を持ち、その系譜は神々の世界に遡るという諸外国に類例の無い特色を持っています。様々な伝統行事の儀式を通して、我が国の歴史、伝統、文化の連続性を実感し、同じ日本人としての一体感を育んできました。また歴代天皇は、国安かれ、民安かれと国民の安寧と世界平和を願い、常に神々に深い祈りを捧げてこられました。

日本の使命は有史以来変わる事なく、天皇を中心とした神政政治のもと、神と人とがともに歩む「神人合一」の顕現であり、つまりこの神人合一の世界を地球上に示すことで、世界人類の幸運を司ると言うことなのです。

当会はこの神政政治(テオクラシー)実現のため、惟神の道に基づき、陰陽道によって天皇、皇室の弥栄と萬族協和の王道楽土、つまり世界中の全ての民族が手を取り合い、世界の平和、繁栄を実現させる事を本分としております。

【参考図書】

・国体の本義(文部省編纂 昭和十二年五月三十一日発行)

・家庭の祭祀事典―神棚と敬神行事―(西牟田崇生編者 国書刊行会)